彩雲華胥

柚月なぎ

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第二章 鳳凰

2-5 私たちがいる

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 竜虎りゅうこは符を握り締め、白笶びゃくやの横で、今の状況のせいで落ち着かない、なんとも言えない感情を抑えていた。

 こちらが予想していた通り、無明むみょう紅宮こうきゅうへと連れて行かれたようだ。
 符の反応があるので無事であることはわかるが、先程こちらに届いた知らせに、内心冷静ではいられなかった。

 無明むみょうは失踪事件に関わっていた一族の者たちにではなく、突然その場に現れた、女の姿をした妖者に連れ去られたのだという。

 しかし、なぜそれで紅宮こうきゅうにいると断定できるのか。それはこの追跡符が示す場所が、まさに自分たちが待機している、ここ・・であるからだった。

 無明むみょうが考案した符は、前にも碧水へきすいの地で使用されたが、その効果はすでに証明済みである。その時のものとはまた違う用途の符だが、この通り役に立っている。

(なんで一族の敷地、しかもよりにもよって紅宮こうきゅうに特級の妖鬼が?)

 どうして今まで、誰一人として気付けなかったのか。こんなに多くの術士たちがいたのに、だ。それほど強い妖鬼ということなのか。

 花轎の周りにあったその死体の状態の異様さに、底知れない恐怖が垣間見えた。捻じ曲がった歪な死体が四体。花轎を運んで行った担ぎ手たちだろう。

 恐らく、なんらかの予定外の出来事が起こり、そのような結果になったのだと思われるが、それにしても、だ。

(交渉するって······相手はただの人間じゃなくて、妖鬼。しかも特級って····あいつ、どうするつもりなんだ?)

 黒幕、と言っても人間相手ならばと許した計画だったが、蓋を開けてみれば最悪の事態。

 今までもこんなことは何度もあったが、これは無謀としか言えないだろう。たとえ無明むみょうが神子であっても、拘束されていたりしたらどうにもならないし、例え抗えたとしても紅宮こうきゅうに住まう者たちが全員人質となれば、下手に動くこともできない。

 紅宮こうきゅうの高い塀を囲むように散らばった協力者たちは、主である銀朱ぎんしゅの指示待ちである。無暗に踏み込んでも、なにも出なければ意味がない。そもそも一族ですらない部外者が、敷地内に立ち入ることは禁じられている。

 あくまで銀朱ぎんしゅたちは、首謀者を明らかにするための証拠を押さえるのが今回の目的だ。朱雀の神子が攫われ、今まさに監禁されているという、逃れようのない事実を。

「師匠、俺たちだけでも中へ、」

 竜虎りゅうこの提案に、白笶びゃくやは首を振る。

無明むみょうは、たとえ妖鬼相手だろうと、交渉するだろう。それを邪魔することは、できない」

「けど、もしあいつになにかあったら、」

 ぐっと唇を噛み締めて、言葉を呑み込む。わかっている。白笶びゃくやが心配していないわけがないのだ。臙脂色の衣に身を包んでいる自分たちは、の一族でもなければ光焔こうえんの人間でさえない。
 
 ここで事を起こして他の者たちに気付かれ、捕らえられでもしたら色々と問題になることも。
 わかっているけれど。

(鳳凰の儀だって、そもそも俺たちに全く関係のないことなのでは?朱雀との契約が終わったのなら、さっさと次の地に行くべきだろう!)

 わかっている。
 無明むみょうがなぜ蓉緋ゆうひに手を貸したのか。彼はあんな感じだが、たぶん、この先きっと理想的な宗主になる。光焔こうえんの地も今以上に栄えるだろう。その根を枯らしてはいけないと、そう、思ったのだ。

 ただ、そのためには悪い風習を終わらせる必要があった。本来の、正しい鳳凰の儀の在り方に戻す必要があるのだと。

 だからこそ、神子である自分がそれを皆の前で示す必要があると。

「····気持ちは、よくわかる。だが今は、自分の感情よりも目の前の状況を優先するべき」

「わかってます。ただ、あいつは、本当にお人好しの馬鹿だって思っただけです」

 白笶びゃくやの言葉に、竜虎りゅうこは小さく頷いて、苦いものを噛みしめるようにそう呟いた。

「だから、私たちがいる」

 肩に手を置いて、白笶びゃくやは囁くようにそう言った。そんな無明むみょうを守りたいし、守らなくてはならない。
 そのために、いる。ここに、いる。
 傍にいると誓った。

 白獅子である伯父、虎斗ことの誘いを断り、無明むみょうと旅を続けると決めた。
 今はまだ、必要だと思いたいから。

 竜虎りゅうこは握りしめていた符を伸ばし、その時を待つ。師匠であり、友であり、無明むみょうの大切な存在である白笶びゃくや。こんなに心強いひとが隣にいるのだ。絶対になんとかなる。

 手の中の追跡符の信号が途絶えたりしないよう、瞬きすることすら惜しいと思うくらい、その点滅する緑色の光を見守り続けるのだった。


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