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第三章
四、黒衣を纏いし青年
しおりを挟む店主が気休めに布で包み、桐の箱に入れた状態で渡して来たそれを抱え、櫻花は市井から遠く離れた高い崖の上に辿り着くと、隣にいる肖月に申し訳なさそうに視線を向ける。
ここに辿り着く少し前に白蛇の姿から化身へと戻っていた肖月は、見上げてくる困惑した表情を見つめて、微笑を浮かべる。
「気にしなくてもいいよ。あなたがそうしたいと思ったことに、俺は従う」
「でも、触ると運が奪われちゃうんですよ? 私も君も、その運でここまで切り抜けてきたようなものですし」
そうかな? と肖月は首を傾げる。
確かに櫻花の強運によって、ふりかかる災いは最終的に回避され、肖月の幸運によってすべてが好転する。そんな風に様々な怪異や厄介事を解決して、多くの功徳を得てきたわけだが。
(そもそも、法力が半減しているとは思えないくらい強くて、普通なら地仙じゃ手に負えない怪異もひと捻りというか、力技でどうにかなってる気がするんだけど····)
一年前に紅藍たちに協力したあの任務以来、櫻花はその力を出し惜しみしなくなった。隠しても仕方ないと思ったのだろうが、それにしても、だ。
(残り少ない寿命の事をあんまり気にしていないのも、十年もあれば確実に天仙になれるってわかってるから?)
それとも、別に何か理由がある?
本当に大切なことは、実は何ひとつとして話してくれない。
(まあ、話したくなったら話してって言ったのは、俺自身だけど)
はあ、と嘆息している肖月を、不安そうに見上げてくるその表情にふと気付く。それがたまらなく可愛いと思ってしまう自分は、たぶん重症だ。まずい、と口元を右手で覆って、視線を斜め上に逸らす。
「やっぱり怒ってますか? 呆れてます?」
しゅんとした面持ちで俯いてしまった櫻花の誤解を解くべく、肖月は緩んでいた表情をなんとか元に戻した。
「あなたの運が奪われたら大変だから、俺が引き受けるよ。奪われるって言っても一時的なものだろうし、完全に壊してしまえば元に戻るでしょ?」
ひょいと桐の箱を取り上げて、いつもの調子で軽い口調でそう言ってみせる。そんな確証はまったくないが、櫻花がそうなってまうよりはマシだ。
「でも、それじゃあ君が····」
「大丈夫。じゃあ、開けるよ?」
はい、と横で頷いた櫻花を確認して、肖月はそれを適当な高さの岩の上に置いた。桐の箱の蓋をそっと開けて、白い布に包まれた小さな壺を取り出す。ここまでは特に何の変化もない。
その手を白い布にかけ、解いていく。そこに現れた白磁の高価そうな壺をじっと見下ろし、店主の言葉を思い出す。店主はこれを「拾った」と言っていた。なんとも怪しい言動である。こんな高価なものが、はたしてその辺りに落ちているだろうか。
「肖月、私、今更思ったんですが····この壺は落ちていたんじゃなくて、あの店主が誰かから奪った、もしくは拾わされたんじゃないかと、」
「うん。櫻花にわざわざそれを押し付けたのも、なにか裏がありそうだよね、」
ふたりは視線を交わして、それから同じくして白磁の壺を見やる。
「そもそも、俺たちの特有の性質である"運"に関わるものであることを考えると、この流れはあまりよくないかも?」
肖月は途中まで言って、何かに気付く。
「櫻花!」
そして、嫌な予感は的中することになる。
櫻花の細くて軽い身体をその手で強く押し、自分からなるべく遠くへと突き放した。地面に後ろから倒れていく櫻花を案じながらも、その身は白い壺からもくもくと湧き出てくる紫色の奇妙な煙に包まれる。
意識が薄れ視界がぼやけていく中、なんとかその壺を掴んで叩き割るが、遅かった。煙は強い風が吹いた途端、何事もなかったかのように消え去ったが、肖月は完全に意識を失い、化身の姿も保てなくなるくらい衰弱してしまう。
「肖月、大丈夫ですか!?」
その手に抱かれ、心配する声が遠くで聞こえた。しかし、その声はどんどん遠のいていき、やがて何も聞こえなくなった。
強い風が吹き荒れ、あの紫色の怪しい煙が掻き消されたすぐ後、目の前に現れた黒衣を頭から深く被った怪しい影を前に、櫻花は思わず白蛇と化した肖月を守るようにその胸に抱きしめる。
「その壺は、瘴気が込められた封印具です。これ以上破壊するのは、おすすめしません」
その黒衣の青年? は、静かな、けれども優しさのある低い声音でそう言った。深く被った衣のせいで口元しか見えず、どう考えても怪しいはずのその人物に、櫻花はなんだか不思議な感覚を覚える。
「あなた、は?」
ぼんやりとした表情で見上げてくる櫻花に、黒衣の青年は名乗る代わりにそっと右手を差し出した。
「天帝の命により、あなたを守るよう仰せつかった武神です。名は····訳あって名乗ることはできません。どうか、お許しください」
その真摯な言葉に、櫻花は目の前の者が自分たちに危害を加えるつもりがないことを知る。そして、その口から出た「天帝」という懐かしい響きに、ただ思いを馳せる。
「"彼の者が遂に動き出した"、そう、天帝より伝言を預かってきました」
差し出した手に櫻花の指先が触れた時、黒衣の青年が紡いだ言葉。
その本当の意味を、知る。
「······やっと、私を殺しに来るんですね、」
あの時望んだ願いを、叶えてくれるというのだろうか。
「数百年前、私の大切なものを壊した、あの"災禍の鬼"が、」
黒衣の青年は、櫻花が浮かべたその美しい笑みを見下ろしたまま、自分の手の上に置かれた指先の冷たさに、ひんやりとした感情を垣間見る。
それは、目の前の者には似つかわしくない、氷のような微笑。あの日の惨劇を知る者ならば、解らなくはない感情だった。
天界を揺るがせたあの惨劇。
ある神の策略によって多くの者が命を落とし、その責任を問われたひとりの花神が追放された、あの数百年前の悲劇を知る者ならば――――。
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