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第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。
1-14 戯れと狂気と ※注
しおりを挟む桃李は自ら命を絶った。梓楽が彼に何をしたのか。知りたくもない。魔力が枯れるほど搾取された桃李は、梓楽の眼の前で、割った花瓶の欠片で首を切ったそうだ。
足元で息絶えていた血だらけの桃李を抱き上げ、梓楽は楽し気に笑っていたらしい。
自分の衣が血で染まろうが、自室が汚れようが、彼には関係なかった。そんな中、恐る恐る様子を見に来た従者たちが発見し、慌てて大王に報告したのだった。
彼を捕らえる際、数十人の武官たちが殺された。その光景は、地獄さながらだったという。
その事態に対して大王自ら赴き、ようやく梓楽は捕らえられた。そのような大事になっていたのに、他の者たちにこのことが伝えられたのは、その数日後だった。
桃李の遺体がすぐに帰って来なかった理由。
数日経ってからだったのはなぜか。
それは、梓楽が放さなかったから。やっとその腕から引き離して地下牢に拘束されるまで、数日かかったからだ。
「俺のモノに汚い手で勝手に触るな。お前ら、死にたいの?それともお前らも、この可哀想な桃李みたいに、俺の贄奴隷になりたい?」
けらけら。
笑って、青白くなっている桃李の頬を撫で、近づく者を脅す。お前らもという発言から、第五皇子がどのような経緯でこんなことになってしまったのか、容易に想像できた。
切り裂かれ肉がむき出しになっている首に触れ、口元を緩め笑みを浮かべる様は、狂気に満ちていた。その光景は、正気の沙汰ではなかった。
そもそもどうしてこんなことになるまで、誰も桃李のことを捜索しなかったのか。しなかったのではなくて、できなかったのだ。
花椿殿に仕える従者、武官、桃李の母、そこにいたはずの者すべてが惨殺されていたのだ。
数ヶ月放置されていたため、亡骸は無残な状態になっていたという。誰もそれに気付かなかったのにも理由はあった。
お互いに干渉しないというこの宮の昔からの習わしと、ちょうどこの数ヶ月間公の行事がなかったためだ。それを狙って行動したのだとしたら、梓楽がただの狂人と決めつけるのは危ういだろう。
大王は梓楽から桃李の遺体を取り上げ、鎖で腕を括って地下牢に繋ぎ、他の皇子たちに事態を伝えるように命じる。
そしてようやく解放された桃李が、今となっては誰もいない花椿殿に戻って来たのだ。その頃にはすべての亡骸は手厚く葬られており、妃の遺体は秘密裏に埋葬された。
桃李は綺麗に整えられ、寝かされていた。まさか大王がいるとは思わず、ふたりはその場に跪く。
護衛官が数人その後ろに控えており、他には誰もいなかった。大王は藍玉たちに対して、見たまま聞いたままの事を伝えた。その事実を語られた後、藍玉も碧雲も言葉を失う。
「桃李は魔族としては役に立たない子だったけど、私は気に入っていた。こんな事になったのは、私の落ち度だな」
そ、と冷たい頬に触れ、撫でる。桃李の表情は穏やかで、生きていた時と少しも変わらなかった。
魔力さえ搾取されていなければ、首を切ったくらいでは死にはしない。心臓を貫かれない限り、魔力がある限り、肉体は何度でも再生する。
「父上、どうして梓楽兄上は桃李兄上を?」
跪き、俯いたまま、藍玉は訊ねる。
「さあ。私にはあやつの考えていることなど、さっぱりわからない。だが、行動には必ず理由がある。ああ見えて、梓楽はお前たちの中で一番優れているのだ。その魔力も桁外れと言えよう。魔王候補第二位にしているのは、わかるだろう?あやつが魔王になったら、魔界が混沌となるのが目に見えているからだ」
あの狂人っぷりは幼い頃から何十年経とうと変わっていない。子供のように無邪気に殺す。本人は遊んでいるつもりなのだ。
しかし、その姿が果たして彼の真の姿なのだろうか?それは誰にもわからない。
「だからこそ、藍玉。お前には期待しているのだ」
「僕には、なんの力もありません」
あの宴の一件以来、大王に対する不信感が藍玉の中で消えることはなかった。今のこの言葉も、わかっていて言っているのだと確信できる。
幸い、周りの者たちは藍玉の力には気付いてはおらず、皇子たちの中で一番格下と思われている。
故に、大王が今の段階で藍玉を第三位から上げることは叶わない。
「父上······僕に期待しても無駄です。僕は、この通り、大切なひとの危機にさえ気付かず、呑気に暮らしていた大馬鹿者なんです」
右肩から下がってきた黒髪を括る、琥珀の玉飾りの付いた紅色の髪紐が視界の端に映った。
五歳の誕生日に桃李から貰った、大切な贈り物。込み上げてくるものをなんとか抑え、平静を装い、藍玉は唇を噛み締める。
「僕に、その資格はありません」
「そうか、よくわかった。だが資格など、必要ない。必要なのは、覚悟だけ。お前が本当の実力さえ出していれば、話は簡単なのだ」
碧雲はそれに対して眉を顰める。どういう意味だ?と。大王が藍玉の実力を疑っているのは確かだろう。
だが、今の言い回しは、なにか含みを感じた。しかし、その違和感がなにかわからない。
「桃李は、運が悪かったのだ。梓楽に目を付けられなければ、こんなことにはならなかっただろう」
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、大王は桃李を見つめていた。その言葉の意味を、その時は考えもしなかった。
そう、これは始まりに過ぎなかったから。本当の悲劇は、ここから始まったのかもしれない。
そして、桃李の死から三年後。
あの最悪の事件が起こる――――。
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