上 下
35 / 50
第二章 朱に交われば赤くなる

2-9 点と線

しおりを挟む


 犯人を特定し、慶螢チンインの部屋へと誘き出す数刻前。

 紅玉ホンユー暁狼シャオランは自分たちが手に入れた情報と、白い包み紙で丁寧に包装された小さな箱を手に、客間へと戻って来た。

 すでに部屋には翠雪ツェイシュエ碧雲ビーユンが待機していて、丸い机の上には十一個の箱が綺麗に上下に二列で並べられていた。

 蓋がされているせいか、まったく同じ形の箱が並べられている光景は、まるで墓地のようだった。中に入っているモノを知っているからこそ、そういう印象を紅玉ホンユーに与えてしまう。

「······ただいま、」

「おかえりなさい。ご苦労様でした。なにか良い情報は得られましたか?」

 紅玉ホンユーの元気のなさに、翠雪ツェイシュエはもちろん気付いていたが、あえていつも通りに対応する。碧雲ビーユンはその後ろで怪訝そうに眉を顰めていた。

「都合の良いことに、その箱を買っただろう店を見つけた。店主が言うには、毎月同じ箱を買いに来ている女がいるらしい。それがここの女中なのか、は別として。どこかの邸の使用人のような恰好をしていたそうだ」

 ふん、と暁狼シャオランは肩を竦めて答える。ここに来るまで一度は明るくなった紅玉ホンユーだったが、またなにかひとりで考え始めてしまったのだろう。邸に着くなり、この状態だった。

「まあ、どこにでもいそうな、特に特徴もない者らしい。そっちはどうなんだ?ただのんびりと茶を啜っていたわけじゃないよな?」

 ちらりと翠雪ツェイシュエの手元にある白い茶器を視界に入れて、眼を細める。もちろん、そうではないことはわかっていたが、歩き回った自分たちと比べ、邸の中だけを探索していただろうふたりに対しての、単なる嫌味だった。

「ええ、もちろんです。私たちは慶螢チンイン殿の様子を見に行って、運良く面白いものに遭遇しました。その後、ホア夫人を訪ねて答え合わせは完了。時間が余ったのでついでに邸中の呪詛を見つけ、あなたたちを待っていました」

 翠雪ツェイシュエはにっこりと笑みを浮かべ、立っている暁狼シャオランを見上げてくる。確かに、歩いた距離は暁狼シャオランたちの方が多かったかもしれないが、同じ時間で上げられた成果は翠雪ツェイシュエたちの方が多い。

「そんなことで張り合ってもしょうがないと思いません?私たちはあくまで協力関係なわけですから、各々、役割を全うすることが大事なのです」

 大扇を広げ、口元を隠す。おそらくその奥でほくそ笑んでいるのだろう。ちっと舌打ちをして、暁狼シャオランはさっさと会話を終わらせ、席に着く。

 その横に佇む紅玉ホンユーに視線だけ巡らせ、すぐに正面の翠雪ツェイシュエの方に戻した。すると、その後ろに立つ碧雲ビーユンが親の仇でも見るような眼で、こちらを睨んでいることに気付く。

「仙人サマ、あんたの後ろの番犬が、俺を睨んでくるんだが?」

「誰が誰の番犬だっ!?」

 呆れたように肩を竦める暁狼シャオランに対して、碧雲ビーユンは思わず声を荒げて怒鳴った。そのやり取りを見た紅玉ホンユーが、思わず「ぷっ」と笑い声を上げた。

「あはは!碧雲ビーユンが番犬?猫の間違いじゃない?」

「ちょっ······ら、紅玉ホンユーさ····っ」

 碧雲ビーユンは口を塞ぐ。
 色々と咄嗟に間違うところだった。

「ふたりとも、遊んでいないで話を続けますよ、」

「ごめんなさい。それで、面白いものってなに?」

 もはや敬語すら忘れて、紅玉ホンユーが訊ねる。あまりにも自然すぎたので、暁狼シャオランも気付いていないようだ。

「呪詛返しを受けている少女に出遭いました」

「え、それって····呪詛をしている犯人ってことだよね?呪詛の代償?」

 呪いは代償を伴う。ひとを呪えばそれは自分に返ってくる。それはつまり、呪詛を行ったという証拠にもなる。この邸の中に慶螢チンインを呪った者がいた、という事実。

 それは、まさに紅玉ホンユーが懸念していたことだった。

「箱のお店のおばあちゃんが言ってたよ。その子は毎月、"大切なひとのために贈り物をしている"って言ってたって」

「······その言い方、なんだか変ですよね?」

 紅玉ホンユーがその言葉を一言一句正しく言っていると仮定すると、翠雪ツェイシュエには違和感があった。

「なにが変なんだ?別に気にならないが、」

 碧雲ビーユンは顎に手を当てて、首を傾げる。暁狼シャオランもあの時の老婆との会話を思い出してみるが、確かに同じことを言っていた。その時も今も、特に気にならなかった。

 しかし今にしてみれば、紅玉ホンユーはその言葉に執着していた気もする。その意味が、感情がよくわからない、と言っていた。おまけに自分の恋愛に関しての価値観まで訊ねて来て、なぜそうなったと心の中で突っ込みたくもなった。

「だって変でしょう?"大切なひとのために"贈り物をしている、なんて。まるで、"大切なひと"と"贈るひと"が、別にいるような言い方じゃないですか?」

「あ、そっか······それだよ、僕が引っかかっていたのは!なんか、こう、気持ち悪い違和感!」

 言葉の違和感。
 大切なひとへの贈り物、ではなく、大切なひとのために贈り物をしている、という言い方。

 たまたまそういう風な言い方になったのかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。

 その言い回しは、あえてそう言ったのか?それとも特に意味のないことなのか?正直、ここに引っ掛かる必要があるのかもわからないけれど。

翠雪ツェイシュエ様、ホア夫人とはどんな話をしたの?」

「はい。私は慶螢チンイン殿の部屋で遭遇した少女が、犯人ではないかと仮説を立て、それを伝えないでホア夫人に三つの質問をしました」

 三つの質問とその答えを説明すると、紅玉ホンユー暁狼シャオランも今まで曖昧だった様々なものが、ひとつに繋がったような感覚を覚えた。

「その子は、元々領主の邸の使用人で、後々、慶螢チンインさんの婚約者である麗花リーファさん付の侍女になる予定だったってこと?」

「はい。二年前にふたりの婚姻が決まり、その一年後に、数人の使用人が領主の邸からこの商家に奉公に出されたそうです。彼女はその中のひとりで、いずれここに嫁ぐことになる麗花リーファ殿が困らないよう、新しい環境に慣れるために前もって準備をしていたそうです」

 つまりその少女は、そもそも麗花リーファのために用意された使用人ということになる。

 となれば、彼女が慶螢チンインの自室を訪れる理由はなにか?麗花リーファに病状を報告するため?それとも慶螢チンインに恋心でも抱いていたのだろうか?

「それを踏まえてもう一度さっきの言葉を思い浮かべてみてください。彼女の言う贈り物は、呪詛です。贈る相手は慶螢チンイン殿。では"誰のため"にそんなモノを贈るのか」

慶螢チンインさんを亡き者にして、婚姻自体を白紙にするのが狙い、とか?」

 もし、自身が慶螢チンインを好いていて、その婚姻の邪魔をするとしたら、麗花リーファの方を狙うだろう。だが、そもそも慶螢チンインとの接点のない彼女が、強い恨みを込めて呪詛を行う理由としては弱い。

 となれば、彼女が慶螢チンインを狙う理由はただひとつ。
 彼女が奪われたくない、存在。
 それは、自分の主である麗花リーファの方だったのだ。

「でも、麗花リーファさんは婚姻に対して納得してるんだよね?本当は嫌だったとか?」

「そういうこと、か」

 暁狼シャオランはやっと納得いく答えが出たことに、頷く。

「おそらく、あなたの想像通りでしょう」

 彼女が誰かのためと言いながら、実のところ、すべては自分の願望のために呪詛を行っていた。それが、この呪詛事件の真相だろう。

「見てください。この箱の隅に小さな文字で数字が書いてあるでしょう?壱から拾壱。箱の数と同じです。毎月彼女が同じ箱を購入していた事を加えると、次が最後の呪詛となるでしょう」

 彼女がこの邸に来て、今月でちょうど一年目。症状が出たのは数日前。慶螢チンインは意識もなく、いつそのまま永遠に目覚めなくなってもおかしくはないだろう。三日以内に解決すると翠雪ツェイシュエは言った。

 先程、慶螢チンインの症状を診た時に気付いたこと。
 それが、彼を助けられるギリギリの期限と確信したからだ。

「彼女が動くのは、おそらく今夜か明日の夜でしょう。すべての行動を把握し、その確かな証拠を確認する必要があります。では、ここからが本題です。あなたたちを待っている間、彼女を追い込むための計画を立ました。なにか見落としや穴がないか、確認してもらってもいいです?」

 大扇を閉じて、翠雪ツェイシュエは口元を緩める。
 それはまるで、目の前で繰り広げられる遊戯を楽しむかのように。

 そして少女の破滅の物語は、彼の思いのままに動き始める――――。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初声を君に(休載中)

叢雲(むらくも)
BL
話そうとしても喉が詰まって言葉が出ない――そんな悩みを抱えている高校生の百瀬は、いつも一人ぼっちだった。 コニュニケーションがうまく取れず孤独な日々を過ごしていたが、クラスの人気者である御曹司に「秘密」を知られてしまい、それ以降追いかけ回されることに……。 正反対の二人だが、「秘密」を共有していくうちに、お互いの存在が強くなっていく。 そして、孤独なのは御曹司――東道も同じであった。 人気者な御曹司と内気な青年が織りなす物語です。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ※BLと表記していますが恋愛要素は少ないです。ブロマンス寄り? ※男女CP有ります。ご注意下さい。 ※あくまでフィクションです。実在の人物や建造物とは関係ありません。 ※表紙と挿絵は自作です。 ※エブリスタにも投稿しています。←こちらの方が更新が早いです

つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい
BL
龍(人外)×片角の人間のBL。ハピエン/愛され/エロは気持ちだけ/ほのぼのスローライフ系の会話劇です。 毎週火曜・土曜の18時更新 ―――――――――――――― とある東の小国に、ふたりの男児が産まれた。子はその国の皇子となる子どもだった。その時代、双子が産まれることは縁起の悪いこととされていた。そのうえ、先に生まれた兄の額には一本の角が生えていたのだった……『つのつき』と呼ばれ王宮に閉じ込められて生きてきた異形の子は、成人になると同時に国を守る龍神の元へ嫁ぐこととなる。その先で待つ未来とは?

彩雲華胥

柚月 なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【 紅き蝶の夢語り 】~すべてを敵に回しても、あなたを永遠に守ると誓う~

柚月 なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿ 修仙門派のひとつである風明派の道士となった十五歳の少年、天雨は、時々不思議な夢を見ることがあった。それは幼い頃の自分と、顔が思い出せない少女との夢。数年前に魔族に両親を殺された過去があり、それ以前の幼い頃の記憶が曖昧になっていた。 夢は過去の出来事なのか。 それともただの夢なのか。 紅き蝶が導く、愛と裏切りの中華BLファンタジー。 ※この小説は、中華BLファンタジーです。BL要素が苦手な方はその旨ご了承の上、本編をお楽しみください。アルファポリスさん、カクヨムさんにて公開中です。

【黒竜に法力半減と余命十年の呪いをかけられましたが、謝るのは絶対に嫌なので、1200の徳を積んで天仙になります。】中華風BL

柚月 なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿  黒竜に踏み潰されそうになっていた白蛇を助けた櫻花は、黒竜の怒りを買い、法力が半分になった上、余命十年の呪いをかけられてしまう。  地に頭を付いて謝れば赦してやると黒竜は言うが、櫻花は「私は間違っていないので、謝りません」ときっぱり笑顔で吐き捨てたことにより、ふたりの関係は最悪な方向に。  そんなやり取りから数年後、櫻花の前に不思議な雰囲気を纏う白髪の青年、肖月が現れる。肖月は、あの時助けられた白蛇であることを告げると、あろうことか櫻花に口付けをし、主従の契約を結んでしまう。  余命僅かの櫻花が生き永らえるためには、1200の徳を積んで天上に昇り天仙になるか、もしくは黒竜に謝るしかない。  持ち前の"運の良さ"を武器に、世のため人のために尽くす地仙と、命を救われた恩を返したい、白蛇の化身。  果たして、櫻花は天仙になり、余命十年の呪いを断ち切れるのか――――。  マイペースだが天才肌の地仙と、彼の呪いを解きたい白蛇の物語。 ※この作品はカクヨムさんでも公開している作品です。

不変故事ー決して物語を変えるなー

紅野じる
BL
「転生モノ中華BL小説が好き」と患者に打ち明けられた精神科医の藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は、患者の心を理解するために読んだ中華BL小説の中に転生してしまう。 しかし、その物語は”完結済み”であり、案内役のシステムから「世界を改変し崩壊させるとあなたは現実でも死にます」と告げられる。 藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は精神科医という経験と、転生前に読みまくった中華BL小説の知識で、なんとか物語崩壊ルートを回避しながら、任務遂行を目指す…! 人間化システム×精神科医のお話です。ゆっくり更新いたします。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

【完結】明月幾時有~明月よ何時まで~

夜曲
BL
 今日(9月29日)は中国の中秋節ですね!  秋の夜長に中華BLはいかがでしょうか?  三年半の時を経て再開した憧れの人は、もう以前の様には笑わなくなり、大人の男が怖くなってしまっていた。 【片思い歴十年の教え子攻め】X【大人の男が怖い元家庭教師受け】  異国他郷に身を置いた事がある方なら、誰もが月を見て望郷の念を抱いた事があるかと思います。中華BLに余り興味が無くても、むしろそんな方にこそ届くと良いなと、難しい中国語も使わずに全て解りやすい平坦な言葉を心掛けて書きました。  潔く諦めて次に進むには強すぎる、でも全てを壊してでも欲しいと行動に移すまでの激情はない、淡く切ない恋心。  1万字くらいのサクッと読める作品です。  月にまつわる漢詩・宋詞が2つ登場します。  大事な人を思い浮かべながら漢語の世界に浸ってみませんか?  R無し、片想いの切ないお話です。  Xの企画、#BLお月見2023、 #再会年下攻め創作BL参加作品です。  当方は文章を書く事とは無縁の仕事をずっとしており、無謀にも来年一月から中華BL専門の翻訳家になりたいと考えているので、文章の書き方等のアドバイスを下さる方大募集中です!  誤字脱字・文章の書き方・添削指導、全て大歓迎です!  ぜひぜひよろしくお願いいたします。  2023年10月30日追記:  短編でも出したら良いよ!と皆様おっしゃるので『明月幾時有~明月よ何時まで~』でアンダルシュノベルズb賞の選考に参加してみようかなと。  読んで楽しくなる作品じゃないところが若干ミスマッチな気がしますが、この作品は当時中国に留学していた自分の想い出を元に書いた作品だったので、青春感はあるかなと。  それぞれの異国の地で二人は既に共依存の様相を呈していて、もしかしたら相手は待っているかもしれないのに。今の物語の通り、最後まで切ないままで終わる初恋もまた乙なものですが、続きを書くとしたら是非ハッピーエンドにしてあげたい作品です。

処理中です...