31 / 45
第四章
四、いつも、ありがとうございます。
しおりを挟む櫻花がもう一度あの村に行きたいと言うので、仕方なく肖月は頷いた。本当は連れて行きたくなかったが、あのまま骸を放置することを櫻花は望まなかった。
「あの時、できなかったから、」
と、悲し気に言われてしまったら、誰も駄目だとは言えないだろう。
昨日降った雪で、骸も、それを染めている赤も覆われていて、それでも飛び散った肉片や血飛沫は隠せない。悲痛に歪んだ顔も、まるでこちらを見て怯えているかのようだ。凝固している骸に触れようとしたその時、ふたつの光の玉が、突如目の前に現れた。それは弾け飛ぶように強烈な光を放つと、人の形を成した。
「俺たちが追ってる奴が関わってるかもしれないっていうのは、今回こそはどうやら本当らしいな!」
「うるさい、黙って」
黒装束を纏った青年と、白装束を纏った少年が、骸を避けるように地面に降り立つ。姿を取るなり騒ぎ立てる黒装束の青年に、間髪入れずに白装束の少年が牽制する。青年に対して少年は頭ふたつ分は背が低く、その表情も真逆だ。
「誰? この分身たち」
地面に膝を付いていた櫻花の腕を引いて、自分の後ろに立たせる。肖月は怪訝そうに目の前に現れた怪しい分身を見据えた。本当は予想は付いていたが、わざとそんな言い方をしてみせる。
「白藍、お久しぶりです。ついでに黑藍も」
少年にはいつも通りの櫻花だったが、青年に対しては珍しく嫌そうな顔をして頬を膨らませて言う。青年もむっと不機嫌になって、腰に手を当ててふんと鼻を鳴らした。
「なんであんたがここに? 悲惨な姿の骸を眺める趣味でもあるのかよ」
「黑藍、黙れって言ったよね?」
「なんでお前に指図されないといけないんだ? 俺がお前になにかしたか? 別になんにもしてないだろう? その前に突っ込むところがあるだろうがっ」
黑藍は、櫻花を隠すように立つ肖月を指差して、言い放つ。
「こいつ、化身だぞ。なんで精霊が地仙と一緒にいるんだよ」
「あんたには関係のないことだよ、」
「こいつ、今、俺の事あんたって言ったか!? この俺を誰だと思って、」
「品行が最低最悪の、黒竜様だろ?」
「どうやら死にたいようだな、」
ふたりが睨み合う中、櫻花は音もなく横にやって来た白藍に、袖をくいと引かれる。その小さな子供のような仕草に、櫻花は花が咲いたように明るい表情を浮かべた。無表情だが、秀麗で美しい少年を見下ろし、思わず同じ目線まで腰を屈める。肩までの綺麗に切り揃えられた白髪と、瑪瑙色の瞳が特徴的な白藍は、四竜のひとり、白竜である。
「櫻花、君がここにいると聞いて、飛んで来た。こんな所にいて平気?」
「はい。昨日は不甲斐なくも倒れてしまったんですが、もう、大丈夫です。肖月のお陰で、気持ちが楽になりました」
白藍の眉が一瞬ぴくっと動いたが、櫻花が気付くことはない。後ろでは肖月が、あの時のことを嫌みを込めて蒸し返していた。それに対して黑藍はいつもの如く、俺は悪くないと言い切っている。
「あの化身、まだ君に付きまとってるの? 君、僕たちにはひとりが好きとか言っておいて、結局そこの化身に絆されちゃったの?」
抑揚のない声だが、畳みかけるように問いかけてくる。ええっと、と櫻花は言いにくそうに苦笑を浮かべた。
「それは····色々と、その、ありましてですね、ええっと、」
「色々ってなに?」
普段無口なのに、どうして今日に限って····と櫻花は返答に困る。まさか、唇を奪われたばかりか、身も心も奪われてしまったとは言えない。
「契約をしまして····私が天仙になる手助けをしてくれるそうです」
「別に、君は手助けなんてなくても、天仙にくらい簡単になれるでしょ?」
数年前に紅藍や蒼藍に言われたことを、同じように言われ、櫻花は言葉に詰まる。
「····あまりそこは触れないでください」
本当に困った顔をして、謝って来る櫻花に、はあと嘆息して白藍が肩を竦める。
(ホントは、紅藍がペラペラと訊いてないことも勝手に喋ってくれたから、全部、知ってるんだけど)
こっちこそごめんね、と白藍は白装束の袖に右手を入れ、何かを取り出す素振りをした。屈んでいた櫻花は、気付けば跪くように雪の上に座り込み、すみません、ごめんなさい、と何度も頭を下げていた。その頭が止まった時、白藍は櫻花の結い上げている髪の毛の、その左側になにかを押し込んだ。
「あげる」
目を細めて、白藍は見下ろすように短く、わざと素っ気ない感じで言い放つ。櫻花の髪の毛に飾られたのは、黄色い花びらを付けた蝋梅であった。真冬に花開く、梅に似たその黄色い花は、櫻花の髪に飾られてもなお、仄かに甘い香りが漂う。
「いつも、ありがとうございます」
そのやりとりに、肖月ばかりでなく、黑藍までもがすごい顔でこちらを見てきた。
「はあ? お前、いつもそんなことやってんの!? いや、お前らのそいつに対する過剰な庇護欲は、一体何なんだっ!」
「は? 君のせいで櫻花は、なりたくもない天仙にならなきゃいけなくなったんだろう? 行きたくもない天界に行かされる、彼の身にもなりなよ。ホント、馬鹿なの? さっさと土下座して呪い解きなよ」
「それは、こいつがすることで、俺がすることじゃない! それに謝れば赦すって言ってやってんのに、いつまでも意地を張ってるこいつが馬鹿なんだっ」
途端、櫻花以外のふたりが、揃って黑藍を憐れな眼で見据える。
前に櫻花が言っていたこと。今の黑藍は、ある意味、流転したて(といっても百年以上は経っている)の黒竜で、過去の記憶も無くなっているらしい。しかも、誰もそれを教えていないので、本人はまったく気付いていないらしい。つまり、その前の自分が他の四竜と同じく、櫻花を庇護していた過去さえ憶えていないのだ。
(なんだか面倒なひとだな····一回死んで流転する前、自分も同じことしてたってこと、誰か教えてあげなよ、俺は嫌だけど)
(····それ、櫻花から聞いたの? でも言ったら彼、舌噛んで死ぬかもね。なんだかんだで黑藍が一番、櫻花のこと大事にしてたんだから、)
こそこそと肖月と白藍が囁き合う。ふたりの可哀想なものでも見るような表情に、黑藍はまるで自分が間違っているかのような気持ちになるが、その手にはのらない!
「あ、あのぉ····? ふたりとも、そのくらいに、」
当の本人はまったく気にしておらず、へらへらと笑って間に入って来る。そんな櫻花の前に肖月は立ち塞がり、悪戯っぽい表情を浮かべたと思えば、口元に人差し指を立てて「しー」と音を立てる。
「喚いてる暇があるなら、さっさとこの惨劇を起こした犯人でも捕まえてきなよ」
「言われなくてもそのつもりだ!」
「黑藍、うるさい」
三人はそれぞれお互いに牽制しながら、最後にはふんと同時に顔を背ける。櫻花はやれやれと頬を掻き、はあと大きくため息を吐き出すのだった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【やさしいケダモノ】-大好きな親友の告白を断れなくてOKしたら、溺愛されてほんとの恋になっていくお話-
悠里
BL
モテモテの親友の、愛の告白を断り切れずに、OKしてしまった。
だって、親友の事は大好きだったから。
でもオレ、ほんとは男と恋人なんて嫌。
嫌なんだけど……溺愛されてると……?
第12回BL大賞にエントリーしています。
楽しんで頂けて、応援頂けたら嬉しいです…✨
【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う
亜沙美多郎
BL
後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。
見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。
踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。
しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。
⭐︎オメガバースの独自設定があります。
⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。
⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。
☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる