【黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。】中華風BL

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
30 / 45
第四章

三、君だけに、あげる。 ※注 

しおりを挟む

 乱れた衣を直しながら、鎖骨辺りに咲いた赤い印にそっと触れ、ゆっくりと隠す。誰にも見せたくない。自分だけが知る、印。何度も交わした口付けを思い出し、肖月シャオユエは幸福感に満ちていたが、その反面、櫻花インホアを穢してしまったという自分の罪深さに落ち込んでいた。

(俺は、卑怯だ。あなたの優しさに甘えて、自分の欲を満たした)

 両腕でぎゅっと抱きしめる。櫻花インホアは、初めて会った時からずっと、いい香りがする。その名と同じ、花の香。桜の匂い。

「俺はあなたが好きだよ? あなたも同じ気持ちだって、今だけは思い上がってもいい?」

 抱きしめたまま耳元で囁く。桜を好きと言った時の櫻花インホアを、息が止まるほど美しいと思った。あの夢の中で舞わせた桜の花びらに、嫉妬している自分がいる。肖月シャオユエは肩と腰に回していた腕を解く気はなく、膝の上に座らせたまま、そうやってずっと櫻花インホアの肩に顔を埋めていたら、耳元で微かに吐息混じりの声が漏れた。

「······シャオユエ?」

 少し苦しそうに言葉を紡いでいた櫻花インホアは、自分とは違うぬくもりに心地好さを覚え、ぼんやりとしていた。洞穴の外から射し込んでいる光の帯と、鳥の声、冷たい風に意識を少しずつ取り戻していく。身体の両脇にだらんと垂れていた腕が、ゆっくりと肖月シャオユエの背中にまわされた。力なく握られたその指先は、背中の肩甲骨辺りに遠慮がちにしがみ付いてくる。

 こんな風に誰かに縋ることを、怖いと思っていた。手を差し伸べることはあっても、自ら手を伸ばすことをしてこなかった櫻花インホアは、こんな自分でも誰かに縋ってもいいのだということを、数百年も経って初めて知ったのだ。

「君は、そうやって······私の初めてを、奪っていくんですね、」

 言って、櫻花インホアは微笑を浮かべる。その表情は肖月シャオユエには見えない。まだ寝ぼけているのか、掠れた声が妙に艶っぽかった。その言葉だけで、自分の胸がばくばくと高鳴っているのが解かる。

「夢の中で、蹲っていた私を助けてくれたのは、君、だったんですね、」

 起きた時は曖昧だったが、こうなる前に見たあの暗く悍ましい夢を、美しく愛おしい花びらが舞う夢に塗り替えてくれた、ひと。頭を撫でてくれたのは、目の前の白髪の青年だったのだと、確信する。

 お互い抱きしめ合ったまま、余韻に浸る。珍しく、肖月シャオユエはなにも言わなかった。自分がやったことを櫻花インホアがどう思うか。夢を覗かれたこと、過去の出来事を知られたこと。話したくなったら、なんて言っておいて。

「君が桜を好きだと言ってくれたこと。私を、好きだと言ってくれたことも。本当はすごく、嬉しかったんですよ?」

 あの日、目の前に現れた不思議な雰囲気を纏った白髪の青年。突然、好きと言われ、奪われた唇。恐怖というよりは困惑。悲しみよりも、疑問。どうして自分のような者にそんな言葉を向けてくれるのか、正直、理解できなかった。

「不思議ですね。いつの間にか、私は君のことばか······り、」

 言いかけて、櫻花インホアは耳まで真っ赤になった。

『いつの間にか、君のことばかり考えている』

 寝ぼけていた頭が、急にすぅっと晴れた。虚ろだった瞼が開かれ、驚き、握りしめていた衣から指を離す。しかし、肖月シャオユエは放してくれず、そのまま抱きしめられている。

(この気持ちの、想いの答えは、いつも君が言ってくれる言葉と同じなのだと、今ならわかるような気がします)

 まるで夢の中で話していたような感覚だった。それが自分の口から出ていたのであれば、それは、間違いなく。

「······放して、くれませんか?」

「あなたが、嬉しいことを言ってくれたせいで、顔を見せられない」

 肖月シャオユエは、口元が緩むのを隠すようにますます顔を埋める。肩に息がかかって、櫻花インホアもなんとも言えない表情になってしまう。これではいつまでもお互いの顔が見れない。

 しばらくして落ち着いたのか、ぴったりとくっついていた身体が離れていく。その喪失感を埋めるように、櫻花インホアは無意識に肖月シャオユエの白い衣の袖を掴んでいた。

「あなたが望むなら、何度でも言うよ?」

「え········、」

 顔を上げて、櫻花インホアは首を傾げる。

「俺は、あなたが好きだよ」

 それは、まるで光のように。
 朝露に光る葉のように。
 その青銀色の瞳から、目を離せなくなる。

「あなたの気持ちは?」

 その問いの答えを、櫻花インホアは知っていた。

「私、は、」

 その少し後、その唇から零れるようにぽつりと落ちたその言葉に、肖月シャオユエは静かに笑みを浮かべる。

 外は雪で冷たい空気が漂っているというのに、ふたりの周りだけは、まるで春の陽だまりのようにあたたかかった。この気持ちは、言葉にすれば脆く、けれども大切な、モノ。そのかけがえのない感情は、初めての、モノ。


 この想いは、言葉は。
 君だけに、あげる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません

めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。 家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。 しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。 調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。 だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。 煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!? /////////////////////////////// ※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。 ///////////////////////////////

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

処理中です...