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第二章 鳳凰
2-23 嵐の前の静けさ
しおりを挟む無明は夢の中での修練の成果を発揮していた。朱雀の神子はこの儀式において、あくまでも自分の身を守るために、向かってくる者を排除することを許されている。
ほとんどは蓉緋を狙って動いている者が多いのだが、花緋がそれを許すわけもなく、ふたりの戦いに横槍を入れたが最後、その無粋な者たちは皆、場外へと飛ばされていた。
それを目の当たりにした者たちの内、数人が別の手段を取ることはわかっていた。別の手段とは、朱雀の神子を捕まえること。この儀式において、宗主となるための条件は、最後に朱雀の神子と共に舞台の上に立っていた者、なのだ。
(やっぱりこうなるんだね······手加減する余裕はないかも)
間違っても殺めるということはないが、全治一ヶ月くらいの怪我を負わせてしまう可能性はあるだろう。無明は蓉緋との距離を計算しつつ、自分の周りに集まって来た数人に対して心の中で謝るしかなかった。
「大人しくしていれば、俺たちも手は出さないさ。ほら、こっちへ来るんだ」
無明の腕を掴もうとしている大柄の男の手には、当然のように刀剣が握られており、手は出さないと言いながらもしっかりと脅迫しているのだ。
「おい、聞いたか? 今回の朱雀の神子は宗主のお手付きらしいぜ?」
「そうなのか? じゃあ宗主から奪うのは朱雀の神子じゃなくて、宗主の女ってことか?」
にやにやとして嫌な表情に、無明はぞくりと背筋に悪寒がはしる。言っている意味はよくわからなかったが、なんだか嫌な予感しかしない。
そんな中、その内のひとりが無理矢理腕を掴もうと手を伸ばしてきた。しかしその瞬間、その腕と身体が勢いよく後方へと弾き飛ばされる。
「え? な、なんだ、今のは?」
その場にいた数人の視線が、飛ばされた男に注がれる。彼はすでに場外でぐったりとしており、意識はないようだった。
『汚い手で無明に触れようなんて、俺が赦すとでも思った?』
無明にはその経緯が見えていたため驚くことはなかったのだが、やりすぎだよ、と心の中で訴える。言うまでもなくその犯人は、いつもの青年姿の逢魔である。
無明のすぐ傍にいた彼は、いつもの嫌みな感じのひとを馬鹿にした笑みではなく、恐ろしく冷たい笑みを浮かべて、自分が吹き飛ばした男を見据えていた。逢魔の好き嫌いははっきりしており、容赦がない。あそこでのびている男は、当分は目が覚めないだろう。
そしてその視線はゆっくりと朱雀の神子へと戻される。彼らの視線から、こんな細腕で弱そうなのに、もしかしてやばい奴なのでは?という心の声が聞こえてくる。
「こいつ、今、なにをしたんだ?」
「俺には触ろうとした瞬間、あいつが弾き跳ばされたことしかわからなかったが、」
無明は誤魔化すように、なにか?とこてんと首を傾げてみせる。ざざっと男たちはそれに対して同時に一定の距離を仲良く後退る。
「えっと、私に触れると危険なので、近づかない方が身のためですよ?」
ふふふ、と女性らしい仕草で口元を袖で隠し、面紗で表情が見えない分、大袈裟に演じてみせた。正確には自分に近付くと逢魔が無双するので、色んな意味で最強になってしまう恐れがあった。
(もうなんでも有りなのね。まあ、私があそこにいたら同じことするかもしれないから、なにも言えないけど)
そんな様子を眺めていた姚泉は、ひとまず安堵する。もはや彼らになにができようか。見えていないにしろ、相手はあの逢魔でもあり、あの神子でもあるのだ。どちらが相手でも無謀というものだろう。
だが彼らは自分たちの力を見誤っているのか、数なら勝てると思っているのか、怯みながらも再び神子ににじり寄っていた。
知らぬが仏というやつだろう。
「よく考えてみろ、相手はひとりだ」
「朱雀の神子がそれなりに強いのは当然だ。そういう者が選ばれているわけだからな」
「それに、宗主が離れている今がまさに好機だろう。捕まえて豊緋様に突き出せば、今後も優遇されるはずだ」
どうやら彼らは豊緋を主とする者たちのようだ。
(自分たちで色々とバラしちゃってるけど、いいのかな?)
いいんじゃない? と逢魔が肩を竦めて興味なさそうに答える。そうこうしている内に、男たちは無明を囲んでいた。
少し離れた場所にいる蓉緋と視線が重なった。しかしそれも他の者たちが乱戦していたため、すぐに見えなくなってしまう。それくらい、この舞台の上は混沌としていた。
仕方ない、と無明は眼を閉じる。そして祈るように胸元で指を組んだ。その姿に、囲っていた男たちは抵抗するのを止めたと思ったのか、今だとばかりに大きく一歩を踏み出した。
(白虎、少陰様、力を貸して)
その瞬間、無明を捕らえんとしていた男たちが、地に沈む。突然、なにかに押さえ付けられているかのように全身が重くなり、最後には地面に貼りつくような格好になってしまう。
「な····なんなんだ······これは······っ」
「か、身体が······!」
手加減はしたつもりだが、思っていた以上に強い力が発動していた。男たちは見えない力に底知れない恐怖を覚え、抵抗する気力も失せてしまっている。先程の逢魔の件もあったからか、無明に対しての印象が「やっぱりやばい奴だった!」になってしまったのだろう。
『あなたが気にすることないよ。今の内にここから離れよう』
うん、と無明は踵を返して蓉緋たちの方へと駆ける。あまり近付きすぎるのも危険だが、ある程度は縮めておいた方が良いだろう。
その後も能力を使ってきた者に対して太陰の水の力で相殺したり、あまり目立たないようにするつもりがそうはならなかった。
思いの外、無明が狙われてしまっていることに気付いた蓉緋が、花緋に目配せをする。
ふたりはどさくさに紛れて辺りにいる者たちを蹴り倒し、同時に炎を放つ。それに巻き込まれた者たちも次々と脱落していった。
「やっぱりふたりはすごいね! 息ぴったりだよ」
『無明、俺のことは褒めてくれないの?』
不貞腐れるような顔をして、逢魔が忌々しそうに蓉緋を眺めていた。逢魔もありがとう、と無明は笑顔で答えるが、残念なことにその表情は見えない。
そうこうしている内に、あんなに大勢いたはずの緋の一族の者たちは、その半分以下になっていた。一度状況を確認するために見回すと、残っている者たちは無暗に動かずにこちらの様子を窺っている者が多い。
やはり、蓉緋と花緋の戦いの結末次第で動く気なのだろう。
(なんだろう、嫌な予感がする)
そこまでの危機というものが今のところなく、逆にそれが静かすぎて不安を覚えた。
豊緋もそうだが、一部の者たちの行動があまりにも大人しい。今、平然と残っている者たちがすべて敵なのだとしたら、不気味ささえある。
無明は全体を見ながら、豊緋たちの動きを視ていた。彼らは戦うフリをしながら、なにかを待っているようにも思える。
考えられるのは蓉緋たちの戦いの行方と、朱雀の神子である無明の動きだろう。
だが、その視線の先が何度か観覧しているひとたちの方へと向けられているのを、無明は見逃さなかった。それは先程なんとなく感じた嫌な予感の、予兆だったのかもしれない。
そして、そのなんとなく感じていた嫌な予感が、現実のものとなろうとしていた。
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