【黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。】中華風BL

柚月なぎ

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第四章

三、君だけに、あげる。 ※注 

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 乱れた衣を直しながら、鎖骨辺りに咲いた赤い印にそっと触れ、ゆっくりと隠す。誰にも見せたくない。自分だけが知る、印。何度も交わした口付けを思い出し、肖月シャオユエは幸福感に満ちていたが、その反面、櫻花インホアを穢してしまったという自分の罪深さに落ち込んでいた。

(俺は、卑怯だ。あなたの優しさに甘えて、自分の欲を満たした)

 両腕でぎゅっと抱きしめる。櫻花インホアは、初めて会った時からずっと、いい香りがする。その名と同じ、花の香。桜の匂い。

「俺はあなたが好きだよ? あなたも同じ気持ちだって、今だけは思い上がってもいい?」

 抱きしめたまま耳元で囁く。桜を好きと言った時の櫻花インホアを、息が止まるほど美しいと思った。あの夢の中で舞わせた桜の花びらに、嫉妬している自分がいる。肖月シャオユエは肩と腰に回していた腕を解く気はなく、膝の上に座らせたまま、そうやってずっと櫻花インホアの肩に顔を埋めていたら、耳元で微かに吐息混じりの声が漏れた。

「······シャオユエ?」

 少し苦しそうに言葉を紡いでいた櫻花インホアは、自分とは違うぬくもりに心地好さを覚え、ぼんやりとしていた。洞穴の外から射し込んでいる光の帯と、鳥の声、冷たい風に意識を少しずつ取り戻していく。身体の両脇にだらんと垂れていた腕が、ゆっくりと肖月シャオユエの背中にまわされた。力なく握られたその指先は、背中の肩甲骨辺りに遠慮がちにしがみ付いてくる。

 こんな風に誰かに縋ることを、怖いと思っていた。手を差し伸べることはあっても、自ら手を伸ばすことをしてこなかった櫻花インホアは、こんな自分でも誰かに縋ってもいいのだということを、数百年も経って初めて知ったのだ。

「君は、そうやって······私の初めてを、奪っていくんですね、」

 言って、櫻花インホアは微笑を浮かべる。その表情は肖月シャオユエには見えない。まだ寝ぼけているのか、掠れた声が妙に艶っぽかった。その言葉だけで、自分の胸がばくばくと高鳴っているのが解かる。

「夢の中で、蹲っていた私を助けてくれたのは、君、だったんですね、」

 起きた時は曖昧だったが、こうなる前に見たあの暗く悍ましい夢を、美しく愛おしい花びらが舞う夢に塗り替えてくれた、ひと。頭を撫でてくれたのは、目の前の白髪の青年だったのだと、確信する。

 お互い抱きしめ合ったまま、余韻に浸る。珍しく、肖月シャオユエはなにも言わなかった。自分がやったことを櫻花インホアがどう思うか。夢を覗かれたこと、過去の出来事を知られたこと。話したくなったら、なんて言っておいて。

「君が桜を好きだと言ってくれたこと。私を、好きだと言ってくれたことも。本当はすごく、嬉しかったんですよ?」

 あの日、目の前に現れた不思議な雰囲気を纏った白髪の青年。突然、好きと言われ、奪われた唇。恐怖というよりは困惑。悲しみよりも、疑問。どうして自分のような者にそんな言葉を向けてくれるのか、正直、理解できなかった。

「不思議ですね。いつの間にか、私は君のことばか······り、」

 言いかけて、櫻花インホアは耳まで真っ赤になった。

『いつの間にか、君のことばかり考えている』

 寝ぼけていた頭が、急にすぅっと晴れた。虚ろだった瞼が開かれ、驚き、握りしめていた衣から指を離す。しかし、肖月シャオユエは放してくれず、そのまま抱きしめられている。

(この気持ちの、想いの答えは、いつも君が言ってくれる言葉と同じなのだと、今ならわかるような気がします)

 まるで夢の中で話していたような感覚だった。それが自分の口から出ていたのであれば、それは、間違いなく。

「······放して、くれませんか?」

「あなたが、嬉しいことを言ってくれたせいで、顔を見せられない」

 肖月シャオユエは、口元が緩むのを隠すようにますます顔を埋める。肩に息がかかって、櫻花インホアもなんとも言えない表情になってしまう。これではいつまでもお互いの顔が見れない。

 しばらくして落ち着いたのか、ぴったりとくっついていた身体が離れていく。その喪失感を埋めるように、櫻花インホアは無意識に肖月シャオユエの白い衣の袖を掴んでいた。

「あなたが望むなら、何度でも言うよ?」

「え········、」

 顔を上げて、櫻花インホアは首を傾げる。

「俺は、あなたが好きだよ」

 それは、まるで光のように。
 朝露に光る葉のように。
 その青銀色の瞳から、目を離せなくなる。

「あなたの気持ちは?」

 その問いの答えを、櫻花インホアは知っていた。

「私、は、」

 その少し後、その唇から零れるようにぽつりと落ちたその言葉に、肖月シャオユエは静かに笑みを浮かべる。

 外は雪で冷たい空気が漂っているというのに、ふたりの周りだけは、まるで春の陽だまりのようにあたたかかった。この気持ちは、言葉にすれば脆く、けれども大切な、モノ。そのかけがえのない感情は、初めての、モノ。


 この想いは、言葉は。
 君だけに、あげる。


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