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第二章
二、いや、あやしすぎるだろ!
しおりを挟む櫻花たちが出て行った後、急に静かになった空間で、鷹藍は次の客人を迎い入れていた。先に到着したのは、黒衣を頭からすっぽりと纏った人物で、天帝から直々に指名された武神と聞いている。名も素性も教えられていないが、天帝曰く、"信頼できる者"とのことだ。
遅れて、黒装束を纏った不機嫌そうな面持ちの黑藍と、白装束を纏った、無表情の白藍が並んで現れた。
黑藍は、ひとであれば十八歳くらいの秀麗な青年の姿をしており、腰まである長い黒髪は白い髪紐で纏め、目付きは悪いが大きめの金の眼が特徴的だ。白藍は、十代前半くらいの美しい少年の姿をしており、肩までの綺麗に切り揃えられた白髪と瑪瑙色の瞳が、その無表情も相まって冷たい印象を与えている。
「至急の用と聞き参りましたが、」
傍らに立つ黒衣の人物に視線だけ向け、怪訝そうに白藍が口を開く。
「····一体どんな厄介事で?」
何か言いたそうな黑藍の視線も、同じ場所に注がれる。
鷹藍は、このふたりには何を言っても納得してもらえないような気はしたが、一応事情を簡単に説明し始めた。
「ふたりは"災禍の鬼"という存在を知っているかい?」
黑藍と白藍の表情に少しだけ緊張感が生まれる。
「数百年前に大虐殺を起こして天界から追放され、その後地上で多くの災いを齎し、厄災級の鬼となった鬼神のこと、ですよね」
「確か、百人近い数の天界の者を殺して逃げたっていう、あの?」
ふたりの見解はそれぞれだったが、どちらも間違いではないと、鷹藍は深く頷いた。
「天帝も天界もずっと彼を追っていて、この数百年間、噂だけがひとり歩きしている存在だ。それが最近、北の方で動きがあったようでね。君たちには様子を見に行ってもらいたいと思っている。これは天帝直々の依頼で、そこにいる者は同行者として使わされた武神だ。事の真意を見極めて、報告してもらいたい」
ふたりは、先程から気になっていた黒衣で顔を隠している人物の素性をようやく知ることができたわけだが、黑藍はたまらず、ずっと思っていたことを口にする。
「いや、あやしすぎるだろ!」
それには、白藍も素直に頷く。
「それは、····否定しないが。天帝の使いだから、失礼のないように頼むよ」
鷹藍は苦笑しながら、黒衣の者をちらりと見上げる。座っている鷹藍の位置からも、その表情は見えず、自分も内心気になっているのだが、確かめようがなかった。
「せめて名くらいは言えるだろう? 武神なら、俺たちと位はそんなに変わらない。それとも名乗れない事情でも?」
自分よりも少しだけ背の高いその黒衣の人物に、黑藍は態度だけは見下すように訊ねる。しかし、その者は微動だにせず、感情を少しも揺るがすことなく沈黙を保った後、ゆっくりと口を開いた。
「名は、····天帝からの許可がないと名乗れません。けれども、呼び名がなければおふたりも不便でしょう。私のことは、辰砂と、」
「辰砂? 変な呼び名だな」
「確かに変。君は、色々、変な存在」
本当に武神? という疑いの眼差しで、白藍は見据える。
「とにかく、任務は任務だから、しっかり頼むよ?」
お任せを、とふたりは儀式的な礼をした後、辰砂と共にその場からすっと消えた。
この三人で本当に大丈夫だろうか······。先に見送った櫻花たち以上に不安を覚えつつ、鷹藍はまたもや大きく嘆息するのだった。
******
数日前。
北のとある小さな村で起こった、惨殺事件。発見したのは、その地をたまたま見回りしていた天仙のひとりだった。
その小さな村から漂う、鉄の臭いに混じった腐臭。その凄惨な光景に、天仙は言葉を失う。そこには誰一人として生きている者はおらず、ちらばった肉片や血痕に思わず口を押える。
その光景は、かつて天界で行われた大虐殺の現場と酷似しており、その噂だけしか知らない天仙でさえそれだと確信するほどの、悲惨さ。
この村は襲われてから数日が経っていたこともあり、所々に飛び散っている大量の血は、地面や民家の壁に黒くこびり付いてしまっている。
今まで噂ばかりが先行し、実際にその現場を見た者はいなかった。
故に、その天仙は身の危険を感じる。早々に鳥の姿をした知らせの光鳥を天に放ち、自身も踵を返す。
なぜ、誰も見た者がいないのか。その理由を知っていたからだ。
見た者がいないのではなく、いなくなった、というのが真実。つまり、それを見た者は、消される。
ぞくりと背筋が凍るのを感じた。
それも束の間、声を出す間もなく、その天仙の四肢がいくつもの肉片となり、バラバラと地面に崩れ落ちた。暗闇から伸びてきた何本もの赤黒い触手が、鋭い刃の形を作って天仙を亡き者にしたのだ。
天仙は決して弱くはない。それが一瞬にして命を奪われたのだから、相当の手練れか、神と名の付く存在に違いなかった。
触手は肉片と化した天仙に満足したのか、暗闇の先へと静かに戻って行く。光鳥は難を逃れ、天へとその存在を告げた。
この一連の惨劇は、あの"災禍の鬼"の仕業に違いない、と。
黑藍たちは、光鳥が放たれたとされる場所へ向かった。
しかし、そこには報告にあった凄惨な光景どころか、死体やバラバラにされた肉片、血の一滴も見つからなかった。
「一体、どういうことだ? 死体どころか、ただの寂れた廃村じゃん」
「確かにここから、光鳥は放たれたんだよね?」
光鳥は放たれた場所を正確に特定できる。白藍はそれを知っていてもなお、疑ってしまう。そんな呆然としているふたりをよそに、辰砂が辺りを見回し、ひとりで動き始めた。
「あいつ、なにをしているんだ?」
「僕が知るわけないでしょ。それより、なにもないならないで、なかったという事実をちゃんと見極める必要はあるよ。それが任務だからね」
「って、言ってもなぁ····ん?」
黑藍が面倒そうに、何の気なく自分の足元に視線を落とす。
「なんだこれ?」
それを拾い上げ、目の前に翳してみる。白藍も、同じく黑藍の手元を見つめた。
「····これは、」
見る角度によって反射し、不思議な色合いを浮かべる石の欠片のようなものに、白藍は眼を細めた。黑藍は首を傾げ、なにかわかったような顔でその欠片を見上げてくる背の低い白藍を不思議そうに見下ろす。
その答えは口にせず、顎に手を当てて考え始めてしまった白藍に苛立ち始めた頃、辰砂がこちらに戻って来た。
「幻鏡石の欠片が、いくつか落ちていました」
「そう。じゃあ答えはひとつだね」
ふたりで納得している様子に、黑藍はむっとした顔でその間に割って入る。
「俺にもわかるように説明しろ!」
ものすごく腹が立つ! と子供みたいに癇癪を起す黑藍に、ふたりはやれやれと肩を竦めるのだった。
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