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第二章 鳳凰
2-21 鳳凰の儀
しおりを挟む鳳凰の儀。設けられた席で見下ろす形で開幕を待つ竜虎たちは、ざわざわとした周りの人々の期待感を肌で感じていた。
二年に一度行われるというその催しは、光焔の民たちにとっても楽しみのひとつのようだ。
それは、開幕直後に行われる鳳凰舞ももちろんだろうが、その後に始まる緋の一族たちの大乱闘も含めて、のようだ。
しかも現宗主である蓉緋は民たちにとって英雄のような扱いで、その他の一族の者たちは"悪"のようなものだった。つまり、自分たちの英雄が悪を挫く姿を期待しているのだ。
「すごい盛り上がりですね。なんだか縮こまってしまいそうです」
清婉が周りの空気に当てられて、竜虎の後ろで竦んでいた。わからなくもない。
自分たちとは別の場所で集まっている、今回の鳳凰の儀に参加をしない者たちや、ちょうど舞台を挟んで真正面に座っている紅宮の主、つまり特級の妖鬼である姚泉を中心に控える数人の女性たち。
それぞれの思惑が交差する中、いよいよ開幕を告げる舞が始まろうとしていた。
「伯父上、上手くいくと思いますか? 俺たちは、ここで見守るしかないなんて、もどかしすぎます」
右隣に座る伯父、虎斗に竜虎は舞台を見つめたまま訊ねる。舞台をぐるりと囲むように造られた闘技場のような場所。
ここから舞台までは近いようで遠い。
緋の一族やその関係者が集まっている場所、紅宮の女性たちが集まっている場所、民たちが集まっている場所、そして自分たちがいる場所。それぞれに区切られている。
白鷺老師はこの儀式の責任者として、さらに別の場所に座ってるのが見える。その周りには、信頼のおける数人の護衛たちで固めているようだ。
「そうだね。どうなるかは始まってみない事にはわからないけれど、私たちにできるのは、どんな些細な動きも見逃さない事、でもある」
「どういう意味ですか?」
「始まれば当然、皆が舞台に注目するだろう? つまりその周りは散漫になる。まあ、それを回避するために彼らを配置しているわけだが、それでも私たちがしなければならないのは、全体を見据える事」
虎斗の言う"彼ら"とは、福寿堂の者たちのことなのだが、ひとりは民に扮し、ひとりは護衛に扮し、ひとりは一族に紛れて身を潜めているのだ。
その他の者たちも裏で密かに行動しているのだが、すべてを把握しているのは店主である銀朱くらいだろう。
「どこから誰が狙っているかわからないこの状況で、舞台の上だけを心配していては、寝首を搔かれてしまう。いいかい、竜虎。よく視ておくといい。いつか君が私の役目を引き継ぐ時、この経験が役に立つだろう。白獅子の本来の役割は、この暉の国を視る事なんだ」
「国を視る、ですか?」
まだ白獅子を引き継ぐとは言っていないが、いずれそうしたいと思っている竜虎は素直に頷く。今の自分には少し難しいと思った。なぜなら、いつだって目の前の事に囚われて、大切な事を見落としてしまうのだ。
(俺もいつか、伯父上みたいになれるだろうか?)
穏やかで余裕があって、強くて優しくて、いつでも間違わずに冷静に判断ができる。そんな格好良い理想の大人になれるだろうか。なんだか今の自分とは、真逆な部分の方が多い気もするが。
「あ、竜虎様、無明様たちです!」
奥から現れた緋の一族の宗主、蓉緋と朱色の面紗で顔を隠している花嫁衣裳の無明が舞台の上に立った。蓉緋の左手の上に右手を乗せ、無明は遠目でもわかるくらい花嫁らしく振舞っていた。
一応、設定上は少女で、蓉緋と秘密の関係があるような噂を、一族の者たちは信用しているはず。演じるという意味では無明の本領発揮というところだろうか。
「無明様のこと、心配ですよね?」
竜虎の左隣に座る白笶は、無明と別れてから半刻以上、ひと言も発していない。
それはいつものことなので、清婉はまったく気にしていなかったが、無明の姿を見るなり舞台をじっと見つめている様子は、気のせいかもしれないがやはりどこか不安そうに思えた。
「········問題ない」
「そういえば、逢魔様の姿が見えませんが、」
「それも問題ない」
白笶は清婉の質問に対して無視することはなかったが、あまりにも答えが簡潔すぎて、なにがどう問題ないのかさっぱりわからなかった。
あえて言うならば、無明のことに対しては少し沈黙があったが、逢魔の事に対しては即答だった。
「逢魔は姿を消せるらしくて、たぶん今も無明の近くにいると思うぞ? なにかあったらこっそり助けるって言ってたし」
「それなら心強いですね。無明様が怪我をしないように見守ってくれてるってことです?」
そんな竜虎の言葉に清婉は明るい表情を浮かべ、舞台上の無明たちの周りに視線を泳がせるが、どこにいるのかまったっくわからなかった。
そんなことをしている内に、笛の音が響き始める。笛の音に続くように琴や琵琶の音がどんどん重なり、楽師たちによる演奏が始まった。
そしてその音楽に合わせるかのように、蓉緋と無明による鳳凰舞が演じられる。
ふたりが動き始めた瞬間、周りの空気ががらりと変わったのを感じた。途端、ざわざわとしていた民たちは舞台上のふたりの舞に釘付けになり、人の声は一切無くなった。
楽師の奏でる音楽と、ふたりの衣が擦れる音、激しく動く度に息遣いさえ聞こえて来そうだった。この見事な舞を前にして、舞台以外を視ることなど誰ができるだろうか。
あんな短期間の練習であそこまで完璧に舞える無明の才能は、やはり天才としか言えない。それくらい様々な動きが目まぐるしい舞で、竜虎も危うく目を奪われそうになった。
「本当に見事な舞だね。あの子があの痴れ者の第四公子だなんて、ここにいる誰が信じるだろう」
虎斗も目の前で舞う朱雀の神子に、感心する。何度もこの鳳凰の儀には立ち会ったことがあるが、今まで見てきた舞人の中でも、一番美しく見事な舞だった。
しかも宗主との息もぴったりで、寸分の狂いも乱れもなく舞っている。それは見る者を飽きさせないような緩急のある舞で、単調な舞とは全く印象が違った。
(やっぱり、無明様はすごいひとです!)
ふたりの鳳凰舞は、そこにいるすべての者たちを感動させ、やがて舞が終わり動きが止まる頃には、大きな歓声に包まれていた。
そんな中、ある者たちが不審な動きを見せていた。監視していた者たちは、即座にお互いにしかわからない合図を交わし、それを他の者へと伝える。
そしていよいよ、宗主を決めるもうひとつの鳳凰の儀が始まる――――。
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