198 / 231
第二章 鳳凰
2-9 訣別
しおりを挟む無明と逢魔は、朱雀宮内の鳳凰殿の方へ向かっていた。鳳凰殿へと続く渡り廊下の前に来た所で、その足が止まった。正確には止められたというのが正しいだろうか。
「これはこれは朱雀の神子、無事でなりよりです」
無明は通路を塞ぐように立っていた見知らぬ三人の術士を前に、手の拳を右手で包み、そのまま両手を左の腰に当て、膝を少しだけ曲げて小さくお辞儀をしてみせた。女性が拱手礼の代わりにすることがある万福。前に紅宮の宮女たちがやってみせた挨拶を思い出し、忠実に再現してみせる。
「術士さま、私に何か御用ですか?」
羽織を頭から被ったままの無明の表情は、背もずっと低いので相手にはよく見えていない。鳳凰殿に近いこの場所で待ち構えているとは思っていなかった。動揺こそしていないものの、相手の出方次第でややこしくなる可能性もあるので、どう治めようかと思考を巡らせる。
「ああ、実は、少し伺いたいことがあって待っていたのですよ」
三人の中心にいる青年は、含みのある言い方でこちらに一歩二歩と近付いて来ると、無明に触れるか触れないかという至近距離まで来て、やっとその足を止めた。逢魔はその記憶力の良さから、炎帝堂の扉の前にいた者たちであることを認識すると、無明と青年の間に割って入る。
「おじさん、それ以上近づくなら、大声で叫んでもいいよ。そしたら、鳳凰殿にいる宗主サマか、あの怖い護衛が助けに来るかも?」
「その目付き、嫌味ったらしい口調。やはり、あの蓉緋の隠し子という噂は、あながち間違いではないらしい」
青年は"おじさん"と呼ばれるにはまだ若いが、その言い回しが気に入らなかったのか、逢魔を見下ろし睨みつけると、口元を緩めて嫌な笑みを浮かべてそう言った。
逢魔は夢月に同じことを言われた時は無性に腹が立ったが、目の前の小物に言われても何の感情も動かなかった。
「それで?私に伺いたいこととはなんです?」
逢魔の肩に両手を置いて、ふたり視線だけ交わすと、青年を見上げて淡々とした声音で問う。おそらく、担ぎ手たちのことだろう。本来なら彼らが自分を拘束し、目の前の青年の所に連れて行くことを目的としていたから。
「今からでも遅くない。俺の配下になれ。もちろん、損はさせない」
真紅の羽織に手をかけようとした青年の手を、無明は強く掃って遠ざける。途端、わかりやすく青年の顔が歪んだ。
「ひとが下手に出てやれば、生意気な!」
掃われた右手をそのまま振り翳し、無明に向かって手を挙げようとした、まさにその時だった。
「いい加減にしてください!」
びくっと青年はその怒鳴り声に肩を震わせた。振り上げたままの手は完全に行き場を失い、声のした方へと恐る恐る首だけ向ける。そこに声の主はおらず、それが自分に向けられたものではないことに安堵の表情を浮かべた。
他の術士たちも顔を見合わせて、今の状況を確認しているようだった。
(今のは····花緋さんの声?)
無明の耳に届いたその怒鳴り声は、確かに蓉緋の護衛であり側近でもある、花緋の声だった。物静かな印象のある彼だが、蓉緋の前でだけは、時に本来の性格が出るのを知っている。現に、蓉緋が無明に求婚した時は、一番声を上げていた。
「昔の恩があったので、今まであなたに仕方なく仕えてきましたが、今回の件でいよいよ愛想が尽きました!あなたが宗主でいられるのも、これが最後となるでしょう」
話がどんどん不穏になっていく。青年たちは、そのやりとりに聞き耳を立てることに夢中になっており、今なら隙をついて簡単に逃げられそうだ。
しかし無明はそれをせず、そのやり取りの意図を考えていた。そんな中、鳴り響いた音。
それは、刀と刀がぶつかり合うような甲高い音だった。
「花緋、俺に刃を向けるとは不義ではないか?昔馴染みといえど、俺がそれを赦さないと言えば、いくらお前であってもその罪は免れないだろう」
「これは宣戦布告です。あなたをその座から引きずり下ろすための、私の決意と思ってくれて結構」
無明は慌てて鳳凰殿の方へと駆け出す。道を塞いでいた青年たちは、ふたりの会話の方が気になって仕方がないらしく、簡単に横をすり抜けられた。逢魔は無明を追い、後ろについて行く。
開け放たれたままの扉の先、刃を交わしているふたりの姿があった。駆け寄ろうと一歩踏み出したその時、突然、扉の右側に身体が引き寄せられる。
「近寄らない方が良い。とばっちりで怪我をするといけないからね、」
扉の横にいた伯父の虎斗が、無明の右の手首を掴んで止めたのだ。強く握られたわけでもないのに、それ以上動けなくなる。奥には白鷺老師もいて、真ん中でいがみ合う蓉緋と花緋から距離を置いているようだった。
「····なにがあったの?」
珍しくまだ馴染めていない伯父に対して、無明は遠慮がちに訊ねる。そうこうしている内に、交えていた刃を解き、花緋が苦々しい顔で蓉緋を睨みつけた。
「あなたがこれ以上好き勝手に振る舞うのなら、こちらにも考えがあります。鳳凰の儀であなたを倒し、私が次の宗主になります!」
「やってみろ。今までお前が本気でやって、俺に勝ったことなど一度もないだろうに」
「それは、昔の話でしょう。常に修練に励んでいる私と、忙しさを理由に怠けていたあなた。その差はとうにないようなものですよ」
花緋は不敵な笑みを浮かべ、肩を竦めてそう言い切った。降ろした刃を鞘に収め、衣を翻し背を向ける。蓉緋もそれ以上なにも言わなかった。去って行く友の背を見つめ、引き留めることもない。
無明の姿に気付いた花緋だったが、視線すら合わせずに、立ち止まることなく形だけの拱手礼をし、無言で横を通り過ぎて行く。
はあ、と嘆息した虎斗は、無明と視線を交わすと首を振った。どしどしとわざとらしく怒りを込めて歩いて行く花緋は、怒っているという事だけは確かだった。
路を塞いでいた三人の間を「邪魔です」と言わんばかりにぶつかりながら通り過ぎ、さっさと自室へと帰って行く。
ぽかんとする三人だったが、蓉緋が通路の方へ姿を現した途端、慌てて散って行った。
「こんな所までのこのこと。ご苦労なことだな」
「蓉緋様、今のはなんですか?」
扉に手をかけた蓉緋を見上げ、無明は怪訝そうに訊ねる。こんなことは計画の中にはない。花緋はどうしてあんなことを言ったのか。訣別。蓉緋はなぜそれを許したのか。
「あれのことは気にしなくていい。それよりも、君の話を聞きたい」
「ダメだよ。まずはさっきのこと、ちゃんと説明してくれる?」
「見たままさ。それを話す必要が?まあいい。とりあえず、君はこちらへ」
虎斗の手を解き、蓉緋は無明の肩を抱いて連れて行く。逢魔はむっと一瞬頬を膨らませたが、無言でふたりの後を追う。
あの茶番劇がなんであれ、その真相を知る必要はあった。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。


別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる