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第二章
五、君は自分でなんとかしてください。
しおりを挟むぐらりと視界が揺らいだのは、櫻花だけでなく、他の三人もほぼ同時だったため、その原因となっている地面に視線を落とす。櫻花は右足首に絡みついたその違和感と異様な感触に意識がいった。
それがなにかを認識したのも束の間、気付けば視界が反転し、身体は宙に吊り上げられた状態になっていた。他の三人を見ても同じような状況で、不意打ちだったのもあったが、その正体を改めて目にした時、櫻花は背中の辺りがぞくりとした。
月の光に照らされ、自分たちを捕らえたモノがなにかを知る。
「きゃーっ! 気持ち悪いっ! 私、うねうねした生き物苦手なの! なんとかしてよ、蒼藍!!」
うねうねとともに粘着質のあるべとべとが纏わりつく感覚に鳥肌が立つのを覚え、真っ青な顔で紅藍が叫ぶ。自身の両腕ごと上半身に幾重にも巻き付いたそれは、まるで巨大な蚯蚓のようだ。墓地の地面から突如現れた何体もの妖に、四人はそれぞれ無様にも捕らわれてしまっている。
「君は自分でなんとかしてください。それよりも、今は事態を把握しないと!」
「なにそれひどい! いやあぁあ! ぬめぬめでべとべとする~っ」
上半身はそれに巻き付かれているが、捕らわれる前に右腕だけ咄嗟に回避したお陰で、紅藍よりは幾分かマシな蒼藍は、今の状況を把握することに集中しており、紅藍に構っている余裕はなかった。
「櫻花、大丈夫?」
右の片腕だけ捕らわれて吊るされた状態の肖月は、右の足首を捕らわれ逆さ吊りにされている櫻花に訊ねる。ふたりは紅藍たちよりはまだマシな状態だったが、完全に無事というわけでもない。
「は、はい、なんとか····しかし、これは一体、」
巨大蚯蚓の妖は何体もいるのか、他にも数体その身体をうねらせて待機している。墓地が穴だらけになっているのを見る限り、この妖は土の下にいたようだ。
「心なしか、精気を吸い取られているような気もするのですが····、」
捕らわれている右足首の辺りから、徐々に力を奪われているような感覚がある。今のところは大丈夫だが、長引けばこちらが不利だろう。紅藍たちに至っては一応、神の類なので自分たちよりは長く持つだろうが。
「本当に大丈夫? あなたは、ただでさえ色々と制限があるんじゃ、」
「いえ、大丈夫ですよ? このくらいなら、数日は持ちます」
え? と肖月は驚いた表情で、思わず逆さ吊りになっている櫻花の身体をじっと見つめる。
精霊である自分でさえそれなりに負担がかかっていて、この姿もいつまで保てるかわからないのに、ただの地仙でである櫻花が、数日耐えられるとは到底思えない。
「櫻花様、怪異の本体がどこかに隠れているようです。何本も身体があるように見えますが、おそらく核はひとつでしょう。援護しますので、お願いできますか?」
蒼藍は情けないと思いつつ、ある程度自由が利く櫻花に、事態の好転のために動いてもらわざるを得なかった。
「問題ありません。この蚯蚓さんは、精気を吸う以外は特に攻撃をしてくる気配はなさそうですし、任せてください」
言って、櫻花は逆さ吊りのまま、左手に何かを握るような格好で右手の人差し指と中指を立てると、何もない場所を下から上になぞる様に動かした。途端、その手に淡青の紐飾りが白い柄の先に付いた、半透明な刀身が現れる。
櫻花は、穏やかな声音でその宝剣の名を呼ぶ。
「雪花、お久しぶりです。あなたの力を貸してください」
雪花と呼ばれた宝剣は、櫻花に応えるかのようにその半透明の刀身に薄青の光を湛える。
そのままひと振りしたその瞬間、櫻花の右の足首に巻き付いていたそれが一瞬にして凍り付き、その次の瞬間には硝子が砕け散るかのように粉々になってしまったのだ!
解放された櫻花の身体は、頭から真っ逆さまに落ちかけるが、そのままくるりと一回転して、華麗に地面に舞い降りる。
足をついたその途端、再び蚯蚓が地面から飛び出してきて、櫻花を捕らえようと襲い掛かって来る。それを後ろへ飛んで躱していくが、地面に足をつく度に飛び出てくるのでキリがなかった。
どんどん増えていくそのうねうねした長い蚯蚓のような物体は、悍ましい姿となって闇夜へと伸びている。明るかったら、きっと卒倒していてもおかしくない気持ち悪さで、土がぼこぼこになった墓地はもはや見る影もなくなっている。
雲に隠れていた月が何度目かの姿を現す。
「うぅ····櫻花ちゃん、私の火の力が役に立つと思うから、まずは私を解放して!」
紅藍は、次々に現れる蚯蚓を相手にひとりで奮闘している櫻花に懇願する。これ以上は本当に無理! という気持ちの方が強そうだが、確かに彼の能力は役に立つだろう。
「櫻花様、彼は私がなんとかするので、あなたはそのまま核を捜してください。ずっと観察してましたが、あの石碑の辺りが気になります。そこだけなぜか土が少しも荒れていないし、綺麗なんです!」
「はい! この蚯蚓さんたちの動きも、そこに行かせないようにしている気がします!」
「もう嫌っ! ホントに無理! って、ちょっと!? 自分だけずるいっ」
騒ぐ紅藍の視界に、どうやって抜けたのか、肖月が地面にひらりと舞い降りるのが見えた。
片腕だけ捕らわれていたので、自分よりは抜けるのは楽だったのかもしれないが、いつの間に! と目を瞠る。
「櫻花、俺にもあなたを守らせて?」
その横に追いついて、肖月は笑みを浮かべた。櫻花は少し驚いたような顔で肖月を見上げて、今は余計なことを考えている暇はないと、ただ頷いた。
ふたりを再び捕らえようと、巨大蚯蚓が次々にその長い躰で襲いかかって来る。
しかしどういうわけか、そのすべてがふたりを避けるように逸れていく。その様子を上から見ていた蒼藍は、わざと蚯蚓がふたりを避けているように見え、しかしそうではないのだと気付く。
(あれはわざと避けているのではない。その意思は確実に捕らえようとしているのに、なぜかふたりの因果がそうさせないようにしている?)
櫻花の強運と、肖月の幸運。
ふたつが揃うことで、不思議な因果が生まれている? いやまさか、と思うが、事実そうなのだ。
(あの蚯蚓の妖がどんなにふたりを狙おうと、自身がなぜかそれを回避してしまう。そんなこと、あり得るのか?)
感心するように何かを呟き、そのまま考え込んでいる蒼藍に、紅藍はとうとう我慢できずに癇癪を起した。
「もういいっ! 自分でなんとかするもんっ」
その次の瞬間、紅藍の身体を炎が包み込む。それはほんの一瞬で蒼藍を捕らえていた蚯蚓までも消し炭にすると、本領発揮と言わんばかりに紅藍が不敵な笑みを浮かべる。
「気持ち悪いモノは、全部····焼き尽くす!」
「ちょっと、まっ····」
蒼藍の制止を振り切り、紅藍はその両手に大きな炎を宿すと、地面から生えるようにうねうねとしている蚯蚓に向かって、辺り一帯に無作為に放つのだった。
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