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第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。

1-9 試合という名の大乱闘

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 宮殿内にある闘技場には観覧席が用意されており、大王の後ろには七人の妃たちと、その皇子たちが控えていた。

 遠目で見てもどの魔族たちよりも端正で美しい者たちばかりで、その中に赤子を抱いた妃がいた。

(七人の皇子たちは、全員が赤い眼ってわけじゃないんだな、)

 先日魔窟で会った大王も、切れ長の赤い眼をしていた。闘技場の舞台から観覧席までの距離は遠くなく、顔もぼんやりとだが窺える。

 妃たちは魔族だろうか。それとも鬼や人間?皇子たちの見た目を考えると、妃たちは皆若く感じる。やはりひとではないのだろう。

 赤子を抱いている妃は、他の妃たちとはどこか雰囲気が違い、穏やかで優しそうな感じがする。瞳が大きく、一番若く見えた。赤子が生まれたばかりだとすれば、最近妃に迎えられたのかもしれない。

 赤い瞳が魔王になる条件ということから、皇子たちの中でも優遇が違うようだ。その妃もその恩恵を受けているはず。身に付けている衣や飾りに、それぞれ差があった。

 生まれた第七皇子が第三位ということは、あのふたりのどちらかが、第一位と第二位なのだろう。

 赤い瞳の皇子たちが纏うのは上質な黒い衣。他の皇子たちが纏うのは、それぞれ黒以外の色だった。

 薄青、深緑、薄桃、淡黄の鮮やかな色の衣が目に入る。いずれも上質なものに違いない。

 それぞれ顔つきも違う。にこにこしている奴もいれば、不機嫌そうな奴もいる。嫌な笑みを浮かべて落ち着きのなさそうな奴、冷淡そうな奴、童顔な奴、陰湿で暗そうな奴と、個性的な皇子たちと言えよう。

 その六人の中で、冷淡そうな皇子と、落ち着きのなさそうな皇子が赤い瞳をしており、このふたりと第七皇子が魔王候補ということになる。

 今回は第七皇子の護衛官を決める選抜試合と聞いたが、呼ばれていた武官の数は碧雲ビーユンを含めて二十人。大勢の大人の中に子供が紛れ込んだような、そんな感覚。どう見ても場違いだった。

(······いや、これ無理じゃないか?)

 自分よりも背も高く、体格も良い。きっと名のある武官たちなのだろう。
 正直、勝ち残れる気がしない。

 なぜあの大王は自分にこの機会を与えたのか。ただの気まぐれか、それともあの魔窟で生き残ったことへの褒美?

(けど、ここで名を揚げることができたら、魔界でめられることもなくなるだろう)

 魔窟にいる時は、ただ生き残ることだけを考えて生き抜いてきた。つい昨日までだ。その気持ちはそんなに簡単に消えるものではないし、この先もなにかある度に思い出すだろう。悪い意味で。

「これより、試合を始める」

 その合図と共に、武官たちの空気が変わる。勝ち残るという以外、どういう試合なのかを聞いていなかった碧雲ビーユンは、その鋭い殺気に対して、目が覚めるようだった。

 突然、武官たちが武器を手に取り、近くにいる者にその切っ先を向け始める。

 この様子だと、一対一というよりも、このまま無作為に戦い合うという感じだろう。振り翳された刃を反射的に躱し、広い場所へ移動していく。次々に舞台の上から弾き出される武官たち。この一瞬で半数が倒れていた。

鬼子おにごが混ざってるなんて、聞いてないぞ?」

 数人の武官に取り囲まれ、碧雲ビーユンはそれらを見上げて肩を竦めた。その体格差は、まるで子供と大人だ。だが、そんなものは関係なかった。

(魔物たちは皆、俺よりずっとでかく、本能のまま襲ってきた。常に本気で。それとは違い、こいつらは確実に油断してる)

 見た目もただの少年で、彼らに比べて背も小さく細身。嘗められて当然だし、実際一番弱いと思われているはずだ。

「そんなご立派な武官殿が、鬼子おにごの俺などを相手に勝ったと自慢しても、なんの称賛も得られないと思うが?」

「その生意気な口を閉じろ!」

 カッとなった武官は、その太い腕から繰り出したひと薙ぎで仕留めようと、碧雲ビーユンに勢い任せに襲いかかって来た。

 その大振りを身を翻して躱すと、巻き起こった衝撃波によって、後ろにいた者たちが数人巻き込まれ、場外へと飛ばされてしまった。

「ちょこまかと逃げやがって!」

 この武官は力は強いが、その体格の良さもあって動きは少し遅い。全体を眺めてみたが、残りはあと十人いるかどうか。勝ち残るには、目の前の者をさっさと片付けるのが良策だろう。

 身軽に刃を躱しながら、碧雲ビーユンは地面を強く蹴り、真上に高く飛んだ。一瞬の隙をつき、素早く弓を構え、そのまま放つ。それは魔族の右腕を貫き、持っていた武器が手から離れた。

 それを好機とし、下降する勢いを利用して顔面に蹴りを入れる。魔族はその衝撃に耐えられず、地面に仰向けになって倒れた。

 続けて弓を構え、武器を持っている利き手と片足を狙って数人を戦闘不能にし、残るは碧雲ビーユンともうひとりの武官だけとなった。

「やるな。見ない顔だが、鬼子おにごか。そういえば、あの魔窟から生還した者がいたという噂があったが、もしかして君のことかな?」

 集まった武官たちの中でも秀麗な顔立ちのその者は、他の奴らとは違い、どこか物腰も柔らかい。しかし、その眼を見れば只者ではなく、笑顔で話していても殺気が伝わってくる。

 碧雲ビーユンは弓を捨て、その手に剣を取る。

「だとしたら、どうする?」

「魔族の誇りにかけて、鬼子おにごに負けるわけにはいかないのでね。本気で行かせてもらう」

 武官は細身の剣を構え、舞うように攻撃を繰り出してくる。その動きは読みづらく、ギリギリで躱したつもりがどうやっても斬られてしまうのだ。ひとつひとつの傷は浅いが、複数になれば話は変わってくる。

 碧雲ビーユンの剣技は完全に自己流で、生き抜くために身に付けたもの。強い殺気に素早く反応し、相手の急所を一撃で仕留めるのが得意だった。

 だが、目の前の者の殺気は、途切れ途切れで反応しにくい。あえてそうしているようにも見える。

(····このまま長引けば、確実にこちらがやられる)

 笑みを浮かべ余裕のある武官に対して、自分が不利だと悟る。このままやられる気もないが、策は必要だろう。

 躱しながらなにか糸口がないか、観察を続ける。魔物たちと戦っている時も、同じことをしていた。

 奴らは個々に特性が違い、もちろん言葉など通じない。弱点を見極めることで、何度も葬ることができた。

(この剣舞のような動き、よく見ると一瞬だけ不規則な一撃が混ざっている)

 その不規則な動きを、どうやら毎回くらってしまうようだ。それさえ見極めて躱せば、こちらの反撃も可能かもしれない。碧雲ビーユンはすぅと息を吸い込み、それからゆっくりと吐き出す。

 そして、遂にその時が来る。
 繰り出された突きに対して刃を受け流し、そのまま前に突っ込んで行く。

「な····に······っ」

 喉元すれすれで切っ先を止め、完全に殺されると思っていただろう武官が、ゆっくりとその場に膝を付いた。

 剣を翳す碧雲ビーユンに、跪くような形で情けない姿を晒し、同時に、そこまで!と誰かの声が響く。

「よくやった。どうやら私の目に、狂いはなかったようだな、」

 その声の主は、あの大王のモノで、その場にいた観覧者たちが口々に王に対して称賛の声を上げた。

「今日、この時を以て、この者を第七皇子の護衛官とする」



 かくして、碧雲ビーユンは鬼でありながら他の魔族の武官たちを差し置いて、最速で最高位の護衛官となった。もちろん運もあったが、それも含めて天が彼に味方したと言っていいだろう。

 このことは魔界全土に知れ渡り、第七皇子の未来も明るいだろうと皆が口を揃えて称えた。
 
 しかしその数年後、まさかあんな事件が起こるとは、この時は誰も予想だにしていなかった――――。


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