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第二章 鳳凰
2-22 開始
しおりを挟む鳳凰舞が終わると、宗主である蓉緋が無明の右手を取って同時にお辞儀をした。途端、ひと呼吸おいた後に闘技場が揺れるほどの歓声で沸いた。
そのほとんどが民たちの歓喜の声だったが、当然だろう。この会場にいるのは光焔の民と緋の一族の関係者で、その比率は民の方が圧倒的に多いのだ。
無明はそんな中、面紗の奥で息を整えていた。優雅で波の少ない四神奉納舞と違い、鳳凰舞は緩急が激しく、霊力を使っていないとしても体力があまりない無明には、かなり疲労感を伴うものだった。
しかも練習とは違い、大勢の人々が見守る中で舞うのだ。痴れ者と名の知れた無明でも、緊張しないわけがない。
「平気か?ここからが本番だ。少しでも休んでいた方が良い」
さすが緋の一族の宗主といったところだろう。蓉緋はあんなに動いたというのに少しも息が乱れておらず、なんならいつも以上に涼しい顔に余裕の笑みを浮かべていた。
「うん、ありがとう。俺も小さい頃からちゃんと修練に参加できていたら、ちょっとは体力もあったのかも」
「不遇だったからこそ、君は今の君になったのだろう?悔やむことなどないさ」
無明はその言葉を聞いて、確かにね、と笑みを零す。あの邸に籠って書物を読み漁ったり、舞を舞ったり、笛を吹いたり、ガラクタを作っていたからこそ、今の自分がいるのだ。修練に参加できないことを諦め、その代わりに得たもの。それが今の自分を形作っているのだ。
「それに、修練をしてその細腕が筋肉で太くなっていたらと思うと····いや、止めておこう。どこもかしこも細くて美しい君のままでいてくれ」
「蓉緋様、それは褒めてくれてるの? それとも貶してるの?」
むぅっと頬を膨らませて、無明は不服そうに訊ねる。面紗に覆われているせいでその顔は蓉緋には見えなかった。
そんな余裕の会話をしている内に、円状の舞台の周りにひとが集まり始める。ここからは無駄口を叩いている暇はないだろう。
その中には花緋もおり、蓉緋をじっと見つめていた。そこにある感情は読み取りづらく、無明は気を引き締める。
緋の一族が纏う真紅の衣。その真紅が舞台を囲む中、黒い衣の上に袖のない臙脂色の衣を纏う花緋は逆に目立つ。もちろん、その容姿も他の緋の一族と比べて断然秀麗であるため、周りの者たちが霞んで見えるのだ。
「おそらく、この先は予定通りに事が進むとは考えない方が良いだろう。君は自分の身を守ることだけを考えてくれ。余裕そうに見えるだろうが、俺も器用な方ではないのでね。しかも花緋が本気で来るなら、余計に出し惜しみもできないだろう。他の者たちも緋の一族の猛者どもだ。手を抜ける者などひとりもいない」
あれでも日々修練を怠らず、手練れと言っても良い者たちばかり。上下関係は年齢ではなく、その力がすべてである緋の一族において、強い者こそが常に正しいのだ。
故に、この鳳凰の儀はそれを民たちの前で知らしめる絶好の機会なのである。最後に朱雀の神子と共に立っていた者が、次の宗主となる。間違った鳳凰の儀ではあるが、血気盛んな一族たちにとって、これ以上の舞台はないだろう。
「これより、鳳凰の儀を始める。参加者は速やかに舞台の上へ」
席から立ち上がった白鷺老師の渋い声が、闘技場に響き渡る。話し始めるとほぼ同時に、しんと静まり返った民たちは、これから始まる舞台に息を呑んでいる様子だった。ここで自分たちが推している蓉緋が負けることがあれば、再びこの地は良くない方向へ逆戻りしてしまうかもしれない。
今以上に良くなるとすれば、やはり蓉緋が宗主を続けてくれること以外ないと知っていたからだ。これは自分たちの運命を握っているといっても過言ではない儀式なのだ。
「皆、この儀式の規則は承知の上であろうが、確認の意味も込めて説明させてもらう。ひとつ、相手を殺すことは禁ず。ひとつ、朱雀の神子を殺すことは禁ず。ただし、予期せぬ事故によって命を落とすことに関しては情状酌量あり。宗主を殺すことは禁ず。これに関しては犯した者はその場で極刑とす。毒や火薬の使用は不可。武器は使用可。術も使用可。能力も使用可。宗主以外を先に倒すという戦略も可。以上の規定に則って行うことを前提とする」
その規定はかなりざっくりとしていたが、要は殺すことや死ぬ可能性の高い道具を使用することは禁じられており、事故、つまり"不測の事態による死亡"に関しては罰せられるが極刑にはならない、ということだ。
(この規則、誰が考えたんだろう。色々と問題がある気がするけど····)
無明は苦笑を浮かべて心の中で呟く。その不慮の事故が起こらないことを祈るしかない。だが間違いなく、彼らはそれを狙ってくるはずだ。宗主の座が欲しい。そのためには邪魔なものは消してしまうのが良いに決まっているからだ。
「皆の健闘を祈る。では、これより開始する!」
老師の合図と共に、けたたましい銅鑼の音が三回響く。それと同時に、舞台を囲む者たちの雰囲気ががらりと変わったのを感じた。舞台の上に数十人が次々と乗って来る。それでも余裕があるくらい、この舞台は広く、闘技場という名に相応しい盛り上がりに圧倒された。
しかし、その数十人の内、約半分が一瞬にして舞台から弾き飛ばされる。
宗主に一矢報いるどころか、指の一本も触れる前に場外へと抛られた者たち。その犯人に対して、豊緋は驚くことはなかった。
(あいつ、やっぱり蓉緋の加勢をする気だな! それこそ規則違反だろう!)
宗主の身内や、宗主に手を貸す可能性のある者は参加できない。それを訴えればこの舞台自体が無効となるだろう。それはそれで困るわけだが、こうなることはなんとなく予想はできていた。
あとでこの件に関して問い詰めるという材料になったことに満足していたのだが、それも雲行きが怪しくなる。
(は? どういうことだ?)
蓉緋の味方として他の者たちを圧倒したと思われた後、そのまま勢いを止めることなく真っすぐに蓉緋に向かって行き、その手に握る刀剣を思い切り振り下ろしたのだ。蓉緋も間髪入れず腰に差していた刀剣を抜き、繰り出された攻撃を防ぐ。
金属同士が激しくぶつかり合い、何度も交わされるその音は、心地の良い音色にはほど遠い。
(やはり、花緋はフリなどではなく、本気で蓉緋を宗主の座から引きずり降ろそうとしているということか?)
ならば、好都合だ。当初の予定通り、奴らを勝手に戦わせて満身創痍にし、漁夫の利を得る。これが最高の終わり方だろう。
豊緋は時間稼ぎのために自分の敵になりそうな者たちに刃を向け、数を減らしていく。
炎が舞い上がる。緋の一族の証であるその朱色の炎は、数人を舞台の外へと追いやり、少しずつ数も減っていく。そんな中、真っ赤な花嫁衣裳を纏った朱雀の神子が視界に映った。
にやり、と豊緋の口元が緩む。
花緋に気を取られ、蓉緋が少しだけ朱雀の神子から距離をとっているのがわかった。それを見た豊緋は、その好機に高揚する。
(これは俺にも運が巡って来たか? このまま隙を見て朱雀の神子を奪い、最後まで舞台の上に立っているだけで、俺の勝ちだ!)
そして宗主となり、蓉緋を失脚させる。その後で奴に何が起ころうと、誰も文句は言わないだろう。そんな想像を膨らませて、豊緋はひとり、密かにほくそ笑むのだった。
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