彩雲華胥

柚月なぎ

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第二章 鳳凰

2-11 絶対に内緒にしてよ?

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 珊瑚宮。
 竜虎りゅうこは、戻って来た花嫁衣裳の無明むみょうと幼子姿の逢魔おうまを扉の前で迎えた。

「遅かったな。なにか問題でも起こったのか?」

「問題? ええっと、蓉緋ゆうひ様と花緋かひさんが喧嘩したこととか?」

 は? と竜虎りゅうこの顔が引きつる。そんな話は初耳だった。とにかくまずはその衣裳を着替えてからゆっくり聞かせろ、と無明むみょうたちを中へと促す。

 逢魔おうまは珊瑚宮の中に足を踏み入れるなり、元の青年の姿へと戻り、無明むみょうの手を取って、竜虎りゅうこの横を通り過ぎ、花窓の近くで佇む白笶びゃくやの方へと向かった。

「ど、どうしたの、逢魔おうま? あ、ただいま、白笶びゃくや!」

「ただいま、じゃないよ。無明むみょう、油断しすぎ」

 逢魔おうまは金眼を細めて見下ろしてくる。その表情は他にもなにか言いたげだったが、言ったら言ったでややこしくなりそうだったので、途中まで出かかった言葉をなんとか呑み込む。

無明むみょう様に逢魔おうま様、お帰りなさい」

清婉せいえん、ただいま!」

 無明むみょうたちの声が聞こえたからか、奥の方から顔を覗かせて、清婉せいえんが声をかける。夕餉の準備をしていたようで、右手に包丁を持っていた。珊瑚宮には簡易的な厨房も付いていて、ある程度の調理が可能だった。

 光焔こうえんの料理は香辛料を使った料理が多く、辛い物や苦いものが苦手な無明むみょうのために、今日からはここで調理をすることになったのだ。

 竜虎りゅうこ白笶びゃくやは意外にも大丈夫だったが、あまり宗主たちと関わるのも他のの一族たちにしてみれば印象が良くないので、ちょうど良い提案だった。

「ちょっと待っていただければ、髪の毛を直したり着替えも手伝えますから、先に化粧を落とされてはどうですか?」

「うん、でもこれって洗えば落ちるのかな?」

 それはですねー、と清婉せいえんは包丁を置き、荷物を纏めておいている場所へと行くと、福寿堂から貰って来た小さな袋を取り出し、そのまま無明むみょうに手渡した。手の平に乗せられた赤い小袋を目の高さに掲げて、興味深そうに無明むみょうが覗き込んでいる。

「これなに? なにが入ってるの? どうしてこれで化粧が落ちるの?」

「私がわかるわけないじゃないですか」

 当然のように清婉せいえんが真面目な顔で答える。女性ならまだしも、ただの従者である自分に、その効果や成分を聞かれても知らないものは知らないのだ。

「これをぬるま湯に浸して落とすと良いと言われただけなので、気になるなら、まずはご自身でやって調べてみては?」

 そういうのが無明むみょうは好きだろうということは知っているので、清婉せいえんは提案してみる。案の定、そうする! と楽しそうに小袋を握り締めて湯殿の方へと走って行った。それを見て、無言で白笶びゃくやが後を遅れてついて行く姿が見えた。
 白笶びゃくやが一緒に行くなら、心配ないだろう。

「顔を洗うだけで済めばいいけど。あの調子だと当分帰って来ないだろうな」

 竜虎りゅうこはこの後の展開が手に取るようにわかっていた。無明むみょうのことだがら、その効果やなぜそうなるのかが自分の中で納得できるまでは、まず戻って来ないだろう。

 花嫁衣裳や肩に掛けていた真紅の羽織が、汚れないことを祈るばかりである。

「それで、鳳凰殿でなにがあったんだ?宗主と花緋かひ殿が喧嘩って?」

 逢魔おうまが言った「油断しすぎ」という言葉の意味も気になるが、さらりと流された"問題"の方がさらに気になった。

「ああ、あの下手な茶番劇のこと?」

 逢魔おうまは肩を竦めて鼻で笑い、馬鹿にしたような表情を浮かべる。どすっと近くにあった椅子に腰かけ足を組むと、丸い机に頬杖を付いて嘆息し、本当に簡潔に先程の事を話し出す。

 竜虎りゅうこも反対側の椅子に腰を下ろすと、その"茶番劇"の意味を知る。

「問題はそれじゃなくて、あの宗主サマだよ。無明むみょうは優しいから、なんでも許しちゃうけど、俺はあのひと、キライだ」

 言って、逢魔おうまがその青年の姿で頬を膨らませると、なんだか親しみやすさを感じる。

 最初の頃は、あの"渓谷の妖鬼"ということもあって、かなり警戒していた竜虎りゅうこだったが、話してみれば自分たちと変わらない、その辺りにいるただの青年にさえ思えるほど好感がもてるその性格は、彼が元々持つ魅力だろう。

無明むみょうのこととなると、子供かって突っ込みたくなるような言動ばかりするし、無邪気っていうか。時々このひとが鬼神きしんってことを忘れる)

 特級の妖鬼などではなく、神子の眷属で鬼神きしん。何百年も前から存在していて、かつての神子の事も知っているらしい。それが竜虎りゅうこが知る目の前の逢魔おうま

 神子の生まれ変わりである無明むみょうに対しての関りは、たぶん、自分が思う以上に深いのかもしれない。それは、華守はなもりである白笶びゃくやと等しいほどに。

 だから、今、こんな風に普通に会話をしている自分自身、実は恐れ多いことなのでは? と改めて思うのだが、飼い主に置いて行かれた犬のように不貞腐れている彼の姿を目の前で見てしまうと、その感情はどこかへ消え去ってしまう。

「あんたも、なんか大変だな。主があの調子じゃ、気が気じゃないだろうし」

「ホントに、あのひとは昔から······ああ、昔って言うのは、俺が神子に拾われた時からって意味なんだけど。昔からだれにでもあんな感じだったから、俺も師父しふも、」

 そこまで言って、はっと逢魔おうまは口を噤む。しかし、竜虎りゅうこはそのきっかけになったのだろう言葉を、聞き逃さなかった。

師父しふ? 師父しふって師匠、白笶びゃくや公子のこと?」

 逢魔おうまは珍しく「しまった」と、竜虎りゅうこのその質問に対してバツが悪そうな表情を浮かべる。そして口元を右手で覆い、上目遣いで小声で呟く。

「····俺が話したっていうのは、絶対に内緒にしてよ?」

「もちろん! で、師父しふってことは、逢魔おうまは師匠、白笶びゃくや公子が、かつての神子の華守はなもりだった時の、一番弟子だったってことなのか!?」

 竜虎りゅうこは興味津々に、その後に逢魔おうまから紡がれた真実に対して、少年のように目を輝かせるのだった。


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