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第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。
1-24 鬼谷の愉快な仲間たち
しおりを挟む翠雪に案内された先、赤い柱が特徴的なその建物は、魔界の宮殿とはまた少し違った古風な作りで、しかし立派な楼閣だった。
二階建てになっている重層の建築物で、二階には扉や壁がなく、この鬼谷の市全体を見渡せる造りになっているようだ。
「谷主~おかえりっ」
「おかえり~お土産は~?」
「おやおや。困りましたね、飛星に飛月、今回はなにも用意していないんです。そんな時間もありませんでしたし、」
どこからともなく降って来た幼い双子の鬼が、翠雪に駆け寄って来て、同時に左右それぞれの足に抱きついて来た。
白い衣を纏った幼子たちは、その言動とは真逆の恐ろしい顔をした狐鬼面を付けており、可愛いのか怖いのかいまいちよくわからない。
「そうなの~?」
「つまんな~い!」
「ふたりとも、谷主が困ってる。遊びに行ったわけじゃないんだから、土産なんてあるわけないとわかってるだろ?」
こちらもどこから現れたのか、突然声がしたかと思えばそこにいた。藍玉より少し年上だろうか?十五歳くらいの同じく狐鬼面で顔を覆った少年が、双子たちの様子に呆れたような口調で肩を竦めた。
「ふふ。陽、ふたりを頼みます。これで市でなにか買ってあげてください。残ったお釣りは好きにして構いません」
言って、袖から紙銭を一枚出して陽という名の鬼の少年に手渡す。紙銭は鬼界の通貨で、人界で言えば銀と同じ。
甘やかしちゃ駄目ですよ、と陽は腰に手を当ててはあと嘆息するが、言われた通りに双子たちを連れて市の方へと消えていった。
「谷主、また余計なことに首を突っ込んで。魔界からの客人なんて、各鬼界の主たちがこれを知ったら、ひと悶着起こっても仕方がないと思え」
開いた扉の先に立っていた青年姿の鬼が、低い声で後ろに立つ客人たちを見据えながら、苦言を呈す。明らかに訳ありそうな三人と厄介事を、同時に鬼谷に持ち込んできた翠雪に対して、どこか心配しているようにも見える。
その青年は顔の上半分だけの仮面を付けていて、今まで見てきた鬼たちとは格が違うようだった。仮面を付けていてもその容貌は端正なのがわかる。
この鬼谷にいる鬼の中でも、翠雪に近い存在なのだろう。
長い黒髪を高い位置で括って背中に垂らしており、広袖の衣は道士のようでもあるが、どういう人物なのかは今のところよくわからない。
「そもそも、勝手に鬼谷を抜け出してどこへ行ったかと思えば魔界で、帰って来て早々この事態。魔界の皇子に賽子勝負で負けたあげく、主従の関係を結んだ?俺はそのどれも承諾していないが?」
立ち姿は物差しでも背中に差しているかのように真っすぐで、神経質そうな印象。
纏う衣も上質で、白と黒が左右半分ずつの長い上衣に白い下衣を纏い、腰には異国の宝刀を佩いていた。背は高く細身だが、生前は手練れだったのだろう。立っているだけで只者ではないという雰囲気があった。
「天雨、別にあなたに承諾を得る必要なんてないでしょう?心配してくれるのは嬉しいですが、客人の前で言うことではありませんよ?」
「確信犯だろう?わざわざ俺のいない時に魔界に行ったんだから」
過ぎたことをネチネチと掘り返してくる目の前の青年に対し、翠雪は大扇を広げて口元を隠した。
(だって、言ったら止めるでしょうし、そもそも行かせてなんてくれないでしょう?)
この堅物の青年は、翠雪のお目付け役のような存在。
もちろん、谷主である自分を守るためにやってくれているのは理解しているつもりだが、やる事なす事にいちいち干渉してくるので、時々ものすごく······。
「そういうことをいう天雨は······鬱陶しい、面倒くさい、嫌い、です」
じとっと眼を細めて大扇の隙間から顔を覗かせ、ぼそっと呟く。途端、天雨の口元がひっくと引きつった。それは怒りからか、それとも言われた内容があまりにも衝撃的だったからか。
「あ、ええと······しばらくの間、お世話になります。鬼谷にも翠雪にもなるべく迷惑はかけないようにするので、よろしくお願いします」
ふたりのなんともいえない空気に耐えかねた藍玉が、腕を胸の前で囲って深く頭を下げ、丁寧に挨拶をした。
碧雲は夜鈴を背負っていたためお辞儀だけし、夜鈴もまた背負われながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「私からも、重ねて御礼申し上げます。行く当てのない私たちを受け入れてくださり、本当に、感謝してもしきれません」
夜鈴は青白い顔で感謝の気持ちを伝えると、天雨はもうなにも言えなくなってしまった。蠱毒の事は聞いていたので、夜鈴がどういう状態なのかも知っていた。
「俺はちゃんと忠告したぞ!何かあっても本当に知らないからなっ!」
「大丈夫です。なにかあれば、私が責任をもって皆を守りますから」
「ふん、口だけならいくらでも言える。そもそもあなたは鬼谷の谷主だ。守るのではなく、守られる側だろう!」
天雨はひとしきり怒鳴った後、自分たちを視界に入れないようにそっぽを向き、さっさとどこかへ行ってしまった。
やれやれ、と翠雪は嘆息し、やっと静かになったと大扇を扇いだ。
「ああ、気にしないでください。彼はあれが仕事なんです」
「う、うん?翠雪のことを心配してくれてたんだよね、たぶん?」
双子の幼子たちに始まり少年、さらにあの青年と、かなり個性的な面々だった。だが皆、やはり翠雪のことが大好きなように思える。
藍玉は、自分が彼らから大切な主を奪ったと思われているのかもしれない、と考えて居候をする前に誤解を解かなきゃ!と思った。
「さ、邪魔者もいなくなりましたし、中へどうぞ。あ、先程も言いましたが、中は期待しないでくださいね、」
「え?すごく広そうだけど、」
藍玉がそう言って首を傾げると同時に扉が開く。そこに広がる光景に、翠雪の言葉の意味を知る。
広い。確かに外観通りだったが、思っていたのとだいぶ違った。
その壁一面すべて本棚が建ち並ぶ様は、蔵書閣に近いだろう。床に絶妙な傾きで積み上げられた、書物の山々。
辛うじて動線は確保されているが、碧雲は夜鈴を背負いながら、それらにぶつからないよう躓かないように歩くのがやっとだった。
「なんだこの邸は!書物だらけじゃないかっ」
しかも統一感はまったくなく、読んだ本をそのまま積み上げたような状態だ。しかしこの状態を作り出した、張本人はというと······。
「仕方ないでしょう?ここにある書物は全部、私の研究資料なんですから」
「入ってすぐにこの部屋にする必要がどこに?」
「ここが一番広いんですよ。この百数十年で集めた貴重な書物たちなんです。汚い手で触れたらどうなるか、わかってますよね?」
汚いのはこの部屋だろう!と碧雲は喉元まで出かかった言葉を呑み込む。居候の身が文句を言うわけにもいかない。夜鈴の手前、いつもの突っ込みにも力が入らない。
「一応仮眠できる部屋は残っているので、とりあえずはそこへどうぞ。数日あれば、あなたたちの借り住まいも建てられますから」
「そこまでしてもらわなくても、僕たちならここで十分だよ!」
「いえ、あなたたちは良くても私が研究に集中できないので」
きっぱりはっきりと翠雪は言い、邪魔はできないと藍玉たちは渋々頷く。そんなことまでしてもらっていいのだろうか、と。
「いいんですよ、遠慮など。ここの者たちは私のために働くのが好きなんです」
冗談を言っているわけではなく、本当のことだった。なぜなら、この鬼谷において翠雪という存在は、不毛の地に咲く高嶺の花。
崇拝の域を超えてしまったがために、どんなに蔑んだ眼で見られようが、汚物扱いされようが、気持ち悪いと思われようが、彼らには関係なかった。
彼らにとって色んな意味で絶対的な存在。
それがこの鬼谷の谷主、翠雪なのである。
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