【黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。】中華風BL

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
24 / 45
第三章

四、黒衣を纏いし青年

しおりを挟む

 店主が気休めに布で包み、桐の箱に入れた状態で渡して来たそれを抱え、櫻花インホア市井しせいから遠く離れた高い崖の上に辿り着くと、隣にいる肖月シャオユエに申し訳なさそうに視線を向ける。

 ここに辿り着く少し前に白蛇の姿から化身へと戻っていた肖月シャオユエは、見上げてくる困惑した表情を見つめて、微笑を浮かべる。

「気にしなくてもいいよ。あなたがそうしたいと思ったことに、俺は従う」

「でも、触ると運が奪われちゃうんですよ? 私も君も、その運でここまで切り抜けてきたようなものですし」

 そうかな? と肖月シャオユエは首を傾げる。

 確かに櫻花インホアの強運によって、ふりかかる災いは最終的に回避され、肖月シャオユエの幸運によってすべてが好転する。そんな風に様々な怪異や厄介事を解決して、多くの功徳くどくを得てきたわけだが。

(そもそも、法力が半減しているとは思えないくらい強くて、普通なら地仙じゃ手に負えない怪異もひと捻りというか、力技でどうにかなってる気がするんだけど····)

 一年前に紅藍ホンランたちに協力したあの任務以来、櫻花インホアはその力を出し惜しみしなくなった。隠しても仕方ないと思ったのだろうが、それにしても、だ。

(残り少ない寿命の事をあんまり気にしていないのも、十年もあれば確実に天仙になれるってわかってるから?)

 それとも、別に何か理由がある?
 本当に大切なことは、実は何ひとつとして話してくれない。

(まあ、話したくなったら話してって言ったのは、俺自身だけど)

 はあ、と嘆息している肖月シャオユエを、不安そうに見上げてくるその表情にふと気付く。それがたまらなく可愛いと思ってしまう自分は、たぶん重症だ。まずい、と口元を右手で覆って、視線を斜め上に逸らす。

「やっぱり怒ってますか? 呆れてます?」

 しゅんとした面持ちで俯いてしまった櫻花インホアの誤解を解くべく、肖月シャオユエは緩んでいた表情をなんとか元に戻した。

「あなたの運が奪われたら大変だから、俺が引き受けるよ。奪われるって言っても一時的なものだろうし、完全に壊してしまえば元に戻るでしょ?」

 ひょいと桐の箱を取り上げて、いつもの調子で軽い口調でそう言ってみせる。そんな確証はまったくないが、櫻花インホアがそうなってまうよりはマシだ。

「でも、それじゃあ君が····」

「大丈夫。じゃあ、開けるよ?」

 はい、と横で頷いた櫻花インホアを確認して、肖月シャオユエはそれを適当な高さの岩の上に置いた。桐の箱の蓋をそっと開けて、白い布に包まれた小さな壺を取り出す。ここまでは特に何の変化もない。

 その手を白い布にかけ、解いていく。そこに現れた白磁の高価そうな壺をじっと見下ろし、店主の言葉を思い出す。店主はこれを「拾った」と言っていた。なんとも怪しい言動である。こんな高価なものが、はたしてその辺りに落ちているだろうか。

肖月シャオユエ、私、今更思ったんですが····この壺は落ちていたんじゃなくて、あの店主が誰かから奪った、もしくは拾わされたんじゃないかと、」

「うん。櫻花インホアにわざわざそれを押し付けたのも、なにか裏がありそうだよね、」

 ふたりは視線を交わして、それから同じくして白磁の壺を見やる。

「そもそも、俺たちの特有の性質である"運"に関わるものであることを考えると、この流れはあまりよくないかも?」

 肖月シャオユエは途中まで言って、何かに気付く。

櫻花インホア!」

 そして、嫌な予感は的中することになる。

 櫻花インホアの細くて軽い身体をその手で強く押し、自分からなるべく遠くへと突き放した。地面に後ろから倒れていく櫻花インホアを案じながらも、その身は白い壺からもくもくと湧き出てくる紫色の奇妙な煙に包まれる。

 意識が薄れ視界がぼやけていく中、なんとかその壺を掴んで叩き割るが、遅かった。煙は強い風が吹いた途端、何事もなかったかのように消え去ったが、肖月シャオユエは完全に意識を失い、化身の姿も保てなくなるくらい衰弱してしまう。

肖月シャオユエ、大丈夫ですか!?」

 その手に抱かれ、心配する声が遠くで聞こえた。しかし、その声はどんどん遠のいていき、やがて何も聞こえなくなった。

 強い風が吹き荒れ、あの紫色の怪しい煙が掻き消されたすぐ後、目の前に現れた黒衣を頭から深く被った怪しい影を前に、櫻花インホアは思わず白蛇と化した肖月シャオユエを守るようにその胸に抱きしめる。

「その壺は、瘴気が込められた封印具です。これ以上破壊するのは、おすすめしません」

 その黒衣の青年? は、静かな、けれども優しさのある低い声音でそう言った。深く被った衣のせいで口元しか見えず、どう考えても怪しいはずのその人物に、櫻花インホアはなんだか不思議な感覚を覚える。

「あなた、は?」

 ぼんやりとした表情で見上げてくる櫻花インホアに、黒衣の青年は名乗る代わりにそっと右手を差し出した。

「天帝の命により、あなたを守るよう仰せつかった武神です。名は····訳あって名乗ることはできません。どうか、お許しください」

 その真摯な言葉に、櫻花インホアは目の前の者が自分たちに危害を加えるつもりがないことを知る。そして、その口から出た「天帝」という懐かしい響きに、ただ思いを馳せる。

「"彼の者が遂に動き出した"、そう、天帝より伝言を預かってきました」

 差し出した手に櫻花インホアの指先が触れた時、黒衣の青年が紡いだ言葉。
 その本当の意味を、知る。

「······やっと、私を殺しに来るんですね、」

 あの時望んだ願いを、叶えてくれるというのだろうか。

「数百年前、私の大切なものを壊した、あの"災禍の鬼"が、」

 黒衣の青年は、櫻花インホアが浮かべたその美しい笑みを見下ろしたまま、自分の手の上に置かれた指先の冷たさに、ひんやりとした感情を垣間見る。

 それは、目の前の者には似つかわしくない、氷のような微笑。あの日の惨劇を知る者ならば、解らなくはない感情だった。

 天界を揺るがせたあの惨劇。

 ある神の策略によって多くの者が命を落とし、その責任を問われたひとりの花神が追放された、あの数百年前の悲劇を知る者ならば――――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それはダメだよ秋斗くん![完]

中頭かなり
BL
年下×年上。表紙はhttps://www.pixiv.net/artworks/116042007様からお借りしました。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う

亜沙美多郎
BL
 後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。  見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。  踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。  しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。 ⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。 ⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。 ‪ ☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆

処理中です...