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第二章 朱に交われば赤くなる
2-18 ひとの心は知り難し
しおりを挟むひと月前。魔界。謁見の間。
玉座に座る大王の前に並ぶのは、第一皇子の玖朧と第二皇子の憂青のふたりだけだった。玉座までは階段が数段あるが、その一番下に片膝を付いて頭下げていたふたりは、大王の合図でゆっくりと顔を上げた。
二十代後半くらいの青年の姿をしている玖朧。
鋭い赤い眼と冷淡そうな顔つきが特徴的で、長い黒髪は上の方だけ頭の上で纏めて銀の装飾が付いた冠で括っており、あとは背中に垂らしている。
白い衣の上に漆黒の羽織を纏い、秀麗で聡明そうな面立ちの彼は、すべてにおいて完璧な、まさにお手本のような存在だ。
白い衣の上に薄青の羽織を纏い、二十代前半くらいの青年の姿をしている第二皇子の憂青。
黒髪を頭の天辺で括っており、玖朧よりは少しだけ背が低く、細身で人形のように整った美しい顔をしていて、瞳は青色だった。
眼の前にいる黑鳴は、彼らの父であり、この魔界の王である。実年齢は五百歳を超えているはずだが、三十代くらいの見た目をしており、凛々しく端正な顔立ちで、艶やかな長い黒髪はそのまま背中に垂らしている。
漆黒を纏い、銀の装飾品を身に付けており、すべての者を従わせるような玲瓏さを帯びた赤い眼に、王たる者の威厳を感じる。
「お前たちを呼んだのは、ある任務を任せるためだ。人界の西の地に部隊を率いて侵攻してもらう。それに伴い魔族の精鋭部隊千人、その配下の妖魔二千をお前たちに預ける。目的はあの辺りの門派に属する道士共の殲滅。あくまでも道士共を減らすのが目的だ。余計な気は回さなくて良い。何か質問はあるか?」
つまりは、西の都を攻めるのではなく、その手前の白露峰と黎明山を攻略するということ。今回に関しては道士たちを殲滅するのが目的のため、それ以外は手を出すなということだろうか。
「父上、あの辺りの道士たちは複数の門派が集まっており、修行中の者も含めれば、数だけはあちらに分があると思われます。また、仙に近い力を持つ者も数人いるという噂ですから、こちらの精鋭部隊の数を考えると少し不利なのではないでしょうか?」
道士たちは陣を使い、一気に数を減らそうとしてくるはずだ。奴らが展開する陣は範囲が広いため、妖魔など簡単に封印されてしまうだろう。
それをもちろんわかっていて、大王はその数を提示している。それは、自分たちに対して何か試しているのだろうかとも思うが····。
「限られた駒を使い、任務を完璧に熟してこそ、上に立つ者の器量がわかるというもの。それともお前は、任務を完遂する自信がないのか?」
「父上、玖朧兄上に限って、そんなことは万が一にもあり得ません。しかしこちらの部隊が少しでも多く生き残るためには、まずは敵を知る必要があるでしょう。一度偵察した後、必要であれば増員を提案しても?」
憂青は大王の機嫌を損ねないように、しかし玖朧が不利にならないように提案をする。大王は肩を竦め、いいだろうと承諾してくれた。任務についての話は終わり、大王はそのまま奥へと消えていった。
作戦や配置などはすべてふたりにすべて任せるということ。この戦は、魔族側も道士側も双方大きな被害を齎すだろう。
下手をすれば自身の身も危うくなるかもしれない。どう攻めるかが重要となるだろう。
玖朧と憂青はほとんど会話がないまま、謁見の間を後にした。自身の宮に戻る途中、憂青は思わず大きく嘆息した。
「玖朧兄上、今回の件どう思う?」
「ああ。本来なら、梓楽にさせるような無茶苦茶な任務だ。なにか奴に問題でもあったのだろう。それでも時期をずらせない、特別な理由でもあるのか」
正直、大王の考えていることはわからない。ただ、この数ヶ月、梓楽が大人しくしている方が違和感があった。一年前、彼の母親が亡くなったことも関係しているのかもしれない。自害と聞いているが、彼の周りは死ばかりで、不吉としか言いようがない。
「だが、憂青も共に任務に当たってくれるなら、私も心強い」
「俺の力が兄上の役に立つのなら、いくらでも手を貸すさ」
他の者の前では常に不機嫌そうで愛想が悪い憂青だが、信頼する玖朧の前では良い弟でしかなかった。玖朧もほとんど表情を変えないし、必要以上に会話をすることもないが、憂青に対してはこうやって雑談にも応じてくれる。
「では、このまま任務の戦略を話し合おう。私の宮でいいか?」
「構わない。こちらの被害は最小限に、敵の被害は最大に。そのためには綿密な作戦が必要になるだろうから」
玖朧の少し後ろを歩くように憂青はついて行く。肩を並べて歩くことはない。なぜなら、玖朧は魔王候補第一位で、いずれ魔王となるだろう存在。そうなれば、自分はその配下となる身。それは喜ばしいことで、それ以外は考えられない。
五年前、第七皇子である藍玉が、母親と自身の従者であった者と共に心中したとされる、あの火事。焼け跡から見つかった三体の焼死体をよく調べもせずに、事件は幕を下ろした。
皆が皆疑っていたわけではないが、大王がそれで納得していたのが未だに腑に落ちない。しかし独自に探ってみてもその生死どころか、存在さえ見つけることは叶わなかった。それはつまり、あれは間違いなく本物の死体だったということを肯定することになる。
(藍玉はどこかで生きている。父上はそれを知っているのではないか?事実、藍玉は死亡扱いになっていない。消息不明のまま、誰もそのことに触れないようにしている)
宣言された第一位も取り消され、現在は元に戻されていた。
(深読みしすぎか?私にはあの時、わざと父上があんなことをしたように思えてならない。そもそも藍玉は争い事を好まず、王になる気もないような態度だった。それを無理に強要すればどうなるか、あの父上がわからないはずがない)
では、なぜ急にあんなことを言い出したのか。今考えてみると、皆を集めて桃李の件を問い、梓楽をけしかけて藍玉に力を使わせたように見えなくもなかった。
(あの時は魔眼の力を見せつけ、藍玉の存在を自分たちに脅威と思わせるためだと思っていたが、)
実際、あれが魔眼の力だと言われた時、玖朧は焦った。なにをやらせても凡人以下と言われていた藍玉が力を隠していた、という事実。あの梓楽に傷を負わせた実力。しかもあれで本気ではなかった。その後の流れは自然なようで不自然。
(まさか、本当にわざと煽って、藍玉が魔界から姿を消すように仕向けた?しかしなんのために?父上にとって、なんの得になる?)
玖朧は瞼を閉じ、はあと息を吐き出す。今更、どうしてこんなことを思い出しているのか。いない者のことを論じても時間の無駄だ。しかし、なぜかふと頭に浮かんでしまったのだ。
考えれば考えるほど、おかしいことに気付く。確証はない。だが、藍玉がどこかで生きているということは間違いないだろう。
だからといって、捜して連れ戻すという考えは起きない。命じられれば別だが、大王はそんな命令を一度として出していなかった。
「なにか考え事でも?」
ずっと、心ここにあらずな玖朧に対して、憂青が首を傾げて訊ねる。向かい合って座っていたが、いつまでもこのような状態で、本題になかなか入れずにいたのだ。
「いや、今はどうでもいいことだった。すまない」
「うん?よくわからないけど、目の前の問題が最優先で良いのでは?」
そうだな、と玖朧は頷く。
そしてそのひと月後、ふたりは部隊を率い、人界へと赴くこととなる。
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