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第二章 鳳凰
2-26 穴だらけの計画
しおりを挟む豊緋は朱雀の神子を見上げ、嫌味を込めて口の端を吊り上げた。その笑みは彼の心情がわかりやすく表情に反映されていて、どこか闇深く、不気味ささえ感じる。
正直な話、無明は彼がどうしてそこまで蓉緋を目の敵にしているのかを知らない。どんな事情があってここまでやるのか、理解できるかも難しい。
それでも、それが正当なものなのであれば、理解しようという気持ちはあったので、無明は固い舞台の上に座ったままの豊緋を見下ろし、赤い面紗の奥で口を開いた。
「豊緋、さん? 訊きたいことがあるんだけど」
「たかが朱雀の神子ごときに、俺に質問する権利があるとでも?」
この鳳凰の儀においての神子の役割は、宗主となる者の装飾品のようなもので、本来の朱雀の神子としての意味合いはない。故に、参加する緋の一族たちにとって、宗主の座に就くための道具のようなものだった。
「豊緋さんは、どうして宗主になりたいの?」
「は? お前には関係のないことだろう?」
「うーん。関係ないっていわれちゃうと、それまでなんだけど」
無明はとっくに朱雀の神子を演じるのを止めており、そのまま無明として話をすることを決めた。というのも、目の前の者に対しておっとりとした敬語で話すのが面倒になったというのが正しいだろう。
腕を後ろに回したまま首を傾げ、わざと豊緋が感情的になるように仕向けていた。これは用意周到のようにみえて、穴だらけの計画。彼を慕う者ももちろんいるのだろうが、この舞台上にはおそらくもういない。
「あなたがこの舞台の外でやろうとしていることに、すごく興味があるんだ」
そのひと言に、豊緋の眉がぴくりと動いた。
「さっき、観覧席で変な動きをしているひとがいたよ? なにしてるのかなって、すごく気になったんだ。もしかして、なにか悪いことをしているんじゃないかって」
視線を泳がせるように観覧席を気にする素振りをみせ、再び無明に戻す。やはりなにか指示を出していたようだ。
そんな中、竜虎たちの姿が見えなくなっている事に気付いた無明は、ぽつんとひとりで心配そうにこちらを眺めている清婉に唐突に手を振ってみせる。
すぐに自分に対して手を振っていると気付いた清婉が、「こんな時になにをしてるんですか!?」という困惑した顔で口をぱくぱくさせていた。
「そこまでして、宗主になりたいの?」
「何か勘違いをしていないか?」
それに対して、豊緋は不安の色を見せるどころか、にやりと笑みを浮かべた。無明はそれを冷静に受け止め、その真意を読み取ろうと努める。本当の目的は別のところにあるということだろう。
「ひとつ良いことを教えてやろう。俺は、宗主になりたいんじゃない。宗主という存在自体を地の底へ陥れたいのさ。あの蓉緋が民の信頼を失い、非難される姿を見るためなら、どんなことでもする」
かつて、自分の両親を見殺しにした宗主。前宗主の謀反のせいで行き場を失った恨み。その宗主も蓉緋によってすぐに交代した。
豊緋の恨みは宗主という"存在"に対しての理不尽な恨みへと変わっていく。
「他がどうなろうと、知ったことではない」
観覧席に仕掛けさせた火薬の量は僅かだが、別の場所にいくつも置くように指示してある。符を連動させて同時に発動させれば、驚いた民たちは混乱し、逃げ惑うことになるだろう。
そしてこの儀式が中止になるようなことになれば、すべて宗主の責任となり、怪我人や死人が出ればさらにその罪を問われる。
「民を守れなかった宗主。あいつはそうやって信頼を失っていき、それを起こした犯人が一族の者だなんてわかった日には、この地は完全に終わりだな」
はは! と興奮した面持ちで豊緋は高笑いをした。その考えは思っていた以上に歪で、あまりにも幼稚だった。
「うん、でもそうはならないと思うよ?」
豊緋の狂ったような笑いがぴたりと止まる。その声はどこまでも平然としており、どこまでも優しい声音だった。無明は急に興味を無くしたのかくるりと踵を返し、豊緋に背を向ける。花嫁衣裳の裾がひらりと揺れ、その赤に自然と視線が奪われた。
そしてふと蓉緋たちの方を見れば、勝手に向かって行った者たちがすでに地に伏してのびており、本気でやり合っていた花緋もまた、その場に跪いている姿があった。
蓉緋はひとを馬鹿にしたような、憐れんでいるかのような、見下しているかのような、どうとでもとれる視線をこちらに向け、朱雀の神子はその傍らで足を止める。
(ふん、誰も俺を止めることなどできまい! 符を発動させれば、終わりだ!)
袖から符を取り出し、豊緋は自信に満ちた表情で蓉緋を睨みつけた。
この符が合図となり、他の符も連動して燃え上がるように作られている。そうなれば、火薬に着火し観覧席の一部を次々に吹き飛ばすだろう。
符に霊力を込めると、光を湛えた。同時に豊緋の指に挟まれた符が燃え上がる。
これでもう、引き返すことはできない。
「そこまで!」
上空から声が降り注ぐ。その声は穏やかな中にも厳しさを含んでいた。突如頭の上で響いた声に、観覧席にいる民たちの声援が静まり「なんだ、どうした」と口々に囁き出す。
決着を目前にして中断されたことに、民たちは困惑していたが、舞台の上にひらりと舞い降りた者の容姿を目にした途端、老若男女関係なく黄色い声が観覧席から上がる。
それもそのはず。そこに悠然と立っていたのは、この国でその姿を知らない者はいないだろう存在、あの白獅子だったからだ。
豊緋は、発動させたはずの符の効力が一瞬にして消え失せたことにも気付かない。しかも悲鳴が上がるどころか、歓声が上がっているのだから、なにがなんだかわからなくなっていたのだ。
白い羽織には銀の糸で描かれた一匹の白獅子。羽織の下に纏う衣もまた白で、腰帯も白だが、帯を飾る長綬と短綬は薄青だった。長い黒髪は上の方だけ団子にして纏め、それ以外は背中に垂らしている穏やかな表情の青年は、注目されている舞台の真ん中で、大層丁寧に拱手礼をしてみせた。
「皆さん、お楽しみのところすまない。私は白獅子、虎斗。この鳳凰の儀において、重大な違反があったため中断することを、どうか許して欲しい」
虎斗は視線だけ遠くにいる白鷺老師と交わし、お互いに頷く。その傍らには白笶の姿もあったが、一緒に行動していたはずの銀朱はいなかった。
民たちと同様、状況がわかっていない豊緋は、その有無をいわせない高貴な気に気圧され、身動きが取れずにいた。
「ここからが本番だよ、」
そんな中、ある者が口を開く。その者は頭から被っていた赤い面紗をポイッと投げ捨て、くすりとその美しい顔に笑みを浮かべる。
風で飛ばされた面紗は空高く舞い上がり、澄みわたった青い空を悠々と泳ぐのだった。
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