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第三章
三、その赤き瞳に映るモノ
しおりを挟む黒衣を頭から深く被り、その素顔を隠すようにその場に跪く。
自分が何者かを知る、唯一の存在。
その顔を仰ぐことすら恐れ多いその者を、この天界では天帝と呼ぶ。天上の最高神であるが、天界にいることは少なく、そのほとんどを地上で過ごし、この地の安定のために飛び回っていた。
地上では尸迦と名乗って、ひとの中に紛れていることもあり、その揺るがない行動力にいつも驚かされる。数百年前からこの天帝にその身を捧げ、自分が犯してしまった"ある罪"を償うために、これまでも数多の任務を引き受けてきた。
「西の地での一件はどうであった?」
「····彼の者が、本格的に動き出したようです」
天界がずっと追っている、存在。
"災禍の鬼"と呼ばれる、災厄。
「この数百年の間、ずっとフリをしてたというのに。一体なにを考えているのか、お前なら解かるか?」
「おそらくは、数百年前の彼の者の罪を知る、花神と鬼神を誘い出すための、布石かと」
そのすべてを企て、あらゆるモノを利用し、欺き、今も何食わぬ顔で笑っている。
「ならば、こちらはそれを逆手に取るのみ。今度こそ、彼の者の罪を裁く。お前は今まで通りあの堂を守り、その主を守れ」
「仰せのままに、」
夢を見た。
遠い日の、幻。
あの日に戻ることは叶わない。
それでも、守りたいものは変わらない。
武神となった今も、その想いはただひとつ。
天帝に対して拝礼をした後、黒衣を翻してその場を去る。白い何もない空間。誰にも盗み聞きなどされない場所。
(あんな夢を見たのは、なにかの前触れだろうか)
深く被った黒衣の奥の表情は、いつも以上に暗く、曇っていた。なにか胸騒ぎのようなものを辰砂、否、花楓は感じていた。守るべき主は、今は東の地にいる。あの白蛇の精霊が傍にいる限り、大事は起きないとは思うが····しかし、何も起きないとも限らない。急ぎ、花楓は東の地へと足を向けた。
******
東の地。
降り立った先で、すでに事は起きていた。
花楓は深く被っていた黒衣をさらに深く被り直す。ある骨董屋の店主の噂を耳にする。どこの誰とも知らない者から高価な壺と金を渡されたことを、酒の席でつい口を滑らせたらしい。それを聞いた者たちに、誰にも言うなと金を渡したが、そんな怪しく可笑しな話を黙っていられる者などいないだろう。噂はどんどん大きくなって広まり、やがてその噂は形を変えて市井に広まって行った。
「骨董屋の店主のところにある白い壺には、ひとの"運を奪う"という呪いがかけられていて、触ったり壊したりすると呪われるらしい」
「それに、俺が聞いた話だと、その壺を何度どなく壊して捨てても、翌日には元通りになって元の場所に戻って来てしまうらしいぜ?」
「店主もとんでもないものを押し付けられたな。元の持ち主は、金を払ってでもその壺を手放したかったんだな」
そうやって壺の噂は完成し、やがて店主を悩ませ始める。最初はただの高価な白磁の壺だった。噂を耳した店主は「そんな馬鹿な」と思ったが、だんだん怖くなってしまい、とうとう棒でその壺を粉々になるまで叩き割った。
「なんだ、やっぱりただの噂じゃないか! なにも起きやしないっ! 壺は割れたが損はしていない。貰った金はちゃんと本物だったからなっ」
翌日、店主は青ざめる。叩き割って粉々にしたはずのあの壺が、いつもの場所に戻って来ていたのだ!
翌日も、その翌日も、そのまた翌日も。店主は眠れない夜が続く。壊しても壊しても戻って来てしまうその壺に、恐怖を覚えた。そんな中、とある噂を耳にする。
「おい、聞いたか? 仙人様がこの近くに来ているらしいぞ」
「その仙人様なんだが、どうやら無償で人助けをしながら、各地を旅しているらしい。絵に描いたような美しい仙人様らしく、実際に助けてもらった奴が言うには····、」
「その話! 詳しく聞かせてくれないかっ」
店主は思わず大声で叫んだ。
後の事は、言わずもがな····。
その「ものすごく美しい仙人様」は、本当に聞いていたその通りの仙人で、最初はこちらを疑っていたが、店主の必死さが伝わり、最後は快く引き受けてくれた。
その様子を遠目で見ていた花楓は、その後を無言で追う。
(あの壺は····少し前に天界の宝物庫から持ち出された、瘴気を封じ込めた宝具。なぜそれがひとの手に渡っているんだ?)
しかも天帝が口止めした案件で、それを知る者は限られている。そもそもあの何重にもかけられた封印の刻印を無視して入り込める強者など、そうはいない。上位の神であることは確か。
そんな高貴な存在が宝物庫から盗みを働いたなどど広まれば、大事になる。犯人が特定されるまでは、天帝と自分、それを管理する者だけの秘密とされた。
(これも、彼の者の仕業だと····あなたはそう考えているのですか?)
数百年前に盗まれた幻鏡石。
一年前に起きた奇怪な事件の数々。
そしてあの宝具。
櫻花の周り、もしくは櫻花を擁護する応竜とその配下である四竜が守護する地で起こっている。
天帝が守れと言った、存在。
(姿はまだ晒せない····俺は、まだ、)
唇を噛み締め、あの日の愚かな自分を戒める。
「ここで死ぬくらいなら、私の役に立て。そのすべての罪が消えることはないが、お前の行い次第でその罪は償うことはできる。それがたとえ、お前にとって意味をなさずとも、ここに咲く者たちにとっては贖罪となるだろう」
あの美しかった堂を、取り戻すために。自分が赦されることはないと、知っている。
もう、あの頃には戻れない。
この手が奪った九十九の命を、すべては戻せないと知っている。
それでも、希望はある。
(今度こそ、追い詰める。確実に、罪を償わせる。言い逃れなどさせない)
この数百年間、この時を待っていた。そのきっかけは、偶然だったのかもしれない。その偶然が、やがて必然となる。あのふたりが、その中心にいるのだと、そう信じてやまない。
花楓は澄み渡るような晴天を見上げ、その眩しさに赤き瞳を細めた。
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