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第二章 鳳凰
2-25 仕掛ける
しおりを挟む竜虎たちは銀朱と合流し、予め皆に渡していた通霊符を使って状況を確認する。彼らの声は観衆の声に混ざって目立つことはなく、皆の視線は舞台に注がれているため、気にするような者もいない。
『頭領、奴ら妙な動きを始めたようです。これ以上近づくと気付かれそうなので距離を置いているんですが····なにか地面に、』
符から聞こえていた声が急に途切れ、銀朱は眉を顰める。
「どうしました? 何か問題でも、」
『奴らがなにを仕掛けたのかわかりました!』
途切れたと思った声が、何事もなかったかのように聞こえてきたと思えば、その声は焦りからか先程よりも早口になり、事の重大さを物語っていた。おそらく、目の前の怪しい動きをしていた者が離れた隙に、そこまで一気に距離を縮めたのだろう。
『微量の火薬が入った袋と炎咒の符です! まさか奴ら、観衆を人質にして蓉緋様を脅す気なんじゃ』
「落ち着いて。他にも設置されている可能性があります。まずはそれらを見つけ、できるだけ回収すること。無暗に符は剥がさず、私のところまで持って来てください」
何人かが同時に返事をする。それを聞いていた竜虎たちは、少なからず不安を覚えた。いくら宗主の座が欲しいとはいえ、これはやりすぎだろう。もはやここまでくると狂気としか思えない。一番守らなければならない民を犠牲にしてまで、蓉緋を陥れたいのだろうか。
「これは黙って見ているわけにはいかなくなったね。竜虎、私について来なさい。君は彼らを頼む。なにかあれば各々臨機応変に対応すること」
白獅子である虎斗は竜虎を連れ、別行動をすることを告げる。白笶《びゃくや》は無言で頷き、銀朱は銀朱でやることがあるためそのやり取りを気にしつつ、他の者たちと連絡を取る。
「白獅子殿や竜虎くんがいれば、彼らの能力である術の無効化でなんとかなるでしょうが····現状を舞台上にいる蓉緋たちに知らせる術がありません」
相手もまた、自分たちの仕掛けた物が回収されているとも知らないわけだから、自信満々に告げるだろう。それを信じれば最後、脅しは成功することになる。
「火薬を回収し、白鷺老師に鳳凰の儀の中断を申し出ましょう」
規則の中に火薬や毒の禁止事項がある。銀朱は穏やかな表情のまま朱色の眼を白笶に向けた。白笶もまた、その提案に賛成の意を示す。本来の鳳凰の儀を取り戻すにしても、民たちになにかあれば無明が悲しむだけだった。
「あの火薬以外にもなにか仕掛けていないという、確信も持てません」
「····ああ、だから虎斗殿も自ら動いたのだろう」
では、行きましょうと銀朱は白い衣を翻し、反対方向へと身体を向ける。白笶もまた、舞台に背を向けた。無明ならきっと大丈夫だ。なにより、逢魔も傍にいる。あれがいる限り、指の一本も触れさせないはずだ。
自分たちにできることを、する。
無明たちも最善の方法を探りながら頑張っている。白笶は舞台を背にして目を伏せ、ゆっくりと前を見据えた。
******
逢魔は無明を守りながらも、白笶たちの動きを定期的に観察していた。
少し前まで皆が座っていた観覧席から清婉以外全員いなくなっている。それには無明も気付いたらしく、視線だけでお互いが理解した。
(さっきの奴らが何か仕掛けたってことか。長引かせるのもよくないかもな)
観覧席で不自然な動きを目にし、無明も気にはしていたがなにをしているのかまでは把握できずにいた。あっちは白笶たちに任せるしかないだろう。
(あのひとが動かないのは、合図かなにかを待っているのかも)
豊緋がこちらをじっと見たままなにもせず、時々仲間に指示を出す様子を見逃さないようにしていた。現状、舞台上に残る緋の一族はもう数えるくらいしかいないかった。無明たちの前にいる豊緋と他五名。蓉緋と花緋。ふたりの戦いもいよいよ佳境といったところだろう。
(あいつら、本気でやりあってるけど····本来の目的忘れてないか?)
最初こそ周りを蹴散らすために派手にやっていたが、今はもうふたりの邪魔をする者もいない。そうなると、元々ふたりに流れる緋の一族の血が、目の前の強者への闘争本能に勝てず、剣技にも力が入る始末。なにより、ふたりの眼の色が、明らかに戦いを楽しんでいる者のそれになっていた。
やれやれと逢魔は頬を掻き、呆れ顔で肩を竦める。無明も苦笑を浮かべ、あははと小さく笑った。
(蓉緋様も花緋さんも、こんな風に戦う機会がなかったのかもね。俺たちは俺たちで目の前の問題をどうにかしよう)
横に立つ逢魔を見上げ、無明はこくりと頷いた。
(このままあちらの思惑に合わせる必要はないと思うけど····朱雀の神子は、あくまで向かってくる者に対して身を守ることを許されている。自分からなにかをするのは規則に反してしまう)
(あなたに任せるよ、)
相手がこちらを攻撃するように仕向けるには、どうしたらいいか。これはもう、相手を煽るしかないだろう。無明はふうと赤い面紗の奥で気持ちを整え、宵藍でも朱雀の神子でもなく、無明として舞台に立つ。
「おじさんたち、もう遊んでくれないの? さっきまであんなに遊んでくれたのに!」
おじさん、と呼ばれた豊緋たちの眉が、ぴくりと反応するのを逢魔は見逃さなかった。もちろん、無明も気付いている。それに拍車をかけるように腕を後ろで組み、前屈みになって首を傾げて見せた。
「あれ~? もしかして、蓉緋様たちの決着を待ってるとか? 緋の一族って、みんな強いんでしょ? 強いのに戦わないのって、変だよね? もしかして、おじさんたちって弱いの? だから蓉緋様じゃなくて俺にばかりちょっかい出してくるのかな?」
うーん、と人差し指を頬に当てて、無明はわざとらしくわかっていないフリを装いながら、豊緋を含む他の者たちを煽り出す。
ぴくぴくと豊緋の周りの男たちが口元を引きつらせたことで、無明に対して苛立っているのが目に見えてわかる。豊緋の指示でそうしているだけで、本来の自分たちは違うとでも言いたいのだろう。
「朱雀の神子の分際で、生意気な!」
「おい、やめろ。挑発に乗るな」
「俺たちが弱いだと? 笑わせるな! 本来の力の半分も出していない。そんなこともわからないくせに、いい気になるなよ!」
「おい、止めろと言っているだろう! お前たちは俺の指示に従っていればいいんだ! そうすれば俺が宗主になった時に····」
言っている途中で豊緋はひとりの男に胸ぐらを掴まれ、睨まれる。
「ああそうだったな。だが、お前がどんな手段で宗主になろうとしているのか、他の奴らが知ったら、今後、誰一人としてお前の指示など聞かないだろうし、裏で笑われるのがオチだぜ?」
思った以上に内輪揉めが大きくなり、彼らの不満が大きいことを知る。無明はくすりと小さく笑い、とどめのひと言を言い放つ。
「おじさんたちって、仲良しじゃなかったんだね! じゃあなんで、わざわざ弱いふりをする必要があるの? 強いのに、どうして戦わないの?」
豊緋の胸ぐらを掴んでいた男の眼に、強い光が宿る。豊緋は思わず「ひぃっ!?」と小さく悲鳴を上げた。その様子にとうとう不満が爆発し、豊緋以外の五人が各々刀剣を手に蓉緋たちの方を見据える。
男はぶんと勢いよく邪魔なものを投げ捨てると、ころころと勢いよく転がった豊緋の身体は、場外になるギリギリのところなんとか運良く留まった。五人は「行くぞ!」とお互いに頷き、蓉緋たちの方へと駆けて行くのだった。
ひとり残された豊緋はなんとか身体を起こし、その場に座り込んだまま、協力者だった男たちが離れていくのを呆然と見ていた。
彼らは即席の協力者で、元々自分を宗主にするために集まってくれていた者たちは、早々にふたりの戦いに巻き込まれて場外へ飛ばされていたのだ。つまり、彼を慕う者はもうこの舞台の上には存在しないということ。
くそ! と心の中で悪態をつき、その原因を齎した神子を仰ぎ見た。気付けば花嫁衣裳を纏った朱雀の神子が、彼の手の届くところにいる。
豊緋はにやりと嫌な笑みを浮かべ、無明はただ静かに彼を見下ろしていた。
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