彩雲華胥

柚月なぎ

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第三章 光架

3-11 迷いの森

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 竜虎りゅうこたちと別れ、無明むみょうたちは紅鏡こうきょう寄りに聳え立つ名もなき山に向かっていた。紅鏡こうきょうは、碧水へきすい玉兎ぎょくと光焔こうえん金華きんかのちょうど真ん中。金華きんか紅鏡こうきょうから見て東に位置する、青龍が守護する地。

 光焔こうえんにて銀朱ぎんしゅからもらった情報を基に、三人は光架こうかの民が拠点にしているだろう山の頂を目指す。

紅鏡こうきょう金華きんかの間にあるふたつの山。この山に間違って足を踏み入れてしまった者は、迷いの森に誘われ、散々歩かされたあげく、元来た道に戻されてしまうという噂が····。人払いの結界かなにかが敷かれているのではないかと』

 そう、この先に待つ山はふたつある。手前の山で見つからなければさらに奥まで行く必要があるだろう。そうなると仙術大会まで間に合うかもあやしくなってくる。無明むみょうはいいとしても、白笶びゃくや白群びゃくぐんの術士たちのまとめ役として白冰はくひょうに頼まれていた。

「ここは、真面目に登山っていうよりも飛んで行くのが正解じゃない?」

 そう逢魔おうまが提案するのも無理はない。山の頂まではかなりの距離があり、迷いの森に捕まっている余裕もないのだ。力を使ってでも一気に頂まで飛んでしまうのが効率も良いだろう。

「うーん。迷いの結界がどの範囲で展開されているか、確認した方がいいかも」

「とりあえず、相当広い範囲で展開されているのは確かかもね。楽して頂上までっていうのは、そもそも駄目ってことかな、」

「それができるなら、迷いの森の噂も生まれないんじゃない?」

 仮に結界が森だけでなく、山の入口を含む上空にまで及んでいたら元も子もない。しかし結界を壊すというのは得策ではないだろう。光架こうかの民は身を隠したいようだから、結界が壊れれば異変と気付き移動してしまう可能性もある。

「神子である無明むみょうがここに来ていることに気付いていないはずがない。光架こうかの民は動物の視界を共有して、情報を得たりもするらしい。その辺りにいる鳥を通してこちらを監視しているかもしれない」

 白笶びゃくやは自分が知り得る光架こうかの民の能力を、静かな口調でふたりに伝える。どこにでもいて常に視て・・いるというのは、そういうことなのだ。

「じゃあ、このまま進もう。気付いてくれた上で拒否されるのか、それとも受け入れてくれるのか。彼らの意向を尊重するしかないと思う」

 今までの経緯を視ていたのだとしたら、試されているのかもしれない。

「君が思う通りにすればいい」

「でもやっぱり気になるから、試しに一回やってみてもいい?」

 逢魔おうまは片目を閉じて興味津々の表情で見下ろしてくる。無明むみょうは苦笑して、駄目だよ、と首を振った。とにかく、この森を抜けて山の入口を目指すことにした無明むみょうたち。気になるのは空模様で、どんどん薄暗い雲が頭上を覆っていく。雨が降ってきたら厄介だ。三人は無明むみょうを真ん中にして縦一列になって歩く。先頭は白笶びゃくやが担い、後方は逢魔おうまに任せた。

「そういえば、光焔こうえんを出る前にあいつとなにを話したの?」

「あいつって、蓉緋ゆうひ様のこと?」

 後ろを半分だけ振り向きながら逢魔おうまを見上げる。

「お願いをしてきた。夢月むげつ、というか姚泉ようせん様の心残りを伝えた上で、紅宮こうきゅうの次の主の件を蓉緋ゆうひ様に託してきたんだ」

夢月むげつ、ねえ」

 夢月むげつ翠花すいかとして当面は大人しくしていることだろう。無明むみょうは甘いなぁと逢魔おうまは肩を竦めた。彼女が今までやっていたことを赦すとか、そいういうのではなくて。この先どうやってその罪を償いながら生きていくのかを、見守るつもりなのだろう。そのためなら何度だって手を差し伸べると?

「前に言ったけど、彼女の真名は呼ばないでね、」

逢魔おうまがいる時は呼ばないよ」

「約束だよ? 絶対だからね?」

「うん、約束する」

 なんだか面倒なことになりそうだし。そもそも翠花すいかとして生きることを決めたばかりの夢月むげつを呼ぶような事態にはならないだろう。

「迷いの森って、紅鏡こうきょうの森を思い出すね! あの時は本当にびっくりしたんだから」

 殭屍きょうしや妖者だらけの森を通って渓谷まで抜ける目的で、白冰はくひょうたち白群びゃくぐんの一行と旅立ってすぐのこと。無明むみょうは渓谷の妖鬼として有名だった逢魔おうまに攫われたのだ。その後、白笶びゃくや竜虎りゅうこが救出に来たわけだが、あの時はまさかこんな風に一緒に旅をすることになるなんて、思ってもみなかった。

 碧水へきすいで二度目に出会ったのは、無明むみょうが真名を呼んだ時。でも呼ぶ前からずっと近くで見守ってくれていたらしい。なんなら、赤ん坊の時から逢魔おうま無明むみょうを見守っていた。ずっと、待っていたのだと。

「だって、逢いたかったんだ。ずっと、こんな風にまた一緒に旅をしたかった。師父と神子と俺で、昔みたいに。四神の契約を終わらせたら、無明むみょうはどうするつもり? 紅鏡こうきょうで黄龍の封印を解いて守護結界を完全なものにした、その後は?」

 四神と契約を交わすことで、その中央で眠る黄龍を目覚めさせることができる。結ばれた契約を完全なものにするには黄龍の封印を解き、このの国全体を守護する必要があると知った。

 しかしその結界はすべての妖者を封じるものではなく、穢れを抑える効果しかない。この国の穢れはもうどうやっても消滅することはなく、だからこそ神子が巡礼して浄化するしかないのだ。

 それが、このセカイの理。
 古から続く呪い。

「俺は神子としての役目を果たすつもりだよ」

 意味深な言い方に、白笶びゃくやは前を見据えたまま眉を顰めた。

 やはり、無明むみょうはなにかを隠している気がする。考え得る最悪の事態は、かつて宵藍しょうらんがしたように自身を犠牲にして邪神を封じるという選択を無明むみょうがしてしまうこと。そうならないように、自分たちは少しの変化も見逃さないように傍にいるしかない。

「その時は、俺たちも一緒だからね?」

「うん····そうだね、」

 優しい声音で無明むみょうは答える。逢魔おうまはそれに対して素直に喜んでいた。しかし心の中ではきっと、同じ想いだろう。

(絶対に、ひとりで背負わせたりはしない。私たちはそのためにいる)

 神子の眷属として。
 永遠の輪廻の呪いが続く限り。
 あの日、失くしてしまったものを絶対に守り抜くと決めた。

 そのためには、烏哭うこくのやろうとしていることを阻止し、邪神を完全に消滅させる必要があるだろう。奴らの目的は未だ不明。四神との契約を止めようとしているわけではないということだけは確か。それがまた不思議でならない。

 光架こうかの民に確かめたいこととはなんなのか。それさえも、無明むみょうはまだ教えてくれない。

「あれ、なんだろう?」

 はた、と白笶びゃくや無明むみょうの声で我に返る。無明むみょうが指差す先。そこには、不自然に置かれた割れた鏡の欠片があった。足を止めて遠目でそれを確認した矢先、風もないのに頭上でざわざわと木々が音を立てて揺れ出す。

「気を付けて、」

 嫌な予感がして警戒をしたのも束の間。
 地面に置かれていた鏡の破片が一瞬にして強い光を放ち、気付けば辺り一面が白い光に包まれていた――――。


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