彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
193 / 231
第二章 鳳凰

2-4 嘘偽りのない言葉で

しおりを挟む


 無明むみょうは椅子に座らされ、目の前には今淹れたばかりの茶が置かれた。 
 その部屋は真四角で、窓はなく、地下に造られた隠し部屋のようだった。造りは他の部屋とまったく変わらない様式で、窓がない分息苦しさを感じる。

「別に取って喰ったりはしないから、安心してくつろいで頂戴」

 姚泉ようせんはくすりと笑みを浮かべて無明むみょうの正面に座ると、こちらをじっと眺めながら、赤い布が掛けられた丸い机の上に頬杖を付いた。
 その雰囲気は、先程見せた狂気じみたものとは打って変わって、どちらかと言えば友好的であった。

「で?あなたは何者?ただの術士じゃないでしょう?私を前にしてあの度胸、頭の回転の速さ、それに、その瞳の色」

 翡翠色の瞳。どの一族にも属さない光架の民の証であるその色を、姚泉ようせんは知らない。なぜなら、妖鬼となってからまだ二百年ほどの若い妖鬼のため、その存在すら噂程度の知識なのだ。
 
 長くひとの世に紛れていたため、他の妖者との交流もほとんどなく、いつしか特級の妖鬼と等級を付けられていたことに関しても、興味がなかった。

 興味があるのは、ひとを好きなように操り、それによってどんな争いが生まれるかだけだった。
 二年前の事もそうだが、そのずっと前からこの紅宮こうきゅうで男たちを操り、一族同士を争わせてきたのは彼女である。

 無明むみょうはその大きな瞳で、じっと姚泉ようせんを見つめ返す。本当にまったく妖気が感じられない。それくらい、能力が高いという事だろう。

 担ぎ手たちも、一応はの一族の術士たちだったはず。それが指の一本も動かせないまま、殺されてしまったのだ。

 この場に嘘は必要ないだろう。

「俺の本当の名前は、無明むみょうっていうんだ」

「あら?あらあら?もしかして男の子だったの?」

 そうだよ、とにっこりと微笑んで、無防備な姿を晒す。本来の目的。それは変わらない。黒幕だろう紅宮こうきゅうの主と、交渉すること。

「俺は金虎きんこの第四公子で、最近自分が神子だってことを知ったんだ。この地には朱雀と契約するために訪れた。それで蓉緋ゆうひ様に色々とお願いされて、"朱雀の神子"にもなったんだけど、」

「ちょっと待って。どういうこと?神子?神子って、もう何百年も現れていないっていう、あの神子のことを言ってるの?」

 そもそも、それを妖鬼である自分にバラしてもいいのかと、姚泉ようせんは目を丸くする。妖者の間では、神子の血を飲めば永遠の命が手に入るだとか、肉を喰らえば強大な力が手に入るとか、本当か嘘かわからない妄信が未だに存在している。

「証拠は?あなたが神子であるという確たる証拠」

 ただの子供の嘘とは思えないなにかを、目の前の者は持っている気がする。そういう勘は、姚泉ようせんは外れたことがなかった。

「うーん。じゃあ四神のひとりをここに呼んでみる?神子にだけ従う彼らなら、俺が神子であることを証明できるけど」

「それが本当なら、私の身が危うくなっちゃうじゃないの。あなたが私を殺せって言ったら、従うんでしょう?」

 四神になど敵うわけがない。蟻と妖獣くらいの差、いや、それ以上。計り知れないくらいの差があるだろう。嘘でも本当でも、その賭けに乗るのは分が悪すぎる。

「そんなことしないよ。俺、あなたのことは話し合えばわかってくれる子だと思ってるし、逆にこちらの提案を受けてくれると信じてるから」

 仮にも特級の妖鬼である自分を、まるで子ども扱いするように、無明むみょうはにこやかにやんわりとそんなことを言った。

「でもね、あのひとたちを殺してしまったこと、俺はすごく悲しかったよ」

 たぶん、悪いひとたちだったのだろうけれど。
 ある意味、彼女に助けられたと言えなくもないけれど。

 殺す必要など、なかった。

 それが、ひとと妖者との感覚の違いなのかもしれない。しかし裏を返せば、自分たちもまた、妖者たちを「人間を害する者」として倒している。守るために、生きるために、仕方がないことだと。殺さなければ、こちらが殺されてしまうから。

「矛盾してるかもしれないけれど····。俺は、ひとも妖者も、誰も戦わなくても済むセカイになればいいと、思ってる」

 今は無理でも、いつか。
 そんな優しいセカイになったなら、良いと思う。

「あなた、面白いわね」

 姚泉ようせんは頬杖を付いたまま、先程までとはまた違った笑みを浮かべた。


 それは彼女の纏う独特な妖艶さを掻き消すような、どこまでも無邪気で純粋な、少女のような笑顔だった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

処理中です...