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第二章
七、そんなの決まってるだろ!
しおりを挟む一方、北の地。
寂れた村の中心に三人はそれぞれ立ち、白藍と辰砂が黑藍にも解るように自分たちの見解を話し始める。
「これは幻鏡石っていう石の欠片なんだけど、これの効果は知ってるよね?」
瑪瑙色の瞳が見上げてくる。黑藍は「ええっと、」と金眼を逸らすが、逸らした先が黒衣を纏う自称武神の方だったので、言葉を詰まらせた。
「一から説明しろ」
「····まあ、いいや。これは天界のとある変人神官が作り出した希少な石で、その場にいるすべての者に幻影を見せることができる。なんのために作ったかは本当に謎だけど、」
「それがここにあるってことは、その変人神官が実験かなにかで天仙に幻を見せたってことか?」
単純に考えればそうだが、事はそう簡単にはいかないものだ。
「その石は数百年前に盗まれて以来、本人の手元に戻って来ていないと聞きます」
辰砂は静かに言葉を紡ぐ。
「つまり、その盗んだ者の仕業か、もしくは盗ませた者の仕業か。いずれにせよ、"災禍の鬼"の噂とこの幻鏡石が関係あるのは確かだね。今まで報告されている"災禍の鬼"の噂をイチから精査する必要があるかも」
「盗んだのが、その"災禍の鬼"だとしたら、それで解決だろう?」
そのひと言に、白藍と辰砂はまったく同じ感情で黑藍を見やる。
「なんのために?」
「は? なんのため? そんなの決まってるだろ!」
得意げな顔で黑藍は腰に手を当て、ふんと鼻を鳴らす。
「やってもない大量殺人を、自分がやったと思わせるためさ」
白藍は顎に手を当て、ふむと視線を下に外す。黑藍のそのひと言を、ただの思い付きと聞き流すこともせず、自分と全く違うその考え方に思考を巡らせる。
だが、なんのためにそんな回りくどいことをする必要が?
"災禍の鬼"といえば、数多の天仙や地仙、人間を殺し、喰らい、今や災厄級の鬼と言われている存在。しかし、その姿を見た者は誰一人としておらず、数百年も天帝の眼から逃れているのだ。
村ひとつ潰すくらい、蟻を潰すのと同じだろう。
「"災禍の鬼"とは名ばかりで、本当は逃げるのが上手いただのヘタレってこと! 光鳥を飛ばした天仙も、グルかもな」
「ひとつは、まあ同意できなくもないけど、もうひとつはたぶん、違う」
「はい。その天仙は確実に殺されているでしょう」
辰砂は暗い声でそう呟いた。それに白藍も頷く。
「幻鏡石が作り出した幻を見たのは確かだと思う。その見た光景を光鳥に託したのも。ただ、殺されたのが、この場所でないというだけ」
なんだよそれ、と黑藍はその言葉に眉を寄せた。
「この一連の事を行っているのが、それくらい、慎重な犯人だということ」
「しかもこの数年の間に、です。それまではこんなに頻繁に現れなかったので、それをしなければならない、何かきっかけがあったと思われます」
まだなにもわかりませんが、と付け足して、辰砂は口を噤んだ。今までほとんど口を利かなかったのに、急に喋りすぎたと思ったのだろう。
「そうなれば、もうここに用はないね。さっさと蓬莱山に戻ろ、」
「ん? もういいのか? まあいいや。さっさと鷹藍様に報告だな」
思いの外早く終わったな、と心の中で呟きつつ、ふと村の先に見える森に視線がいく。今、一瞬だが気配を感じたような····いや、気のせいか、と黑藍は肩を竦める。他のふたりがなにも言わないのなら、本当に気のせいなのだろう。
三人は、その場から一瞬にして姿を消す。
遠く離れた森の奥で息を潜めていた者もまた、暗闇の中に紛れてその姿を晦ます。
禍々しい気配を放つ"それ"は、姿を消すその瞬間、そのすべてを嘲笑うかのように赤い瞳を細め、美しい顔に笑みを浮かべるのだった。
******
櫻花は肖月と共に核があるだろう、その場所へと向かう。
石碑が建てられているその墓の周りは、他の、もはや罰があったっても文句は言えないほど見る影もない墓と比べ、何事も起こっていないかのように綺麗だった。
「雪花、」
名を呼ぶと、宝剣の半透明な刀身が青白く光り出す。そのまま一閃、空を薙ぐように振ると、石碑の周りに冷気が放たれ、辺りに薄青に光る無数の雪の華が舞い散った。春だというのにそこだけはまるで白銀に染まっている。
「すごく綺麗、」
「ふふ。綺麗なだけではなく、雪花はちょっぴり特別なんですよ?」
話している途中で、石碑の下、白く染まった土の中から、何かが勢いよく飛び出して来た。それはとても小さな黒い蚯蚓の妖だった。
まさかこれがあの巨大な蚯蚓の妖の本体だとは、誰も思わないだろう。
櫻花にそれを触らせるのは嫌だったので、肖月が代わりに汚いものを抓むかのように掴んで、自分の目の前に持ち上げる。
その頃には雪の華も白い景色も消え去り、櫻花の手の中からあの不思議な宝剣も消えていた。
「櫻花ちゃん、やったわね!」
辺りを最後まで蠢いていた数体の蚯蚓を目の前から一掃し、紅藍は明るい表情で櫻花たちの許へと舞い降りてきた。
「これは興味深いですね。核、というか本体というか。この黒い小さな蚯蚓の妖がこの騒ぎの元凶だったとは····、」
「とはいえ、殺生は禁じられているので····蒼藍、後はお願いしても良いですか?」
うねうねと黒い蚯蚓が、肖月の指の中で最後の抵抗をしていた。
内心、少しも触れたくはない気持ちの方が大きいので、蒼藍は懐から白い袋を取り出す。法力が込められた特殊な袋で、その中に入れるように肖月に促した。
興味のないものをぽいっとその中に落とすように、肖月は蚯蚓を放る。
「それはいいとして、ここの後始末はどうするつもりなんです?」
墓地はほどんどが穴だらけになっていて、骨が所々に散らばっている。あの新しめの盛り土もめちゃくちゃで、腐った亡骸が土の中から顔を覗かせていた。魂が先に空に飛んで逝ったのが、せめてもの救いだろうか。
肖月は皮肉も込めて言ったつもりだったが、それに対して櫻花がしゃがんでその亡骸に素手で土をかけ始めたので、すっと隣に座り、「仕方ない」と同じように土を盛りだす。
「まだ夜明けまでは時間がありますから、他の盛り土や亡骸も元に戻してあげましょう、」
「よし! 私もやるわよ~」
やれやれと蒼藍は小さく首を振って、やる気満々の紅藍の後ろに続いた。
夜明け過ぎまでその作業は続き、なんとか墓地は元の姿を取り戻す。四人もさすがに疲れたので、市井の外れの泉がある場所で身体を休めながら、今回の件を話し合うことにしたのだが····。
「······なんだかよくわかんないわね」
蒼藍の見解を聞き終えた紅藍が口にしたひと言で、終了した。
「ということなので、後は私たちで鷹藍様に報告します」
疲れていたこともあり、蒼藍は全てを諦めた。あはは····と櫻花は苦笑を浮かべ、よろしくお願いします、とふたりに託す。
「櫻花様、肖月、今回はご助力ありがとうございました。詳細は折を見て報告に参りますので」
「じゃあまたね、櫻花ちゃん!」
お互いに簡易的な拱手礼をし、蒼藍と紅藍は蓬莱山へと戻って行った。
「では、私たちも行きますか」
だね、と肖月は櫻花の右横に並ぶと、片目を閉じていたずらっぽく笑ってみせた。
あたたかな日差しと澄んだ青空に眼を細め、ふたり並んで歩く。
あてもなく、けれどもどこか前とは違う、新しい気持ちで。
それから何事もなく、一年の月日が流れた――――。
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