33 / 45
第四章
六、俺に教えてくれる?
しおりを挟む櫻花と肖月は、手が汚れるのも気にせずに、ひとりひとり丁寧に弔っていった。その悲惨な状態に込み上げてくるものがあったが、なんとか村中にあったすべての骸と欠片を並べ終えた。
ばらばらになっている者が多く、どれが誰のものかまではさすがに解らず、ただそうやって集めた骸を並べてみれば、その数は九十九人分あった。赤く染まってしまったその手と道袍を洗う余裕もなく、櫻花は愕然とした。その殺され方もそうだが、数まで一緒となると、さすがの自分でも察しがついてしまう。
(まさか······でも、あの子は、)
真っ青になっている櫻花を心配して、肖月は民家から借りてきた桶と水、それから布でその手を綺麗にしてやる。
道袍や左手に巻いている包帯は、新しいものを調達するのが良いだろう。
「大丈夫? 顔色が悪い。あとは俺に任せて、あなたは休んでいて?」
「私は、大丈夫です。それよりも、この惨劇を起こした者に、心当たりがあります」
どういうこと? と肖月は櫻花の手を丁寧に拭きながら、首を傾げる。
「あの日、天界で。私の配下であった九十九人の花の精が殺された件と、関係があるかもしれません」
あの夢の断片を共有した肖月に、もはやこれ以上隠す必要もないと、櫻花は何かを決意する。
「あなたを追放した神サマのこと?」
はい、と櫻花は頷いた。夢の中で見たのは、折り重なった無残な骸の山と血で染まった石楠花。女の姿をした神を殴り、感情のまま罵った櫻花。そして、勝ち誇ったかのように嫌な笑みを浮かべた女が、櫻花に向かって追放を言い渡す、あの印象的な場面が頭に浮かんだ。
しかし女の神は追放はされず、ただ位を落としただけだった。あれだけの事を起こしておいて、その程度で済んだ理由があるはず。それに、天界で殺生は禁じられている。虐殺は大罪だ。すべて櫻花のせいにしたにしては、それはそれでおかしな話だった。
「彼女は確かに首謀者ですが、その実行者ではないのです」
肖月は血で汚れた桶の水を捨ててひっくり返すと、櫻花に座るように促す。
「ゆっくりでいいよ。安心して? 俺は、あなたの傍にいるから」
桶の上に腰掛けた櫻花の右手を取って、肖月は片膝を付いて見上げる。俯いたままの櫻花の顔がはっきりと見え、それが苦痛で歪んでいるのが解かった。握り返してくる指先が微かに震えていて、大丈夫、と肖月はその上にさらに左手を重ねた。
「彼に初めて会ったのは、西王母様の宴の席。当時まだ幼かった彼は、月神である嫦娥様の従者のひとりとして、彼女の後ろに付いてまわっていました。けれどもその幼子は、ただの幼子ではありませんでした」
「どういうこと?」
「その幼子は、鬼神だったんです。鬼神の力が何かのきっかけで暴走し、あの惨劇が起こったんです。そのきっかけを作ったのは、彼女で間違いないのですが、それを証明する術はありませんでした」
そして事件の後、彼が行方知れずとなってから、地上では恐ろしい鬼神の噂が広がり始める。それに運悪く出会ってしまったせいで殺されたり、喰われた人間や仙人、精霊は、数えきれないほどだったと聞く。もはや災厄に等しい存在。天界の者たちは、いつしか彼の事を"災禍の鬼"と呼ぶようになる。
「天界はその災禍の鬼を、この数百年、ずっと追っていたようです」
「そんな奴がどうして、」
「災禍の鬼の狙いは、私でしょう。わざわざこの村を選び、骸を九十九体用意して、あの日を再現したつもりなのです。あの日、殺せなかった私を、殺すために」
肖月は言葉を失う。どうしてそんなことをしてまで、櫻花を苦しめるのか。なんの怨みがあってこんな、なんの関係もない人間たちを無残にも殺したのか。
「櫻花。あなたが、どうして天界から追放されたのか。あの日から、あなたを苦しめているモノを、俺に教えてくれる?」
なぜ、月神は櫻花に嫉妬心を抱いたのか。ひとつ間違えば自身がどうなるか解らない、そんな危険な賭けに出たのか。櫻花は小さく頷き、重たい口を開いた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う
亜沙美多郎
BL
後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。
見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。
踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。
しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。
⭐︎オメガバースの独自設定があります。
⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。
⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。
☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる