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序章
二、謝らないと言ったら呪われました。
しおりを挟む黒竜は気を取り直して、確かめるように頭を櫻花の方へと屈める。先程の言葉の真意も気になるが、どうしてそんなに頑ななのかと思う。
こうなってはどちらも引けず、黒竜は最終手段に出ることにした。
『"絶交"はとりあえず置いておいて、俺にも一応情けというものは持ち合わせているつもりだ。もし貴様が地に頭をついて謝るならば、赦してやってもいい。だが、もしそれができぬと言うなら、四竜のひとりである俺に逆らった罪を、その身に負うことになるぞ』
大概の人間は、これで折れるものだ。黒竜は勝ち誇ったかのように、金眼を細めて櫻花を見下ろす。しかし、目の前の者はまったく動じず、それどころか頬を膨らませて「なんて傲慢な」と口ごたえをしてきたのだ。
挙句、にっこりと笑みを浮かべ、黒竜に向かってこう言い放つ。
「私は間違っていないので、謝りません」
『――――っどうなっても知らないからな!』
黒竜は思わず素が出る。それは見た目の威厳さとは真逆の発言で、あのそれっぽい話し方は無理をしていたのだろうな、と櫻花は苦笑する。しかしこちらも譲れないと強い気持ちで黒竜を見上げる。竜の顔は怒りと苛立ちと困惑で歪んでいた。
次の瞬間、櫻花の身体の周りを、闇夜よりも深い漆黒の黒煙が螺旋となってぐるぐると蠢き始めた。咄嗟に白蛇を離れた場所へ放る。櫻花の左手から離れた白蛇は地面に難なく着地し、黒煙に包まれていく命の恩人を呆然と見上げていた。
『これでお前は法力が半減し、余命十年になった。呪いを解いて欲しければいつでも俺を訪ねて来い。俺も鬼じゃないからな。謝れば寛大な心で赦してやってもいいぞ』
ふんと鼻息を荒くし、黒竜は新月が輝く空へと舞い上がる。
気分が削がれたので、もう帰る! と海の方へと戻って行く。同時に黒煙が消え、ぽつんと残された櫻花は、とりあえず自分の身体を確認するようにぐるりと見渡し、それから手の平を胸の辺りで広げて首を傾げる。
「本当に法力が半減してる····余命十年? 相変わらず、意地悪なのか優しいのか解らない子ですね、」
しかも最後に言ったあの台詞。いつでも訪ねて来いとか····だったら無理に呪わなくてもいいんじゃないか、と櫻花は心の中で呟く。
(でも私は間違ってません。だから、謝りません)
さて、どうしたものか、と天を仰ぐ。
「まあ、まだ十年もあるんだし、それだけあればたくさんのひとを救えます。法力が半減したのは痛いけど、問題ないでしょう。その気があれば、人間なんでもできますから!」
よし、と胸元に掲げていた両手の拳を握り締め、櫻花は頷く。そんな彼の足元に、先程放り投げてしまった白蛇が寄って来た。
それに気付いてその場にしゃがみ込み、「君のせいじゃないから、気にしないで」とそっと小さな頭を撫でると、すぐに立ち上がる。
「もう逃げ遅れちゃ駄目ですよ?」
言って、櫻花はその場を後にした。
白蛇はその後ろ姿が見えなくなるまで、その場から離れなかった。
命の恩人は自分のせいで呪われ、十年しか生きられない身体になってしまったのだから。
しん、と沈黙した森のあらゆる場所から、先程散って行った者たちがわらわらと姿を現す。
怖い黒竜はどこかへ行き、喧嘩を吹っかけていた地仙も消えた。
夜の森は妖たちで賑い始める。最後まで残っていた白蛇も興味を無くしたかのように、人知れず茂みの奥へと姿を晦ますのだった。
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