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第三章 光架
3-2 光架の民
しおりを挟む光焔の市井を歩くのはここに来て三度目だが、じっくり見て回る余裕はなかったため、ある意味新鮮な気持ちになる。朱雀が守護する地である影響もあり、この地域は火を活用した職業が多いようだ。職人が多く、鍛冶屋や金物屋などが軒を連ねており、あの鳳凰の儀での盛り上がりを見るように、ノリの良い民が多いようだ。
無明たちは今回の件で世話になった、銀朱が店主を務める福寿堂へと足を運んでいた。協力してもらった御礼と、ある事について知るために訪れたのだが、無明と白笶が店に入るなり作業をしていた者たちが一斉にその場に跪いたため、ふたりは顔を見合わせて苦笑を浮かべるしかなかった。
「皆、無明殿を困らせてはいけないよ? 普通に接して欲しいと宗主からも言われている。さ、畏まった挨拶はもういいから、自分たちの仕事に戻って」
奥からやってきた銀朱が今の状況を察して動いてくれたおかげで、跪いていた者たちはわらわらと元の作業に戻って行く。朱雀の神子としてここにやって来た時を思い出す。
あの時は今より人数も多く、この店の者たちが全員で跪いて出迎えてくれたのだが、その光景は圧巻で、無明はちょっと苦手だった。
「無明殿に白笶公子、お待ちしておりました。さ、こちらへどうぞ」
蓉緋とほぼ同年代だが、落ち着いた雰囲気の好青年である銀朱は、穏やかな笑みを浮かべて奥の部屋へとふたりを促す。肩までの長さの黒髪を後ろで縛り、長い前髪を真ん中で分けている彼の瞳も朱色。銀朱もまた、蓉緋や花緋のように二代前の宗主の頃に生まれた孤児だった。
緋の一族でありながらも、先日の鳳凰の儀の後もなお、市井に身を置いている。蓉緋が宗主になったことで、市井で暮らしていた『緋の一族として認められていなかった』者たちも、希望があれば朱雀宮への移住を許可された。
しかし銀朱は今のまま、市井の状況を改善するためにも、蓉緋の片腕としてこの福寿堂で活動することを自ら志願したらしい。というか、ここのひとたちはほとんどの者が現状維持を望んだようだ。
鶯色の上衣下裳に、白い衣を肩から掛けている銀朱の後ろに続くように、無明と白笶は並んで歩く。ふたりが案内された場所は、彼の自室だった。
「うわぁ····書物がいっぱい!」
扉が開かれてすぐに目に飛び込んできたのは、壁一面に並んだ本棚と、それを埋め尽くしている書物たち。白群が管理している蔵書閣ほどではないが、無明を喜ばせるには十分な光景だった。
「無明殿は書物がお好きなんですか?」
「うん! 新しい知識を頭に入れることはすごく楽しいし、想像するのも楽しい!」
中に入るなり無明は駆け出して、本棚を見上げて嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。白笶はそれに安堵しつつも、心配なのか遅れて無明の横に立った。
「白笶公子があの華守だったことも含めて、驚かされてばかりです。以前お話した通り、私は古い文献を読むのが好きで、過去のこの国のことや晦冥崗での戦い、そして光架の民のことなどを趣味で研究しているんです。しかしながら文献の中にも詳しく記されたものは少なく、それはなぜなのかと疑問に思っていました」
椅子を用意し、無明たちに座るように促す。今回ここを訪れた理由は、まさに彼が研究しているというあることをについて訊ねるためであり、書物を眺めることではなかったと、無明は惜しみながらも本棚に背を向けた。
「意図的に神子に関する文献を残さないようにしているんじゃないかと、私は考えています。なぜならどの古い文献を調べても、書いてある情報はほとんど同じで、それらの文献を残したのはおそらく、光架の民なのではないかと思っています」
「前に銀朱さんが言っていた、記録の民ってそういう意味なの?」
「まあ、私の予想でしかないのですが。この国のあらゆる文献は、記録の民である光架の民が書き綴ったものだと思っています。なぜなら、光架の民は古の民であり、その一族の中からしか神子は生まれない。彼らはこの地に干渉せず、必要な時しか現れないと言います」
そのひとつとして挙げられるのが、一年に一度、紅鏡の地で行われる四神奉納祭だろう。
無明が毒に倒れた藍歌の代わりに舞った四神奉納舞。藍歌は光架の民であり、その子である無明もまた、同じ血が流れている。今生で神子の魂が転生できたのは、光架の民である藍歌が偶然にも同じ時宜に子を身籠ったからだろう。
「光架の民である藍歌殿が紅鏡に嫁いでからは、一度もその姿を現しておらず、しかし、記録の民という言葉から、光架の民はどこにでもいて、常にこの国を観察しているのだと私は考えているんです」
白笶は無表情のまま、銀朱の言葉を聞いていた。かつて黎明として神子の華守に選ばれた後、光架の民が住まうという山の麓に足を運んだ。
十五歳になった神子は山を下り、国を巡礼するのが決まりだったからだ。神子を迎えるため、指定された場所で待っていた黎明の前に現われたのが、神子として生まれた宵藍だった。
(光架の民とは、華守である私でさえ会ったことはない。けれどもいつだったか、宵藍が言っていた気がする)
五百十数年以上前の事。宵藍と交わした言葉は、今でも一言一句忘れることなく胸に刻まれている。あれは、玉兎の地で幼い頃の逢魔と出会い、共に旅をすることを決めたばかりの頃だった。
『神子が鬼子を連れて旅をするなど、前代未聞な事態、光架の民はなにも言ってこないのか?』
『うーん。どうだろう。誰かしらそのあたりで視てるだろうから、もうすでに皆に伝わってるんじゃない? 地獄耳とは、まさに彼らのためにある言葉かもね!』
『うわさ話が好きなひとたちってこと?』
『ふふ。そうだね。でも、それが彼らの使命だから仕方ないかな』
言って、宵藍は幼い逢魔の小さな手を握りしめていた。あの時はそれ以上追及することはなかったが、今思えばそういうことだったのだろう。どこにでもいて、けれども誰にも認識されていない。あらゆる出来事を記録し保管しているにもかかわらず、開示している内容は限定されているのだ。
「銀朱さん、光架の民が住む山ってどこにあるかわかる?」
無明は興味があった。光架の民という存在に。藍歌に訊けば済む話なのだが、紅鏡に辿り着く前に知らなければならないこともある。確かめなくてはならないことが、ある。
「正直、所在に関してはまったく情報がありません。どこかの山、とだけ昔から伝えられていますが。おそらく、それらしき山を特定するならば、この辺りではないかと思われます」
銀朱はこの国の簡易的な地図を広げ、自信なさげにひと指し指をある場所に置いた。
無明と白笶は指示された場所を確認し、それからお互い視線を交わす。
「紅鏡と金華の間にあるふたつの山。この山に間違って足を踏み入れてしまった者は、迷いの森に誘われ、散々歩かされたあげく、元来た道に戻されてしまうという噂が····。人払いの結界かなにかが敷かれているのではないかと」
「白笶はどう思う?」
「光架の民は自分たちの居場所を知られないようにするため、拠点を移すこともあるらしい。その情報が最近のものなら、あり得なくもないだろう」
光架の民の現在の長は、藍歌の父。つまり、無明にとっては祖父でもある。
「じゃあ、決まりだね」
無明は小さく頷き、ひとり言でも言うかのように、そう呟くのだった。
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