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第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。

1-22 第七皇子は死にました

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 王の呼び出しの後、しばらくして藍玉ランユーが戻って来た。俯いて暗い顔のまま部屋に入って来た藍玉ランユーに対して、夜鈴イーリン碧雲ビーユンもなにかあったのだろうとすぐにわかった。

藍玉ランユー、大丈夫です?」

 夜鈴イーリンは寝台で上半身を起こした状態で迎い入れ、横に座った藍玉ランユーに優しい声音で問う。碧雲ビーユンはその傍で控え、ふたりの会話を見守っていた。

「······父上や兄上たちの前で、魔眼の力を使っちゃって······罠だってわかってたのに。我慢してたんだけど、梓楽ズーラ兄上が酷いことばかり言うから、抑えられなくて。それで、父上は僕を魔王候補の一位にするって言って······僕、どうしたらいい?」

 いくら達観しているとはいえ、やはりまだ十三歳の少年でしかない藍玉ランユーは、ぎゅっと夜鈴イーリンの手を握り締めて弱音を吐く。どうしたらいいか、わからないと困惑し、今にも泣きそうな顔をしている。

「そんなことをすれば、他の者たちが黙っていないでしょうね。高官たちの訴えに大王様が耳を傾けるかは置いておくとして、騒ぎになるのは目に見えてます。噂はすぐに広まってしまうでしょう」

「僕、魔王になんてなりなくない····ひとを、殺す命令なんてできない」

 藍玉ランユー、と夜鈴イーリンは慈しむように名を呟き、そっと頭を撫でる。人間に対して友好的な想いを寄せる藍玉ランユーにとって、魔王になるというのは苦痛でしかないだろう。

 魔族は人間から自分たちの地を取り戻すために、日々殺し合いをしているのだ。

 例えば争いを嫌う者が王となったところで、その勢いは止まらないだろう。人間を襲ってはならない、と規則と罰則を作ったところで、長きに亘る憎悪や深い因縁は、断ち切ることなど不可能。

「では、どうしたいのです?言葉だけでは、何も変わりません。しかし、決意を示して行動することで、変わることはあります」

 夜鈴イーリンは、藍玉ランユーの中に在るだろう、ある気持ち・・・・・に気付いていた。そして、そのためならどんな手助けもしてあげようと思っている。例え、大王を裏切ることになろうとも。

「僕は、僕は······もう、魔界ここにいたくない」

藍玉ランユー様······、」

 碧雲ビーユンもまた、なんとなくだが、こうなるだろうということを懸念していた。桃李タオリーが亡くなって以来、大王に対しての不信感は一層募り、時折ぼんやりしていることも多かった。

 それに加えて、あの村の悲惨な有様を目の当たりにした時、自分の中に流れる血を否定したい気持ちがさらに大きくなったことも。

 魔族の残忍さ、人間に対する消えることのない負の感情。藍玉ランユーの中で何かが崩れ落ちたのだ。

「わかりました。では、こうしましょう」

 夜鈴イーリンがその強い眼差しで藍玉ランユーの顔を覗き込み、そっと頬に触れた。藍玉ランユーは首を傾げて、不安げに見つめ返す。

 次に夜鈴イーリンの口から出た衝撃的な言葉に対して、ふたりは思わず驚きの声を上げ、顔を見合わせるのだった。


******


 大王の宣言の後、藍玉ランユーを第一位とするのは、やはり決断が早すぎるのではないかと、皆が口々に訴えた。それはかなりの大事おおごとになり、あの第七皇子には荷が重すぎるのでは?という声が相次いだ。

 身分は申し分ないし、資格もあるのだが、それでもまだ幼い藍玉ランユーを次期魔王にするなど、安易に容認はできないという者が多かった。

 高官の多くは、自分たちが推していた第一皇子を差し置いて、眼中にもなかった第七皇子を第一位にするという大王の決定を、黙って見過ごせないというのが本音であろう。

 だが、こうなることは大王の中ではもちろん計算済みで、ならば、とひとつの提案を皆の前でする。

 目の前には玖朧ジゥロン梓楽ズーラ藍玉ランユーが横一列に並んで跪いており、その後ろに他の皇子たち、さらに高官たちがずらりと並んでいた。

 ひとり高い位置にある玉座の上に座る大王は、ふっと口の端を上げて笑った。

「この者にその実力があれば、お前たちは納得するのだろう?では、三人に試練を与える。それを成し遂げた者に、次期魔王の座を譲ることにする。譲る、と言ってもまだ先の事だが、この決定を最終決定とし、これ以降、予期せぬ事でも起こらぬ限り、順位が入れ替わることはないと思え」

 その試練とは?と皆が耳を澄ませて聞き入る。

「五日後、玖朧ジゥロン梓楽ズーラ藍玉ランユーにそれぞれ試合をしてもらう。なお、試合は総当たりとし、勝利の数が多い者が勝者となる。手を抜くことは赦さない。もしそんなことをすれば、その者の一番大事な者を目の前で殺す。それが誰であろうとも、な」

 大王は藍玉ランユーを見下ろしてそう言い放つ。それはつまり、自分の妃であろうと例外はないと言いたいのだろう。その言葉に、高官たちはすぐには頷けなかった。

 もし、万が一にでもあの第四皇子が勝ってしまったら、と想像すると、背筋がひんやりと冷たくなった。実力だけなら、梓楽ズーラはこの中で一番と言っていいだろう。王の気質は皆無だが。

「へー、面白そうじゃん。ふたりもそう思うだろ?本当に強い奴が王サマになるんだって。藍玉ランユーもこれで手を抜いたりできないから、本気で俺と殺しやり合えるし?」

 けたけたと笑って、梓楽ズーラが賛同する。

「殺すことは赦さない。魔界の貴重な戦力が減るのは困るからな」

「なにそれ、つまんないなぁ」

 大王の言葉にふざけた口調で答え、いつもの調子で遠慮なく発言する梓楽ズーラに対して、玖朧ジゥロンは険しい表情をして睨みつけた。

「父上、お言葉を返すようですが、力だけが王たる者の証とは極論かと思われます。現に、父上は力も統治する才能も、王たるすべてを持ち合わせていらっしゃる。仮に、この者が勝ち残って王となれば、魔界は混乱し、やがて反乱が起こることでしょう」

「ひっどっ!もしかしなくても、それ、俺に言ってる?でも反乱とか、楽しそ~。俺に逆らう奴は、全員殺しちゃうけどね!」

 玖朧ジゥロン梓楽ズーラの戯言など無視して、拱手礼をしたまま大王の返答を待つ。藍玉ランユーは終始俯いたまま、ふたりのやり取りを聞き流していた。

(こんなの······なんの意味があるんだ。ただ魔眼の力を見せつけて、高官たちを認めさせたいだけってことだよね?)

 目の前でその力の片鱗を見た皇子たちと違い、高官たちは噂でしかそれを知らない。
 皇子たちも本当にそれが魔眼の力なのかは、正直わかっていないのだ。それは、梓楽ズーラがただそう口にしただけだったから。

「王を支えるのも優れた配下の仕事。そうならないように舵取りをすれば良いだけだろう?梓楽ズーラの実力は申し分ないはず。それとも、お前は梓楽ズーラ藍玉ランユーに劣るとでも?」

「それは······、」

 その問いは、自分の実力が他のふたりに劣ると公言するようなものだ。玖朧ジゥロンは皇子たちの中ですべてにおいて完璧ではあるが、魔力は梓楽ズーラの方が上で、人界での任務も梓楽ズーラの方が多い。

 藍玉ランユーに至っては、実力を隠していたことを考えると未知数。魔眼の力が本物だとしたら、果たして自分に勝ち残ることができるだろうかという疑問もあった。

「この決定に対して、異論は認めない。では、これにて解散とする」

 言って、大王が去った後、集まっていた者たちもぞろぞろと謁見の間から出て行く。口々になにか囁く声が聞こえてきたが、藍玉ランユーはまったく気にならなかった。それよりも。

藍玉ランユー、今度は手を抜いたら駄目だぜ?お前の大好きな母上か、もしくはあの面白くない護衛官が殺されちゃうからな~」

 立ち上がって見下すように笑みを浮かべた梓楽ズーラが、藍玉ランユーの答えを聞く前にさっさとその場から去って行く。

 玖朧ジゥロンはくだらない、とひと言だけ発して、早足で梓楽ズーラを追い抜いて行った。

 藍玉ランユーは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。そしてなにかを決意したかのように真っ直ぐに玉座の方を見上げ、再びその場に跪き、深く頭を下げ拝礼する。それを何度か繰り返した後、瞼を伏せた。

(父上、お別れです······母上も一緒に連れていくことをお許しください)

 玉座を見つめた後、藍玉ランユーは踵を返してその場を後にした。その数刻後、黑蝶ヘイディェ殿に火の手が上がる。

 炎は数日消えることなく燃え続けた。不思議なことに、その火の粉は他の宮に燃え移ることはなく、また、仕えていた宮女や武官、従者たちに怪我はなかった。

 なかった、が。炎が建物や庭をすべてを燃やし尽くした後、三人の焼死体が見つかる。

 身元を特定できないくらい黒焦げになったそれは、おそらくこの黑蝶ヘイディェ殿の主である夜鈴イーリン、その子である藍玉ランユー、護衛官の碧雲ビーユンではないかとされた。

 皆が口を揃えて、藍玉ランユーが母親と従者と共に心中したのではないか、と噂した。
 単純に、あの火事の後、誰もその三人の行方を知らなかったからでもある。

 大王はこの件に関して特に何か言うこともなく、三人の生死の有無を確かめる必要はないと告げる。また、次期魔王を決めるという話も、この件により流れることとなった。


 そして舞台は鬼界、鬼谷へと移る――――。


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