上 下
15 / 50
第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。

1-14 戯れと狂気と ※注

しおりを挟む


 桃李タオリーは自ら命を絶った。梓楽ズーラが彼に何をしたのか。知りたくもない。魔力が枯れるほど搾取された桃李タオリーは、梓楽ズーラの眼の前で、割った花瓶の欠片で首を切ったそうだ。

 足元で息絶えていた血だらけの桃李タオリーを抱き上げ、梓楽ズーラは楽し気に笑っていたらしい。

 自分の衣が血で染まろうが、自室が汚れようが、彼には関係なかった。そんな中、恐る恐る様子を見に来た従者たちが発見し、慌てて大王に報告したのだった。

 彼を捕らえる際、数十人の武官たちが殺された。その光景は、地獄さながらだったという。

 その事態に対して大王自ら赴き、ようやく梓楽ズーラは捕らえられた。そのような大事おおごとになっていたのに、他の者たちにこのことが伝えられたのは、その数日後だった。

 桃李タオリーの遺体がすぐに帰って来なかった理由。
 数日経ってからだったのはなぜか。

 それは、梓楽ズーラが放さなかったから。やっとその腕から引き離して地下牢に拘束されるまで、数日かかったからだ。

「俺のモノに汚い手で勝手に触るな。お前ら、死にたいの?それともお前らも、この可哀想な桃李タオリーみたいに、俺の贄奴隷になりたい?」

 けらけら。

 笑って、青白くなっている桃李タオリーの頬を撫で、近づく者を脅す。お前らも・・・・という発言から、第五皇子がどのような経緯でこんなことになってしまったのか、容易に想像できた。

 切り裂かれ肉がむき出しになっている首に触れ、口元を緩め笑みを浮かべる様は、狂気に満ちていた。その光景は、正気の沙汰ではなかった。

 そもそもどうしてこんなことになるまで、誰も桃李タオリーのことを捜索しなかったのか。しなかったのではなくて、できなかったのだ。
 
 花椿ホアチュン殿に仕える従者、武官、桃李タオリーの母、そこにいたはずの者すべてが惨殺されていたのだ。

 数ヶ月放置されていたため、亡骸は無残な状態になっていたという。誰もそれに気付かなかったのにも理由はあった。

 お互いに干渉しないというこの宮の昔からの習わしと、ちょうどこの数ヶ月間公の行事がなかったためだ。それを狙って行動したのだとしたら、梓楽ズーラがただの狂人と決めつけるのは危ういだろう。

 大王は梓楽ズーラから桃李タオリーの遺体を取り上げ、鎖で腕を括って地下牢に繋ぎ、他の皇子たちに事態を伝えるように命じる。

 そしてようやく解放された桃李タオリーが、今となっては誰もいない花椿ホアチュン殿に戻って来たのだ。その頃にはすべての亡骸は手厚く葬られており、妃の遺体は秘密裏に埋葬された。

 桃李タオリーは綺麗に整えられ、寝かされていた。まさか大王がいるとは思わず、ふたりはその場に跪く。

 護衛官が数人その後ろに控えており、他には誰もいなかった。大王は藍玉ランユーたちに対して、見たまま聞いたままの事を伝えた。その事実を語られた後、藍玉ランユー碧雲ビーユンも言葉を失う。

桃李タオリーは魔族としては役に立たない子だったけど、私は気に入っていた。こんな事になったのは、私の落ち度だな」

 そ、と冷たい頬に触れ、撫でる。桃李タオリーの表情は穏やかで、生きていた時と少しも変わらなかった。
 
 魔力さえ搾取されていなければ、首を切ったくらいでは死にはしない。心臓を貫かれない限り、魔力がある限り、肉体は何度でも再生する。

「父上、どうして梓楽ズーラ兄上は桃李タオリー兄上を?」

 跪き、俯いたまま、藍玉ランユーは訊ねる。

「さあ。私にはあやつの考えていることなど、さっぱりわからない。だが、行動には必ず理由がある。ああ見えて、梓楽ズーラはお前たちの中で一番優れているのだ。その魔力も桁外れと言えよう。魔王候補第二位にしているのは、わかるだろう?あやつが魔王になったら、魔界が混沌となるのが目に見えているからだ」

 あの狂人っぷりは幼い頃から何十年経とうと変わっていない。子供のように無邪気に殺す。本人は遊んでいるつもりなのだ。

 しかし、その姿が果たして彼の真の姿なのだろうか?それは誰にもわからない。

「だからこそ、藍玉ランユー。お前には期待しているのだ」

「僕には、なんの力もありません」

 あの宴の一件以来、大王に対する不信感が藍玉ランユーの中で消えることはなかった。今のこの言葉も、わかっていて言っているのだと確信できる。

 幸い、周りの者たちは藍玉ランユーの力には気付いてはおらず、皇子たちの中で一番格下と思われている。
 故に、大王が今の段階で藍玉ランユーを第三位から上げることは叶わない。

「父上······僕に期待しても無駄です。僕は、この通り、大切なひとの危機にさえ気付かず、呑気に暮らしていた大馬鹿者なんです」

 右肩から下がってきた黒髪を括る、琥珀の玉飾りの付いた紅色の髪紐が視界の端に映った。

 五歳の誕生日に桃李タオリーから貰った、大切な贈り物。込み上げてくるものをなんとか抑え、平静を装い、藍玉ランユーは唇を噛み締める。

「僕に、その資格はありません」

「そうか、よくわかった。だが資格など、必要ない。必要なのは、覚悟だけ。お前が本当の実力さえ出していれば、話は簡単なのだ」

 碧雲ビーユンはそれに対して眉を顰める。どういう意味だ?と。大王が藍玉ランユーの実力を疑っているのは確かだろう。

 だが、今の言い回しは、なにか含みを感じた。しかし、その違和感がなにかわからない。

桃李タオリーは、運が悪かったのだ。梓楽ズーラに目を付けられなければ、こんなことにはならなかっただろう」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、大王は桃李タオリーを見つめていた。その言葉の意味を、その時は考えもしなかった。
 
 そう、これは始まりに過ぎなかったから。本当の悲劇は、ここから始まったのかもしれない。


 そして、桃李タオリーの死から三年後。
 あの最悪の事件が起こる――――。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【 紅き蝶の夢語り 】~すべてを敵に回しても、あなたを永遠に守ると誓う~

柚月なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿ 修仙門派のひとつである風明派の道士となった十五歳の少年、天雨は、時々不思議な夢を見ることがあった。それは幼い頃の自分と、顔が思い出せない少女との夢。数年前に魔族に両親を殺された過去があり、それ以前の幼い頃の記憶が曖昧になっていた。 夢は過去の出来事なのか。 それともただの夢なのか。 紅き蝶が導く、愛と裏切りの中華BLファンタジー。 ※この小説は、中華BLファンタジーです。BL要素が苦手な方はその旨ご了承の上、本編をお楽しみください。アルファポリスさん、カクヨムさんにて公開中です。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

処理中です...