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第二章 朱に交われば赤くなる

2-1 考察

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~前回までのあらすじ~


 なぜか仙人を捜していたこの町の有名な商家の主、趙螢ヂャオイン。息子が数日前から病に罹り、意識不明の状態になっているらしい。

 医者も原因がわからず匙を投げたため、祈祷師にみてもらうことに。その者が言うには、息子の病は商売で損をした同業者がかけた呪いのせいで、それを治すには仙人が持っているものを持ってくる必要があると言われる。

 そんなこともあって、仙人風の見た目である翠雪ツェイシュエが持っていた林檎を目にした趙螢ヂャオインは、思わず声をかけたのだという。事情を聞いた藍玉ランユーは、祈祷師の言ったことが本当かどうか確かめるためにも、彼の息子の様子を仙人(翠雪ツェイシュエ)に診てもらうのはどうかと提案する。

 邸に向かう途中の会話で、自分たちの他に道士がいることを知る。趙螢ヂャオインは祈祷師が帰ったすぐ後に現れたその道士を怪しんで、あえて邸で待機してもらったらしい。

 邸に着くと、藍玉ランユー碧雲ビーユン翠雪ツェイシュエの三人は客間に通される。しばらくすると、趙螢ヂャオインがその道士を連れて客間に現れた。

 黒を纏うその野良道士、白暁狼バイシャオランは想像以上に感じが悪く、翠雪ツェイシュエが本当に仙人なのかどうかを疑うが、翠雪ツェイシュエの適当だがそれっぽい返しで事なきを得る。お互いが疑いを向ける中、藍玉ランユー、もとい紅玉ホンユーが突拍子もない提案をする。

バイ先輩、僕と一緒に行動しよう」

 紅玉ホンユーのもっともらしい正論に対して、仕方なく承諾する暁狼シャオランだったが、趙螢ヂャオインの息子である慶螢チンインの"ある症状"を見逃さなかった紅玉ホンユーに、ほんの少しだが関心を示す。

 紅玉ホンユーもまた、暁狼シャオランの誠実な対応に興味を持ち、

「僕、今日からあなたのこと、敬意を込めて"兄さん"って呼ぶことにするよ!」

 と、屈託のない純粋な笑みで、暁狼シャオランを困惑させるのだった。


 一方その頃、鬼谷の谷主である翠雪ツェイシュエお願い・・・により、双子の鬼である飛星フェイシン飛月フェイユエ、鬼の少年のヤンが邸から集めてきた呪詛の一部を検証していた。

 箱の中には素人の知識で作られたのだろう、呪いの人形のようなものが入っており、碧雲ビーユンはその気持ちの悪いモノを平気な顔で触れている翠雪ツェイシュエを見て、表情を引きつらせる。

 そんな中、勢いよく扉を開け部屋に意気揚々と入って来た紅玉ホンユーが、ふたりの顔を見るなり明るい声で言い放つ。

「この事件が解決したら、僕、あのひとについて行こうと思う!」

 ふたりはしばらく思考が止まっていたが、碧雲ビーユンが眉間に皺を寄せて、わなわなと肩を震わせる。

「いったい何を考えてるんです!?駄目に決まってるでしょう!!この、馬鹿皇子――――っ!!!」

 全力で怒鳴る碧雲ビーユン。やれやれと嘆息する翠雪ツェイシュエ。先行き不安な旅路に、更なる不安要素が加わってしまうのだった――――。


******


「え?なんで?」

 紅玉ホンユーはまったく悪びれる様子もなく、なぜ碧雲ビーユンが怒っているのかわかっていないようだった。

「なんでもなにも!藍玉ランユー様、自分の立場を解っていますか?ただでさえ魔界が目を光らせているというのに、その敵である道士と楽し気にしていたなんて噂が広まれば、亡くなったはずの第七皇子が道士に屈したと思われてしまいますよ!」

 碧雲ビーユンは頭を抱えながら、考え得る不利益を説く。しかし、当の本人はまったくなんとも思っていないのだろう、やはり首を傾げたままだった。

碧雲ビーユン、僕のことは紅玉ホンユーって呼ぶこと!それと、別にあのひとに屈したわけじゃないし。これからたくさん仲良くなる予定・・・・・・・なだけだよ」

紅玉ホンユー、あなたがあの道士殿に何を感じたのかはわかりませんが、私もこの件に関しては、正直、賛同できません。なにやら訳ありっぽいですし、もう少し様子を見てから考えるのはいかがです?」

 翠雪ツェイシュエ紅玉ホンユーに冷静になるように諭す。一時の感情で決めるには危険だと判断したのだ。

「あなたは私たちの主なんです。それはつまり、私たちの命運もあなた次第というわけです。それに、もしあの道士殿との間になにかえにしがあるのだとしたら、また近い内どこかで逢うかもしれません。その時は、確かなえにしと認め、私もなにも言いません。どうです?」

「······わかった。翠雪ツェイシュエの言う通りにする」

 しゅんと大人しく従う紅玉ホンユーに、碧雲ビーユンは安堵する。こういう時の翠雪ツェイシュエの説得力は見習いたいと思う。それにしても、自分との態度の差が気になる。

「よろしい。では、本題に入りましょう。これを見てください」

 紅玉ホンユーは顔を上げて、手招きしている翠雪ツェイシュエの方へ駆け寄る。机の上に並べられたいくつかの箱を覗き込み、その中に入っている布で作られた人形を手に取った。

 首に針が刺さっているその人形の腹の辺りには、血文字で慶螢チンインの名前が書かれていた。箱の中には長い黒髪が入っており、さすがの紅玉ホンユーも嫌悪感で眉を顰めた。しかも手に取った人形に黒い靄が渦巻き始めたので、そっと箱の中に戻す。

「これが呪詛の正体?しかもこんなにたくさん?」

「はい。ヤンたちに探らせたところ、この邸のあらゆる場所にあったようです。しかも時間があまりなかったので、これはほんの一部。おそらく、犯人、もしくはその協力者は、ここの関係者の可能性が高いですね」

 翠雪ツェイシュエは袖から何枚か符を取り出すと、人形が戻された箱に蓋をし、黒い靄が出て来ないように符を貼って封印する。他の箱にも蓋をし、同じように符を貼っていく。

「明らかに素人の知識を詰め込んだ呪詛なのですが、恨みが強いためこのようにちゃんと形になっているのが問題です」

慶螢チンインさんの首に、黒い痣のような染みがあったよ。あの首に刺さっている針の効果かな?」

 紅玉ホンユーは首に浮かんでいた痣を思い出す。黒子ほくろより大きいが、不自然なものではなく、生まれつきと言われたらわからないようなものだった。

「俺はこういうものには疎いので、よくわかりませんが。この黒い靄は嫌な感じが」

「これは呪詛というか、強い怨念的なものが原因だと思います。嫌な感じがするのは、それが継続的なものだからでしょう。人形は遺恨の相手の現身うつしみ。それを通して、犯人は今も恨みを募らせていると考えられます」

 しかし、趙螢ヂャオインには特に思い当たるようなことはないようで、そうなると恨みの相手は趙螢ヂャオインではなく、そもそも慶螢チンイン本人ということになる。

「うーん。となると、慶螢チンインさんがこうなる前に、この犯人になにか恨まれるようなことをしたってこと?それとも知らないうちに恨みを買ってた?」

 確かに、趙螢ヂャオインに原因がないのなら、呪詛を受けている本人に原因があることになる。それが本当なら、祈祷師が適当なことを言ったという証拠にもなるだろう。まだなんとも言えないが。

「これはまだ推測でしかないですが、犯人はおそらく女性でしょう。その線で追って行けば、なにか手がかりが見つかるかもしれません」

「女と特定するのは早すぎないか?」

 碧雲ビーユン翠雪ツェイシュエの早い段階での決めつけに、少なからず疑問を抱く。しかし、それにはもちろん根拠があるのだろう。大扇を開いて、翠雪ツェイシュエは口元を隠す。後ろに控えていた碧雲ビーユンに視線だけ巡らせて、くすりと笑みを浮かべた。

「いいですか?この呪詛は一度で行われたものではない、ということをまず断言しましょう。それはなぜか。中に入っていた人形たちの状態がバラバラだからです。置いてあった場所も関係しますが、それを抜きにしても、この手作りの布人形はあまりにも歪。同じ頃に一気に作られたものとは思えません」

 それがなぜ「女」と特定に至ったのか、碧雲ビーユンは黙って聞き入る。

「そもそも、昔から呪いや毒といった間接的に他人に危害を加える行為自体、力を持たない女性特有の犯罪。もちろん、直接的に危害を加える者もいるでしょうが。この呪詛に関しては、かなりの執着がみられます」

「つまりは、慶螢チンインさんに好意を持ってるひとの可能性が高い?ってことかな」

「痴情のもつれ?もしくは、相手の一方的な感情ってことか」

 紅玉ホンユー碧雲ビーユンはお互いに頷いて納得する。であれば、知らずに恨みを抱かれている可能性もあるだろう。ひとの好意というのは、他人にはわからなかったりもする。相手が気付かなければ気付かないほど、その執着は強くなるのかもしれない。

「ひとによると言ってしまえばそれまでですが。まずは一度、この線で探ってみるのも良いと思います。もちろん、他の可能性も含めて」

 よし、と紅玉ホンユーは腰に手を当てて、明るい表情でにっと笑った。

「じゃあ、明日もう一度、趙螢ヂャオインさんに話を聞いてみる。あとは商団内でそういう噂がないか聞いて、それを基に動こう」

 方針が決まったところで、三人はようやく休むことにした。今日一日で色んな事が起きた。明日からまた忙しくなるだろう。

 紅玉ホンユー翠雪ツェイシュエはひとつだけある広い寝台を使い、碧雲ビーユンはいつでも動けるように、椅子の上で仮眠を取ることにした。


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