上 下
13 / 50
第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。

1-12 それぞれの思惑

しおりを挟む


「父上が、僕に言ったんだ」

 あの時、耳元で聞こえてきた言葉。
 そして都合よく足元に転がって来た、細い鉄の針のような、モノ。

それ・・で、お前の碧雲ビーユンを守りなさい』

 大王が囁いた言葉は、暗くてよく状況がわからない中で間者の前に立ち塞がった碧雲ビーユンが、危険な目に遭うのではないかという不安を、藍玉ランユーに与えた。

「たぶんそのひと言で、僕は無意識に魔眼の力を使ったんだ。本当によく、憶えてないんだけど。気付いたら母上に抱きしめられてて······頭もぼんやりしてた」

 幼い藍玉ランユーの口から語られた衝撃的な"仮定"に、碧雲ビーユンは言葉を失った。それが本当なら、その力を試すためだけに宴の席で間者を殺させた、大王の思考を疑いたくなる。

 あの寸鉄は、間者の喉元を的確に貫き、言葉ひとつ語らせないまま即死させたのだ。大王がやったとばかり思っていた碧雲ビーユンの脳裏に、あの時の光景が浮かんだ。

 自分が罰を受けると頭を下げた時に、上機嫌に笑った大王が妃嬪ひひんに対して言い放った言葉の意味。

『罰だと?なんの罰を受けるつもりだ?妃嬪ひひん、俺はお前たちを守ったあやつに、なんの罰を与えれば良いと思う?』

 あれは、牽制だったのではないか?
 それを確かめる機会を図らずとも与えてしまった自分の行動に、碧雲ビーユンは拳を握り締める。

 本来の大王の計画は、おそらくこうだろう。間者が予め用意されていた者だったのだとしたら、夜鈴イーリンを狙わせ、藍玉ランユーに自身の意思で魔眼の力を使わせるという筋書き。

 しかし、その計画は碧雲ビーユンが予想外の行動をとったことによって、一旦破綻する。大王はすぐさまそれを逆手に取って、力を使うように促したのだ。

「父上は、僕に認めさせたいんだと思う。力があるなら使え。兄上たちを蹴落として、一位になれと。でもそれは、僕も母上も望んでいない。もし兄上たちにこの力の事がバレたら、どうなるか······」

 間違いなく、近い内権力争いに巻き込まれるだろう。まだ幼いうちに亡き者にしようと動き出すかもしれない。そうなれば真っ先に狙われるのは、身内である。

 藍玉ランユーは幼いながらにそのことを理解しており、夜鈴イーリンもまたそうならないように今まで行動してきたはずだ。

 神童と呼ばれていた第七皇子が、一変、駄目皇子なのでは?と思われるような行動をとり始めたのは、そういう理由があってのこと。

 今の内からその印象を周りに与えておけば、後々成長した時には誰もが認める"駄目皇子"の完成というわけだ。

「よく、わかりました。もう、大丈夫です」

 そ、と自分の腰の辺りまでしかない幼い皇子の頭に手を置き、安心させるように精一杯の優しい声音で呟く。

 普段が普段なだけにこういうのは正直苦手だったが、それでも主に対して忠実な従者は、子供をあやすように頭を撫でる。

 ぎゅっと強く握られた小さな手によって、腰に巻いた白い布が皺を寄せた。

「俺が、なにがなんでもおふたりを守ります。だから、あなたはあなたの思うように振る舞ってください。俺もなるべく、いつものようにそれに対して応対します。それでいいですか?」

「うん。ありがとう、碧雲ビーユン

 向けられた満面の笑みに安堵して、碧雲ビーユンも自然と口元が緩んだ。

「さ、ではまずはこれからやって来る桃李タオリ―様に対して、どういう対応をしていくか話し合いましょう」

 はーい!と元気を取り戻した藍玉ランユーが、その提案に対して子供らしく返事をする。

 赤い瞳が輝きを取り戻したのを確認すると、その手を取って碧雲ビーユンは歩き出す。本来、主と従者がする行動ではないが、それが許されている。

 それくらい、信頼を得ていた。裏切るなど、考えられない。命を懸けてでも、守ると決めた存在。生きる意味。どこまでもついて行くと心に誓った。

 それがたとえ、どんな道であろうとも。


******


 第五皇子、名を桃李タオリー。十八歳くらいの見目麗しい青年だが、その何倍も生きている。魔族は見た目と実年齢がまったく一致しないのはよくあることで、魔力の強さによっても変わってくる。

 ちなみに老師と呼ばれる者たちは、何千年も生き永らえている魔界の重鎮である。それに比べれば皇子たちはやはりまだ子供であり、藍玉ランユーは赤子のようなものだった。

藍玉ランユー、遊びに来たよ」

 にこにこと笑みを浮かべて黑蝶ヘイディェ殿にやって来た桃李タオリーは、白い衣の上に薄桃色の羽織を纏っており、長い薄茶の髪は上の方だけ銀の冠で括って、それ以外は背中に垂らしていた。琥珀色の目の端には紅が飾られていて、背も他の兄たちよりは低いので、美しい女性のようにも見える。

桃李タオリー兄上、先日はありがとうございました」

 礼儀正しく腕を前で囲い、頭を下げた藍玉ランユーに対して、桃李タオリーもまた同じように腕を囲って、丁寧に挨拶を交わす。

「誕生日おめでとう。私からの贈り物は、気に入ってもらえた?」

「はい、いつも身に付けてるんです。この琥珀の玉飾りの付いた紅色の髪紐、」

 言って、くるりと兄に背を向け、肩まで伸びた黒髪を括っている髪紐を見せる。それは本音で、藍玉ランユーにとって桃李タオリーは優しい兄であり、兄たちの中で唯一、日常的な会話が成り立つ存在なのだ。

「ふふ。それより聞いたよ?あの温厚な老師を怒らせたんだって?君、どんな悪戯をしたの?」

「へへ。兄上に教えてもらった紙人形でさそりを作って、書物にこっそり挟んでおいたんだ。それでね、書物を開いた時にびっくりさせちゃったみたい!」

 その時の老師の様子を、手振り素振りで楽しそうに話す藍玉ランユーに対して、相槌を打ちながら桃李タオリーは聞いていた。

 遅れて入ってきた宮女たちは、運んで来た茶器や菓子を手際よく丸い机の上に並べると、邪魔をしないようにすっと出て行った。

 他愛のない会話をしているふたりは、仲の良い兄弟にしか見えない。だが、他の兄たちがこんな風にお互いに会話をすることはまずない。気さくな桃李タオリーでさえ、他の兄弟たちとは一線を引いていた。

(第五皇子様だけは、信用してもいいのかもしれない。藍玉ランユー様の力になってくれるなら、心強い)

 魔王候補の兄たちに比べて魔力は劣るが、彼は博識で人あたりも好く、周りの評判も良い。なにより争いを嫌う、という点でも共通するものがあった。以後、この関係は数年変わらず続くことになる。



 しかし、藍玉ランユーが十歳になった時、またもや予期せぬ出来事が起こってしまう。それをきっかけにして、少しずつ歯車が狂い始める。
 まるでそうなるように・・・・・・・、初めから仕組まれていたかのように。

 一度坂を転がり出した石は、止まることを知らなかった――――。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【 紅き蝶の夢語り 】~すべてを敵に回しても、あなたを永遠に守ると誓う~

柚月なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿ 修仙門派のひとつである風明派の道士となった十五歳の少年、天雨は、時々不思議な夢を見ることがあった。それは幼い頃の自分と、顔が思い出せない少女との夢。数年前に魔族に両親を殺された過去があり、それ以前の幼い頃の記憶が曖昧になっていた。 夢は過去の出来事なのか。 それともただの夢なのか。 紅き蝶が導く、愛と裏切りの中華BLファンタジー。 ※この小説は、中華BLファンタジーです。BL要素が苦手な方はその旨ご了承の上、本編をお楽しみください。アルファポリスさん、カクヨムさんにて公開中です。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた

しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエル・クーレルがなんだかんだあって、兄×2や学園の友達etc…に溺愛される??? 家庭環境複雑だけれど、皆に愛されながら毎日を必死に生きる、ノエルの物語です。 R表現の際には※をつけさせて頂きます。当分は無い予定です。 現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、現在まで多くの方に閲覧頂いている為、改稿が終わり次第完結までの展開を書き進めようと思っております。 (第1章の改稿が完了しました。2024/11/17) (第2章の改稿が完了しました。2024/12/18)

処理中です...