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第二章 鳳凰
2-10 君はすごい!
しおりを挟む白鷺老師は、花嫁衣裳に身を包んだ無明を惚けた顔でじっと見つめていた。無明は頭から被っていた真紅の羽織を剥いで、そのまま肩に掛けると、こてんと首を傾げた。
「白鷺おじいちゃん、どうしたの?」
「いやはや····それなりに長く生きていますが、今まで見てきたどの花嫁よりも美しいので、驚いていたところです」
「えへへ。やっぱり、清婉は本当にすごいなぁ。化粧も髪の毛も着付けも完璧で、俺も鏡を見た時、自分じゃないみたいでびっくりしたんだ!」
え?とその場にいた全員が同時に首を傾げる。無明は自分の従者を褒めてもらえたと思い、満面の笑みを浮かべて喜んでいた。逢魔はそんな無自覚な主を微笑ましく見つめて、うんうんと頷く。
「はは!白鷺じじいは、君が一番美しいって褒めたんだぜ?」
蓉緋は上機嫌になって、抱いたままの肩をぽんぽんと叩いた。え?え?俺?と無明は目を丸くして驚いていた。そしてどんどん顔を真っ赤にして、あの時白笶に言われた言葉を思い出す。
『とても綺麗だ』
そして余計なことまで思い出して、引かない熱を下げようと頬を両手で包むように覆った。あの時された触れるだけの軽い口付けは、思い出すだけでもなんだか恥ずかしくなる。
「うちの甥っ子は、本当に可愛いね。君がとても良い子で、私は嬉しいよ」
虎斗は微笑ましいその光景に目を細め、無明をさらに褒めちぎった。しかもこの甥っ子は、あの神子でもあるのだから、もはや自慢の甥と言っていいだろう。
「そ、そんなことより!さっきのあれはなんだったの?」
話を変えようと無明は蓉緋に訊ねる。
蓉緋はいつもの嫌みったらしい笑みを浮かべ、口の端を上げた。
「あれは余興さ」
「悪趣味な演出、の間違いでは?」
「あやつが意外にノリノリだったおかげで、上手くいったかの?」
やっぱり、そういうこと····と無明は安堵する。
「豊緋の馬鹿が自ら来たのは意外だったが、奴らがここに来る前に君に接触するだろうと踏んで、ひと芝居打ったのさ」
手を挙げられそうになった時に、不自然に始まったその言い争い。蓉緋の思惑通り、彼らは無明よりも、宗主と彼に忠実な護衛のやり取りの方に気を取られてしまっていた。
「花緋のあれは演技というより、ほぼ本音だろうさ。本気でお前さんとやり合うつもりだろう。こんな機会は二度とないだろうからの、」
本来、宗主の側近は鳳凰の儀には参加できない。しかし反目したことで、同じ舞台の上に立つ権利を得た。これで反対勢力は花緋を疑いつつも、自分たちの味方と錯覚するだろう。宗主を倒す、その座を奪う、という共通の目的故に。
「それもいいさ。俺が宗主になった二年前、あいつは俺を宗主にするために手を抜いていたからな、」
「そっちの事情はどうでもいいけど、本来の目的は忘れないでよね?」
肩を竦めて、幼子姿の逢魔は無明の横で念を押す。ふん、と蓉緋は鼻で笑って、わかっている、と答えた。そんなやり取りを眺めていた無明は、色々抱えていた不安がどこかへ行ってしまった。
「それで?そっちはどうなった?黒幕はぼろを出したか?」
外部から閉ざされた鳳凰殿にいる蓉緋たちの方に、例の件は伝わっていなかったため、無明は事の顛末を簡単に話した。犠牲は出たものの、黒幕自ら姿を現し、交渉の結果、こちら側に付いてくれたこと。真名を貰ったというのは伏せておくとして、仲良くなったことは伝える。
「あの紅宮の女狐、姚泉と仲良くなったのか?」
「あ、うん!というか、狐さんじゃないよ?鬼さんだよ?」
はて?と白鷺老師が長く白い髭を撫でながら、首を傾げる。今日は首を傾げることばかりである。無明の言い回しに、虎斗も疑問符を浮かべていた。逢魔は不機嫌そうに頬を膨らましている。
「でも、紅宮を守ってる良い子なんだ。だから、彼女の件は俺に任せて欲しい。鳳凰の儀が終わったら、一緒にこれからどうするか話してみる」
「ん?何の話をしている?」
「うん、姚泉さんは夢月という通り名の特級の妖鬼で、色々と話をして友達になってくれたんだけど······俺を助けるためとはいえ犠牲者を出しちゃったから、この件は俺が責任をもって対処するね。だからこのことは、蓉緋様も白鷺おじいちゃんも、黙っていて欲しいんだ」
え?と三人はそれを理解するのに長考せざるを得なかった。
紅宮の主が"良い子"で、特級の妖鬼?
仲良くなった?友達?特級の妖鬼と?
そもそも、なぜそんなものが紅宮にいる?
いつから?
「無明····ちょっと待て。一から説明してくれ」
蟀谷を揉みながら、珍しく動揺した様子で、蓉緋は瞼を閉じたまま説明を求める。情報量が多すぎて、眩暈がしてきた。
無明が最初に話してくれた事の顛末は、本当に簡単なものだったことを思い知る。
「え?もう一回?姚泉さんと仲良くなって、協力関係になったこと?」
「無明殿······、」
それには白鷺老師も思わず苦笑いを浮かべてしまう。天才となんとかは紙一重というが、本当の天才は凡人には理解すらできないのかもしれない。特級の妖鬼と仲良く?なれる彼にとって、それは大したことではないのだろう。
「彼女は確かに、裏でここの反対勢力を操っていた黒幕だけど、手を出したのは今回が初めてみたい。実際、紅宮にいる女のひとや子供たちを、男のひとから守っていたみたいだし。俺が担ぎ手に扮した術士たちに襲われそうになるのを、女の子だと思って助けてくれたんだ。ね?悪い子じゃないでしょ?」
話を聞く限り、緋の一族の宗主争いに対して、姿を変えて何十年も紅宮に居座り、助言を繰り返してはかき乱してたことになる。それを鵜呑みにして駒と成り果てた者たちの末路は、言うまでもない。
「君は、本当にすごいひとだな!」
それが本当なら、やはりこの鳳凰の儀が成功に終わった時、一族の垢が洗われ、根本から変えられるかもしれない。蓉緋は正面にいた無明に対して、勢いよく覆い被さるようにその身をぎゅっと抱きしめ、そう言った。それはあまりに突然すぎて、逢魔は呆然と立ち尽くしかない。
大きな瞳をまん丸にして驚いている、無明を抱きしめたまま、蓉緋はまるで大きな子供みたいに、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
その光景は、真紅の衣と花嫁衣裳が混ざって。
まるで夕闇の空に浮かぶ、真っ赤な太陽のようだった――――。
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