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第二章
三、もうひと口どうぞ
しおりを挟む櫻花たちは蓬莱山から南の地へと辿り着く。
四人は南の地の市井でまずは話を聞くことにしたのだが、どういうわけか道行く民たちが避けていく。それもそのはずだろう。四人は傍から見てだいぶ浮いていた。
「おっかしいわね。どうして皆、私たちを避けちゃうのかしら?」
「そうですね。どうしてでしょうか····」
本当はわかっていて言っている紅藍と、本当にわかっていない櫻花。ふたりは仲良く並んで路の端を歩いており、その後ろを少し離れて蒼藍と肖月が続く。
「見たこともない美しい仙人様御一行が、自分たちと同じ路を歩いているのだが!?」というのが、民たちの心の声である。恐れ多くて近づけないというのが本音だろう。仙人が皆、このように見目美しいわけではないのだが····。
そもそも地仙である櫻花以外、白蛇の化身と竜の分身なのだが、神や精霊が平地を歩いているなど想像もできない民にとっては、そういう身なりの者は、ひと括りで「仙人様」なのだ。
「とりあえず、二手に分かれて情報を集める方が効率が良いと思うのですが、」
「じゃあ私、櫻花ちゃんと一緒が良いっ」
言って、櫻花の腕に自分の腕を絡める。頭ひとつ分背の高い紅藍を見上げ、あはは····と櫻花は困ったような顔で笑う。女性の姿を模しているので、肘にその豊満な胸が当たるのだ。
彼はそれをもちろんわかっていてやっている。それくらいはさすがの櫻花でも理解していた。
「櫻花様、嫌なら嫌って言っていいんですよ?」
肖月は蒼藍のその言い方に違和感を覚える。
「どうして地仙の櫻花を、四竜のひとりである蒼藍様が"様"付けするんですか?」
はい、と小さく手を挙げて肖月は訊ねる。その問いに、あからさまに「あ、」という顔で口を覆う蒼藍の様子に、さらなる疑問を覚えた。
賑やかしい市井で、道端に所狭しと出店が並んでいる。
「櫻花ちゃん、サンザシ飴食べる?」
山査子の赤い小さな実が七個ほど串刺しにされた飴を指差して、紅藍が自然な流れでその問いを掻き消す。
櫻花も下手くそだが「あ、はい! サンザシ飴は、芳醇な香りと上品な甘さがたまらないですよね」とその会話に便乗した。
「ふ、ふたりとも、ひとり一本は多いので、ふたりで一本にしてください」
「はーい。りょうかいでーす」
「わ、わかりましたー!」
なにこの空気? と肖月は首を傾げ、その茶番を眺めていた。そういえば、元の主である弁財天もこんな風に話を濁していた気がする。櫻花はただの地仙ではないということだろうか?
「肖月も食べますか?」
櫻花は、まだ口を付けていない串の先を肖月に向けて、にっこりと微笑んだ。
そこには透明な飴で固められた赤い実が連なっており、肖月はそれ以上問うのを諦めて、一番上の飴をそのままぱくりと口に入れた。
それをじっと見つめられ、「どうしたの?」ともごもごしながら訊ねる。
「なんだか雛に餌付けしているみたいで····不思議な気持ちになってしまいました」
「こんなことで喜んでくれるなら、何度でも」
悪戯っぽく笑って、肖月は片目を閉じて言う。
「ふふ、もうひと口どうぞ」
それがおかしくて、櫻花はもう一度サンザシ飴を差し出す。
その様子を見ていた紅藍は、んん?と怪訝そうに眉を顰めた。思っていたのとなにか違う。あの櫻花が、自分から契約を結んだわけではないことは確信している。絶対に一方的だったはずだ。
それなのに、この雰囲気はなんだろう?
「ねえ、櫻花ちゃん、その子、もしかして櫻花ちゃんの恋人なの?」
「····はい? 今、なんて?」
「いや、なんだかそうやって目の前でイチャイチャされると、そうとしか思えなくなってきて。だからこの数ヶ月、離れずに一緒にいるの?」
腕を前で組んで、品定めするかのように肖月を見て、その視線をゆっくりと下から上に持っていく。
最後に、青銀色の瞳と眼が合った。
「櫻花は、俺の主だよ」
「なんで主を、従者が呼び捨てにするのよ?」
「櫻花がそうしてって言ったから?」
「なんで疑問形なのよ。ねえ、櫻花ちゃん、こいつ、櫻花ちゃんになにしたの?」
肖月を指差して、むっとした表情で紅藍は訊ねる。なんだどうした、と周りにいた市井の民たちがその不穏な空気を感じ取って騒めき出す。
行き交う人々で混雑していた路が、サンザシ飴の店先にいる四人を中心にして自然と輪になるように空間があいた。
「紅藍様、本当に聞きたいです? 俺がどうやって契約したか」
口に入れたサンザシ飴を噛んで、不敵な笑みを浮かべた肖月に対して、紅藍は負けないくらい強気な笑みを浮かべた。
「櫻花ちゃん、どうなの?」
櫻花はあの時のことを思い出して、みるみる顔が真っ赤になっていき、それからほどなくして青くなった。
「私····こんなに長く生きているのに、あれが初めての、」
無意識に唇に指を当てて、動揺している櫻花を横で見ていた蒼藍は、その回転の速い頭で察する。そして、落としそうになったサンザシ飴の串を代わりに持ち、「大丈夫ですか?」と引きつった表情で訊ねる。
「え····うそでしょ? まさか、櫻花ちゃん、」
「それ以上は、なにも訊かないでくださいっ」
紅藍は青ざめた顔で櫻花を見下ろす。ぎゅっと目を閉じて耳を塞ぐ可愛らしさはさておき、じわじわと込み上げてくる怒りは抑えられそうもない。
「そんなことされて、もしかして今まで忘れてました、なんて間の抜けたことは言わないわよね!?」
「わーわー! だから、なにも訊かないでくださいってば~っ!」
完全に忘れていたわけではないが、ふたりでいるのがあまりにも自然になっていたので、すっかりあの時の事が抜けていたのだ。我ながらなんて間が抜けているのだろうと、櫻花は頭を抱えてしまった。
「いい加減、迷惑なのでさっさとここから離れましょう。紅藍は私と一緒に、あなたたちも」
呆然としている紅藍の腕を取り、蒼藍は自分が向かう反対方向をサンザシ飴の先で指して、肖月に指示を出す。
人だかりを抜けて散らばった四人は、各々の想いを胸に抱えつつ、本来の任務を思い出す。
「夕刻にまたここで落ち合いましょう。それまでは別行動で」
肖月は「はいはい」と返事をしながらひらひらと手を軽く振り、どさくさに紛れて油断している櫻花の腰に左手を回して連れて行く。
人食い蝶の噂は思いの外様々な場所で手に入り、各々が冷静になった頃、再びあのサンザシ飴の店先で顔を合わせることとなる。
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