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第二章 鳳凰
2-15 憧れ
しおりを挟む竜虎は白獅子である伯父、虎斗と共に、岩壁に囲まれたこの地の中でも低い位置に作られている、鳳凰の儀が行われる円状の舞台の前にいた。
遠目で見てもかなり大きく見えていたが、近くで見るとその三倍は広く大きく感じた。確かに、この舞台の上で緋の一族の者たちが宗主の座を奪い合うのだから、このくらいの広さは必要だろう。ざっくりと見積もっても、二百人くらいはこの上に立てそうな気がする。
「竜虎、白群の公子殿から修練を受けているとか。彼は彼の兄と共に、五大一族の中でも一、二、と謳われる実力者だ。しかしなぜはっきり一位、二位と順位が曖昧なのか、君は知っているかい?」
「いえ。なにか理由があるんですか?」
確かに、白冰も白笶も名前が挙がる時は、どちらが一位とははっきりと順位付けられておらず、竜虎もふたりのことは、五大一族の中で一位、二位と曖昧に認識している。
正直、華守である白笶が一位である気もするが、白冰の実力は未だ不明である。あの時、碧水での彼の戦いを目の当たりにしたが、まったく本気など出していなかったこともあり、未知数と言えよう。
「毎年、金華の地で行われる、仙術大会があるだろう?」
仙術大会といえば、武芸の部と符術の部が設けられ、各一族から選ばれた、数名の若き術士たちが実力を競い合う。
十五歳以上二十歳未満の術士がその資格を持っており、公子もそうでない者も、立場など関係なく実力を発揮できる場でもあるから、これが実質の格付けとなる。
竜虎は幼い頃からその仙術大会に憧れていた。
実は三つ上の兄である虎宇が、この大会で二年連続、武芸の部の一位になっている。十六、十七の時だった。そこでふと、気付く。十五の時は二位だったことに。
「もしかして、三年前の一位って、」
「ああ、どちらの部も白笶公子だ。ちなみに、その前までの二年間は、どちらも白冰公子が一位だったんだよ、」
虎斗が言うには、白笶の参加は本人の意思ではなく、白冰が本人の代わりに勝手に登録したらしい。
しかも自分は弟と競う気がないというのと、白群が上位を占領しては申し訳ないという理由で、辞退したそうだ。
「白笶公子が出たのは、十五の時のたった一度きり。白冰公子は二回だけ。それでもこの数年、その格付けが変わっていないのは、誰もが、彼らにはどうやっても勝てないと思い知ったからだろうね」
虎宇がその後二度も一位になっているにも関わらず、いつまでも三位と言う立場なのは、つまり、そういうことだろう。武芸の部と符術の部のどちらも一位になった者は、それ以来現れていないそうだ。
(あれ? そういえば白冰殿、自分は符術や術式系の術士専門の師だって、言ってなかったっけ?)
しかし、あのいつも手に持っていた大扇の宝具、青嵐のことを思い出すと、武芸の部でも一位ということも頷けた。
地面にめり込むほどの重さがあるあの大扇を、片手で普通の大扇と同じように扱っていた白冰のことだがら、当然武芸が苦手なわけがない。
もちろん、あの黒蟷螂との戦いで術式の扱いに長けているのも知っていた。なので、どちらかと言えば符術や術式が得意、という意味だったのだろう。
「つい先ほど、飛虎から知らせが届いてね。今年の大会に君の名前も登録したと書いてあったよ。武芸の部だそうだ。金虎からは君と他に三名の若い術士が選ばれているようだから、良い経験になるかもしれないね」
「え、俺が、ですか? あ、でも虎宇兄上は今年は出ないってこと?」
「ああ、今年からは宗主の代理で彼らの師兄として、指導する側になるそうだよ」
実際、虎宇の実力を考えれば、白笶たちが出ないのなら、その上に名を連ねる者がいないくらい、優れている。あの性格さえどうにかなれば、竜虎も兄を大層尊敬していたことだろう。
「ちなみに花緋、君の実力なら、それに並ぶことも可能だったろうね、」
虎斗が振り向きもせずに、本人に訊ねるようにその名を呼んだので、竜虎は思わず振り向く。
そこには、腰に刀剣を下げた青年が音もなく立っていた。彼は表情が硬く、秀麗な容姿のせいか冷淡に見える。しかしこの数日の間に竜虎の中でその印象は変わり、その冷淡な表情は仮面のようなもので、心の内は熱いものを秘めいている気がした。
長い黒髪は頭の天辺で括って銀色の髪留めをしており、その朱色の瞳は緋の一族の証。本来なら真紅の衣を纏う資格があるのに、黒い衣の上に袖のない臙脂色の衣を纏い、あくまでも従者として振る舞っているのだ。
「さあ。どうでしょうね。出たことがないのでわかりません」
緋の一族ではあるが、数年前までは市井にいたのだから、もちろん仙術大会など参加できるはずもなかった。
しかし、二年前の鳳凰の儀では、蓉緋と共に、その場にいた者たちをすべて跪かせた実力を持つ。
「本気で、蓉緋宗主とやり合うつもりなんですか?」
「そうでなくては意味がないでしょう。私が彼と訣別したのは、有象無象共に彼が余計な手間をかけないためでもありますが、本音は本気で蓉緋と戦いたいという気持ちが大きい。どちらが勝っても文句なしです。もちろん、負ける前提で戦う気はありませんよ」
やはり、と竜虎は頷く。
(花緋殿は、いつもの物静かな感じより、やっぱりこっちの方が好きかも)
本来の彼は、ものすごく熱い青年な気がしていたのだ。最初、反目したと耳にした時は驚いたが、よくよく話を聞いてみたらそうではなかったし。何を考えているかよくわからないひとだったが、ようやくここにきて彼の形が見えてきた気がする。
「そうだったね、君はそういう子だった。野暮なことを訊いてすまなかったね、」
穏やかな笑みを浮かべて、虎斗は軽く頭を下げる。別に気にしてません、と花緋は肩を竦めた。
鳳凰の儀まであと五日。
何が起こるかは、開けてみなければわからない箱の如く。
竜虎は無明のことをふと想う。
(今頃、蓉緋宗主と舞の稽古をしているよな? あいつのことだから心配はいらないだろうけど、あの宗主とふたりきりっていうのが····って、俺はなにを想像しているんだ!?)
赤くなったり青くなったりしている竜虎を不思議そうに眺めながら、虎斗はくすりと笑みを零す。
幼い頃から、彼の成長は見ていて楽しかった。不貞腐れて嫌々やっていた姿も。いつからかやる気を出して真面目に取り組むようになった姿も。
この子のその実力は、まだまだ伸びしろがある。なにより、物事に対する慎重さと誠実さが竜虎の強みといえよう。白獅子の名を譲るなら、やはり、と心の中で呟く。
暁色に染まり出した空は、今日もまるで青が燃えているようだった。
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