上 下
44 / 50
第二章 朱に交われば赤くなる

2-18 ひとの心は知り難し

しおりを挟む


 ひと月前。魔界。謁見の間。
 玉座に座る大王の前に並ぶのは、第一皇子の玖朧ジゥロンと第二皇子の憂青ヨウチンのふたりだけだった。玉座までは階段が数段あるが、その一番下に片膝を付いて頭下げていたふたりは、大王の合図でゆっくりと顔を上げた。

 二十代後半くらいの青年の姿をしている玖朧ジゥロン

 鋭い赤い眼と冷淡そうな顔つきが特徴的で、長い黒髪は上の方だけ頭の上で纏めて銀の装飾が付いた冠で括っており、あとは背中に垂らしている。

 白い衣の上に漆黒の羽織を纏い、秀麗で聡明そうな面立ちの彼は、すべてにおいて完璧な、まさにお手本のような存在だ。

 白い衣の上に薄青の羽織を纏い、二十代前半くらいの青年の姿をしている第二皇子の憂青ヨウチン

 黒髪を頭の天辺で括っており、玖朧ジゥロンよりは少しだけ背が低く、細身で人形のように整った美しい顔をしていて、瞳は青色だった。

 眼の前にいる黑鳴ヘイミンは、彼らの父であり、この魔界の王である。実年齢は五百歳を超えているはずだが、三十代くらいの見た目をしており、凛々しく端正な顔立ちで、艶やかな長い黒髪はそのまま背中に垂らしている。

 漆黒を纏い、銀の装飾品を身に付けており、すべての者を従わせるような玲瓏さを帯びた赤い眼に、王たる者の威厳を感じる。

「お前たちを呼んだのは、ある任務を任せるためだ。人界の西の地に部隊を率いて侵攻してもらう。それに伴い魔族の精鋭部隊千人、その配下の妖魔二千をお前たちに預ける。目的はあの辺りの門派に属する道士共の殲滅。あくまでも道士共を減らすのが目的だ。余計な気は回さなくて良い。何か質問はあるか?」

 つまりは、西の都を攻めるのではなく、その手前の白露バイルー峰と黎明リーミン山を攻略するということ。今回に関しては道士たちを殲滅するのが目的のため、それ以外は手を出すなということだろうか。

「父上、あの辺りの道士たちは複数の門派が集まっており、修行中の者も含めれば、数だけはあちらに分があると思われます。また、仙に近い力を持つ者も数人いるという噂ですから、こちらの精鋭部隊の数を考えると少し不利なのではないでしょうか?」

 道士たちは陣を使い、一気に数を減らそうとしてくるはずだ。奴らが展開する陣は範囲が広いため、妖魔など簡単に封印されてしまうだろう。

 それをもちろんわかっていて、大王はその数を提示している。それは、自分たちに対して何か試しているのだろうかとも思うが····。

「限られた駒を使い、任務を完璧に熟してこそ、上に立つ者の器量がわかるというもの。それともお前は、任務を完遂する自信がないのか?」

「父上、玖朧ジゥロン兄上に限って、そんなことは万が一にもあり得ません。しかしこちらの部隊が少しでも多く生き残るためには、まずは敵を知る必要があるでしょう。一度偵察した後、必要であれば増員を提案しても?」

 憂青ヨウチンは大王の機嫌を損ねないように、しかし玖朧ジゥロンが不利にならないように提案をする。大王は肩を竦め、いいだろうと承諾してくれた。任務についての話は終わり、大王はそのまま奥へと消えていった。

 作戦や配置などはすべてふたりにすべて任せるということ。この戦は、魔族側も道士側も双方大きな被害を齎すだろう。

 下手をすれば自身の身も危うくなるかもしれない。どう攻めるかが重要となるだろう。

 玖朧ジゥロン憂青ヨウチンはほとんど会話がないまま、謁見の間を後にした。自身の宮に戻る途中、憂青ヨウチンは思わず大きく嘆息した。

玖朧ジゥロン兄上、今回の件どう思う?」

「ああ。本来なら、梓楽ズーラにさせるような無茶苦茶な任務だ。なにか奴に問題でもあったのだろう。それでも時期をずらせない、特別な理由でもあるのか」

 正直、大王の考えていることはわからない。ただ、この数ヶ月、梓楽ズーラが大人しくしている方が違和感があった。一年前、彼の母親が亡くなったことも関係しているのかもしれない。自害と聞いているが、彼の周りは死ばかりで、不吉としか言いようがない。

「だが、憂青ヨウチンも共に任務に当たってくれるなら、私も心強い」

「俺の力が兄上の役に立つのなら、いくらでも手を貸すさ」

 他の者の前では常に不機嫌そうで愛想が悪い憂青ヨウチンだが、信頼する玖朧ジゥロンの前では良い弟でしかなかった。玖朧ジゥロンもほとんど表情を変えないし、必要以上に会話をすることもないが、憂青ヨウチンに対してはこうやって雑談にも応じてくれる。

「では、このまま任務の戦略を話し合おう。私の宮でいいか?」

「構わない。こちらの被害は最小限に、敵の被害は最大に。そのためには綿密な作戦が必要になるだろうから」

 玖朧ジゥロンの少し後ろを歩くように憂青ヨウチンはついて行く。肩を並べて歩くことはない。なぜなら、玖朧ジゥロンは魔王候補第一位で、いずれ魔王となるだろう存在。そうなれば、自分はその配下となる身。それは喜ばしいことで、それ以外は考えられない。

 五年前、第七皇子である藍玉ランユーが、母親と自身の従者であった者と共に心中したとされる、あの火事。焼け跡から見つかった三体の焼死体をよく調べもせずに、事件は幕を下ろした。

 皆が皆疑っていたわけではないが、大王がそれで納得していたのが未だに腑に落ちない。しかし独自に探ってみてもその生死どころか、存在さえ見つけることは叶わなかった。それはつまり、あれは間違いなく本物の死体だったということを肯定することになる。

藍玉ランユーはどこかで生きている。父上はそれを知っているのではないか?事実、藍玉ランユーは死亡扱いになっていない。消息不明のまま、誰もそのことに触れないようにしている)

 宣言された第一位も取り消され、現在は元に戻されていた。

(深読みしすぎか?私にはあの時、わざと父上があんなことをしたように思えてならない。そもそも藍玉ランユーは争い事を好まず、王になる気もないような態度だった。それを無理に強要すればどうなるか、あの父上がわからないはずがない)

 では、なぜ急にあんなことを言い出したのか。今考えてみると、皆を集めて桃李タオリーの件を問い、梓楽ズーラをけしかけて藍玉ランユーに力を使わせたように見えなくもなかった。

(あの時は魔眼の力を見せつけ、藍玉ランユーの存在を自分たちに脅威と思わせるためだと思っていたが、)

 実際、あれが魔眼の力だと言われた時、玖朧ジゥロンは焦った。なにをやらせても凡人以下と言われていた藍玉ランユーが力を隠していた、という事実。あの梓楽ズーラに傷を負わせた実力。しかもあれで本気ではなかった。その後の流れは自然なようで不自然。

(まさか、本当にわざと煽って、藍玉ランユーが魔界から姿を消すように仕向けた?しかしなんのために?父上にとって、なんの得になる?)

 玖朧ジゥロンは瞼を閉じ、はあと息を吐き出す。今更、どうしてこんなことを思い出しているのか。いない者のことを論じても時間の無駄だ。しかし、なぜかふと頭に浮かんでしまったのだ。

 考えれば考えるほど、おかしいことに気付く。確証はない。だが、藍玉ランユーがどこかで生きているということは間違いないだろう。

 だからといって、捜して連れ戻すという考えは起きない。命じられれば別だが、大王はそんな命令を一度として出していなかった。

「なにか考え事でも?」

 ずっと、心ここにあらずな玖朧ジゥロンに対して、憂青ヨウチンが首を傾げて訊ねる。向かい合って座っていたが、いつまでもこのような状態で、本題になかなか入れずにいたのだ。

「いや、今はどうでもいいことだった。すまない」

「うん?よくわからないけど、目の前の問題が最優先で良いのでは?」

 そうだな、と玖朧ジゥロンは頷く。
 そしてそのひと月後、ふたりは部隊を率い、人界へと赴くこととなる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初声を君に(休載中)

叢雲(むらくも)
BL
話そうとしても喉が詰まって言葉が出ない――そんな悩みを抱えている高校生の百瀬は、いつも一人ぼっちだった。 コニュニケーションがうまく取れず孤独な日々を過ごしていたが、クラスの人気者である御曹司に「秘密」を知られてしまい、それ以降追いかけ回されることに……。 正反対の二人だが、「秘密」を共有していくうちに、お互いの存在が強くなっていく。 そして、孤独なのは御曹司――東道も同じであった。 人気者な御曹司と内気な青年が織りなす物語です。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ※BLと表記していますが恋愛要素は少ないです。ブロマンス寄り? ※男女CP有ります。ご注意下さい。 ※あくまでフィクションです。実在の人物や建造物とは関係ありません。 ※表紙と挿絵は自作です。 ※エブリスタにも投稿しています。←こちらの方が更新が早いです

つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい
BL
龍(人外)×片角の人間のBL。ハピエン/愛され/エロは気持ちだけ/ほのぼのスローライフ系の会話劇です。 毎週火曜・土曜の18時更新 ―――――――――――――― とある東の小国に、ふたりの男児が産まれた。子はその国の皇子となる子どもだった。その時代、双子が産まれることは縁起の悪いこととされていた。そのうえ、先に生まれた兄の額には一本の角が生えていたのだった……『つのつき』と呼ばれ王宮に閉じ込められて生きてきた異形の子は、成人になると同時に国を守る龍神の元へ嫁ぐこととなる。その先で待つ未来とは?

彩雲華胥

柚月 なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【 紅き蝶の夢語り 】~すべてを敵に回しても、あなたを永遠に守ると誓う~

柚月 なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿ 修仙門派のひとつである風明派の道士となった十五歳の少年、天雨は、時々不思議な夢を見ることがあった。それは幼い頃の自分と、顔が思い出せない少女との夢。数年前に魔族に両親を殺された過去があり、それ以前の幼い頃の記憶が曖昧になっていた。 夢は過去の出来事なのか。 それともただの夢なのか。 紅き蝶が導く、愛と裏切りの中華BLファンタジー。 ※この小説は、中華BLファンタジーです。BL要素が苦手な方はその旨ご了承の上、本編をお楽しみください。アルファポリスさん、カクヨムさんにて公開中です。

【黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。】中華風BL

柚月 なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿  黒竜に踏み潰されそうになっていた白蛇を助けた櫻花は、黒竜の怒りを買い、法力が半分になった上、余命十年の呪いをかけられてしまう。  地に頭を付いて謝れば赦してやると黒竜は言うが、櫻花は「私は間違っていないので、謝りません」ときっぱり笑顔で吐き捨てたことにより、ふたりの関係は最悪な方向に。  そんなやり取りから数年後、櫻花の前に不思議な雰囲気を纏う白髪の青年、肖月が現れる。肖月は、あの時助けられた白蛇であることを告げると、あろうことか櫻花に口付けをし、主従の契約を結んでしまう。  余命僅かの櫻花が生き永らえるためには、1200の徳を積んで天上に昇り天仙になるか、もしくは黒竜に謝るしかない。  持ち前の"運の良さ"を武器に、世のため人のために尽くす地仙と、命を救われた恩を返したい、白蛇の化身。  果たして、櫻花は天仙になり、余命十年の呪いを断ち切れるのか――――。  マイペースだが天才肌の地仙と、彼の呪いを解きたい白蛇の物語。 ※この作品はカクヨムさんでも公開している作品です。

不変故事ー決して物語を変えるなー

紅野じる
BL
「転生モノ中華BL小説が好き」と患者に打ち明けられた精神科医の藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は、患者の心を理解するために読んだ中華BL小説の中に転生してしまう。 しかし、その物語は”完結済み”であり、案内役のシステムから「世界を改変し崩壊させるとあなたは現実でも死にます」と告げられる。 藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は精神科医という経験と、転生前に読みまくった中華BL小説の知識で、なんとか物語崩壊ルートを回避しながら、任務遂行を目指す…! 人間化システム×精神科医のお話です。ゆっくり更新いたします。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

【完結】明月幾時有~明月よ何時まで~

夜曲
BL
 今日(9月29日)は中国の中秋節ですね!  秋の夜長に中華BLはいかがでしょうか?  三年半の時を経て再開した憧れの人は、もう以前の様には笑わなくなり、大人の男が怖くなってしまっていた。 【片思い歴十年の教え子攻め】X【大人の男が怖い元家庭教師受け】  異国他郷に身を置いた事がある方なら、誰もが月を見て望郷の念を抱いた事があるかと思います。中華BLに余り興味が無くても、むしろそんな方にこそ届くと良いなと、難しい中国語も使わずに全て解りやすい平坦な言葉を心掛けて書きました。  潔く諦めて次に進むには強すぎる、でも全てを壊してでも欲しいと行動に移すまでの激情はない、淡く切ない恋心。  1万字くらいのサクッと読める作品です。  月にまつわる漢詩・宋詞が2つ登場します。  大事な人を思い浮かべながら漢語の世界に浸ってみませんか?  R無し、片想いの切ないお話です。  Xの企画、#BLお月見2023、 #再会年下攻め創作BL参加作品です。  当方は文章を書く事とは無縁の仕事をずっとしており、無謀にも来年一月から中華BL専門の翻訳家になりたいと考えているので、文章の書き方等のアドバイスを下さる方大募集中です!  誤字脱字・文章の書き方・添削指導、全て大歓迎です!  ぜひぜひよろしくお願いいたします。  2023年10月30日追記:  短編でも出したら良いよ!と皆様おっしゃるので『明月幾時有~明月よ何時まで~』でアンダルシュノベルズb賞の選考に参加してみようかなと。  読んで楽しくなる作品じゃないところが若干ミスマッチな気がしますが、この作品は当時中国に留学していた自分の想い出を元に書いた作品だったので、青春感はあるかなと。  それぞれの異国の地で二人は既に共依存の様相を呈していて、もしかしたら相手は待っているかもしれないのに。今の物語の通り、最後まで切ないままで終わる初恋もまた乙なものですが、続きを書くとしたら是非ハッピーエンドにしてあげたい作品です。

処理中です...