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第二章 朱に交われば赤くなる
2-9 点と線
しおりを挟む犯人を特定し、慶螢の部屋へと誘き出す数刻前。
紅玉と暁狼は自分たちが手に入れた情報と、白い包み紙で丁寧に包装された小さな箱を手に、客間へと戻って来た。
すでに部屋には翠雪と碧雲が待機していて、丸い机の上には十一個の箱が綺麗に上下に二列で並べられていた。
蓋がされているせいか、まったく同じ形の箱が並べられている光景は、まるで墓地のようだった。中に入っているモノを知っているからこそ、そういう印象を紅玉に与えてしまう。
「······ただいま、」
「おかえりなさい。ご苦労様でした。なにか良い情報は得られましたか?」
紅玉の元気のなさに、翠雪はもちろん気付いていたが、あえていつも通りに対応する。碧雲はその後ろで怪訝そうに眉を顰めていた。
「都合の良いことに、その箱を買っただろう店を見つけた。店主が言うには、毎月同じ箱を買いに来ている女がいるらしい。それがここの女中なのか、は別として。どこかの邸の使用人のような恰好をしていたそうだ」
ふん、と暁狼は肩を竦めて答える。ここに来るまで一度は明るくなった紅玉だったが、またなにかひとりで考え始めてしまったのだろう。邸に着くなり、この状態だった。
「まあ、どこにでもいそうな、特に特徴もない者らしい。そっちはどうなんだ?ただのんびりと茶を啜っていたわけじゃないよな?」
ちらりと翠雪の手元にある白い茶器を視界に入れて、眼を細める。もちろん、そうではないことはわかっていたが、歩き回った自分たちと比べ、邸の中だけを探索していただろうふたりに対しての、単なる嫌味だった。
「ええ、もちろんです。私たちは慶螢殿の様子を見に行って、運良く面白いものに遭遇しました。その後、華夫人を訪ねて答え合わせは完了。時間が余ったのでついでに邸中の呪詛を見つけ、あなたたちを待っていました」
翠雪はにっこりと笑みを浮かべ、立っている暁狼を見上げてくる。確かに、歩いた距離は暁狼たちの方が多かったかもしれないが、同じ時間で上げられた成果は翠雪たちの方が多い。
「そんなことで張り合ってもしょうがないと思いません?私たちはあくまで協力関係なわけですから、各々、役割を全うすることが大事なのです」
大扇を広げ、口元を隠す。おそらくその奥でほくそ笑んでいるのだろう。ちっと舌打ちをして、暁狼はさっさと会話を終わらせ、席に着く。
その横に佇む紅玉に視線だけ巡らせ、すぐに正面の翠雪の方に戻した。すると、その後ろに立つ碧雲が親の仇でも見るような眼で、こちらを睨んでいることに気付く。
「仙人サマ、あんたの後ろの番犬が、俺を睨んでくるんだが?」
「誰が誰の番犬だっ!?」
呆れたように肩を竦める暁狼に対して、碧雲は思わず声を荒げて怒鳴った。そのやり取りを見た紅玉が、思わず「ぷっ」と笑い声を上げた。
「あはは!碧雲が番犬?猫の間違いじゃない?」
「ちょっ······ら、紅玉さ····っ」
碧雲は口を塞ぐ。
色々と咄嗟に間違うところだった。
「ふたりとも、遊んでいないで話を続けますよ、」
「ごめんなさい。それで、面白いものってなに?」
もはや敬語すら忘れて、紅玉が訊ねる。あまりにも自然すぎたので、暁狼も気付いていないようだ。
「呪詛返しを受けている少女に出遭いました」
「え、それって····呪詛をしている犯人ってことだよね?呪詛の代償?」
呪いは代償を伴う。ひとを呪えばそれは自分に返ってくる。それはつまり、呪詛を行ったという証拠にもなる。この邸の中に慶螢を呪った者がいた、という事実。
それは、まさに紅玉が懸念していたことだった。
「箱のお店のおばあちゃんが言ってたよ。その子は毎月、"大切なひとのために贈り物をしている"って言ってたって」
「······その言い方、なんだか変ですよね?」
紅玉がその言葉を一言一句正しく言っていると仮定すると、翠雪には違和感があった。
「なにが変なんだ?別に気にならないが、」
碧雲は顎に手を当てて、首を傾げる。暁狼もあの時の老婆との会話を思い出してみるが、確かに同じことを言っていた。その時も今も、特に気にならなかった。
しかし今にしてみれば、紅玉はその言葉に執着していた気もする。その意味が、感情がよくわからない、と言っていた。おまけに自分の恋愛に関しての価値観まで訊ねて来て、なぜそうなったと心の中で突っ込みたくもなった。
「だって変でしょう?"大切なひとのために"贈り物をしている、なんて。まるで、"大切なひと"と"贈るひと"が、別にいるような言い方じゃないですか?」
「あ、そっか······それだよ、僕が引っかかっていたのは!なんか、こう、気持ち悪い違和感!」
言葉の違和感。
大切なひとへの贈り物、ではなく、大切なひとのために贈り物をしている、という言い方。
たまたまそういう風な言い方になったのかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。
その言い回しは、あえてそう言ったのか?それとも特に意味のないことなのか?正直、ここに引っ掛かる必要があるのかもわからないけれど。
「翠雪様、華夫人とはどんな話をしたの?」
「はい。私は慶螢殿の部屋で遭遇した少女が、犯人ではないかと仮説を立て、それを伝えないで華夫人に三つの質問をしました」
三つの質問とその答えを説明すると、紅玉も暁狼も今まで曖昧だった様々なものが、ひとつに繋がったような感覚を覚えた。
「その子は、元々領主の邸の使用人で、後々、慶螢さんの婚約者である麗花さん付の侍女になる予定だったってこと?」
「はい。二年前にふたりの婚姻が決まり、その一年後に、数人の使用人が領主の邸からこの商家に奉公に出されたそうです。彼女はその中のひとりで、いずれここに嫁ぐことになる麗花殿が困らないよう、新しい環境に慣れるために前もって準備をしていたそうです」
つまりその少女は、そもそも麗花のために用意された使用人ということになる。
となれば、彼女が慶螢の自室を訪れる理由はなにか?麗花に病状を報告するため?それとも慶螢に恋心でも抱いていたのだろうか?
「それを踏まえてもう一度さっきの言葉を思い浮かべてみてください。彼女の言う贈り物は、呪詛です。贈る相手は慶螢殿。では"誰のため"にそんなモノを贈るのか」
「慶螢さんを亡き者にして、婚姻自体を白紙にするのが狙い、とか?」
もし、自身が慶螢を好いていて、その婚姻の邪魔をするとしたら、麗花の方を狙うだろう。だが、そもそも慶螢との接点のない彼女が、強い恨みを込めて呪詛を行う理由としては弱い。
となれば、彼女が慶螢を狙う理由はただひとつ。
彼女が奪われたくない、存在。
それは、自分の主である麗花の方だったのだ。
「でも、麗花さんは婚姻に対して納得してるんだよね?本当は嫌だったとか?」
「そういうこと、か」
暁狼はやっと納得いく答えが出たことに、頷く。
「おそらく、あなたの想像通りでしょう」
彼女が誰かのためと言いながら、実のところ、すべては自分の願望のために呪詛を行っていた。それが、この呪詛事件の真相だろう。
「見てください。この箱の隅に小さな文字で数字が書いてあるでしょう?壱から拾壱。箱の数と同じです。毎月彼女が同じ箱を購入していた事を加えると、次が最後の呪詛となるでしょう」
彼女がこの邸に来て、今月でちょうど一年目。症状が出たのは数日前。慶螢は意識もなく、いつそのまま永遠に目覚めなくなってもおかしくはないだろう。三日以内に解決すると翠雪は言った。
先程、慶螢の症状を診た時に気付いたこと。
それが、彼を助けられるギリギリの期限と確信したからだ。
「彼女が動くのは、おそらく今夜か明日の夜でしょう。すべての行動を把握し、その確かな証拠を確認する必要があります。では、ここからが本題です。あなたたちを待っている間、彼女を追い込むための計画を立ました。なにか見落としや穴がないか、確認してもらってもいいです?」
大扇を閉じて、翠雪は口元を緩める。
それはまるで、目の前で繰り広げられる遊戯を楽しむかのように。
そして少女の破滅の物語は、彼の思いのままに動き始める――――。
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