188 / 231
第一章 花轎
1-29 花嫁衣裳
しおりを挟む真っ赤な花嫁衣裳の上に、金の糸で描かれた鳳凰と美しい花の模様の赤い羽織を着せる。最後に顔を隠すための紅蓋頭を頭から掛け、清婉は我ながら完璧にできたと満足げに頷いた。
裾も袖も特に手直しは必要なさそうで、時間が余ったのでついでに化粧を施し、髪形も簡易的にだが結い上げた。あとは髪飾りを付けるだけなのだが······。
無明は紅蓋頭を捲って顔を出すと、首を傾げる。
「清婉、衣裳の調整だけなのに化粧までする必要あったかな?」
白粉を薄く塗られただけでなく、目の端に赤い紅が飾られ、口紅も塗られている。
「逢魔は途中でどっかに行っちゃうし」
「明日の楽しみにしたいって言ってましたね、」
店の周りを見てくると言って、着替える前に部屋を出て行ってしまったのだ。
「ねえ、変じゃない?髪の毛もいつもと違うから落ち着かなくて」
「よくお似合いですよ?」
先の方に癖が付いた長い黒髪は、頭の上でお団子にされ、さらに三つ編みをした髪の毛でぐるりと巻かれていた。
いつもは頭の天辺で適当に括るか、左右を三つ編みにして後ろで結び、そのまま背中に垂らすかだったので、無明は重たい頭に違和感を覚える。
「いいじゃないですか。私も花嫁衣裳の着付けや化粧などは初めてなので、明日の練習ができました。無明様も慣れておいた方が良いです」
もっともらしい言い訳をし、清婉はくすくすと笑った。
(本当は他に理由があるんですが、それはもちろん内緒です)
あの時、竜虎に話した"思い付き"を実行するためである。今、竜虎も裏で動いてくれているはずだ。
「すごく綺麗です、無明様」
赤い衣裳に無明の大きな翡翠の瞳がよく映えて、化粧のせいもあり、いつもよりもより一層美しく見えた。
「どうせなら、髪飾りも付けちゃいましょう!私、下に降りて借りてきますね」
「え?いいよ、これ以上頭が重くなったら困るから、」
無明は引き留めようとするが、清婉はいつにも増してやる気満々のようで、そのまま扉を開けて慌ただしく出て行ってしまった。
部屋に一人残された無明は、目の前に置かれた丸い鏡に映った自分の姿を目にして、急に恥ずかしくなり、捲っていた紅蓋頭を下ろした。
******
竜虎と白笶は、明日の段取りを福寿堂の主、銀朱と終え、店主の部屋から出たところで、清婉と鉢合わせる。その胸には長方形の箱が大事そうに抱えられており、竜虎を見るなり、眼で合図を送る。
「あ、あーそうだった!清婉、明日のことでお前にも共有したい話があるんだった」
「はい、あ、でもこれからこの髪飾りを無明様の所に持っていくところだったんですが、」
「だったら、師匠!師匠が無明に持って行ってあげてはどうですか?」
「それがいいです!ではよろしくお願いします!」
清婉は遠慮なく白笶の手を取り、その箱を押し付けた。一連のやり取りに対して、ひと言も発する間もなかった白笶を残して、ふたりは逃げるようにその場を後にする。
手の中の箱をゆっくりと見下ろし、白笶は珍しくその秀麗な顔に疑問の色を浮かべていた。しかし真面目な性格ゆえ、頼まれたからにはせざるを得ない。踵を返すと、二階へと続く階段のある方へと足を向けた。
臙脂色の仕事着を纏う白笶は、いつもよりも動きやすい軽装のため本来なら身軽なはずなのに、なんだが足取りが重かった。
(······あのふたり、なにか不自然だったな)
白笶が見てもそう思うくらいなので、ふたりの演技は大根だったのだろう。特に竜虎の棒読みのような台詞に対して、どう突っ込んだらいいかわからなかった。
そもそもそんな技術は持ち合わせてはおらず、ただ茫然とあのやり取りを見ているしかなかったのだが。
考えている内に階段を上がりきり、扉の前に立っていた。扉に手をかけ、ゆっくりと中へ入る。
その先に、赤い花嫁衣裳を纏った無明の後ろ姿が見えた。
「あ、清婉?やっぱりもう着替えていい?」
扉が開いた音がしたからか、無明は被っていた紅蓋頭を脱いで、入り口側へ身体を向けた。しかし、そこに立っていた白笶と眼が合い、時間が止まったかのように動かなくなる。
「すまない、声をかけるべきだった」
固まっている無明に対して、白笶は驚かせてしまったのだろうと思ったのか、低い声で謝罪する。
「これを清婉殿から預かったのだが」
白笶は箱を開け、その中にあった金色の花の髪飾りを手に取った。箱を近くの棚の上に置き、そのまま無明の方へと歩いて行く。触れられる距離まで近付いた時、無明が慌てて顔を下に向けた。
「あ、白笶、えっと、俺、今変だから、あんまり見ないで······欲しい、かな?」
そんな風に無明は言うが、白笶はすでにその姿をその眼に焼き付けてしまっていた。
「変ではない」
持っていた髪飾りをそっと髪の左横に挿し、そのまま頬に触れた。
「とても綺麗だ」
その言葉に無明は思わず顔を上げるが、耳まで真っ赤になっていく。白笶が小さく笑みを浮かべ、見下ろしてくる。その指先は今の無明の頬には、ちょうど良い温度だった。
「······俺、ちゃんと宵藍に見える?」
困ったようにはにかんで、無明は瞼を伏せた。
目の端の紅が華やかで、目を奪われる。
「鳳凰の儀が終わるまで、俺、宵藍を演じてみせるね?」
宵藍。その名を聞く度に、白笶は胸の辺りが痛むのを感じた。
「君は君のままでいい」
「······うん、ありがとう。でもね、宵藍は、俺の名でもある。母上がくれた、真名。誰にも言っては駄目だと言われたけど。白笶には、知っててもらいたくて」
藍歌が生まれた時に自分に授けた名前。神子の名前と同じ、名。藍歌は最初から知っていて、真名を隠したのだ。光架の民からしか生まれない、神子の存在を。
「わかった。だが私が今生で出逢い、傍にいたいと思ったのは、宵藍ではなく、無明、君だから」
言って、白笶は腰を屈める。
無明はその意味を知り、ゆっくりと瞼を閉じて見上げるように顔を傾けた。重なった唇に、熱を感じる。こんな風に触れ合ったのは、あの碧水で想いを告げ合った雨の日以来。抱きしめられることはあっても、それ以上のことはなかった。
触れ合うだけの短い口付けだったが、無明は白笶の気持ちが嬉しかった。綺麗だ、と言ってくれたその言葉が嬉しかった。清婉が言ってくれた時とはなんだか違う。不思議な気持ち。
口付けを交わした後の無明の表情を見て、自分の行為に今更ながら躊躇う。白笶は触れていた頬から手を放し、屈めていた身体を起こした。
「すまない。こんなことをするつもりはなかったんだが······」
言って、背を向けた白笶に思わず手を伸ばす。
「白笶、俺——————」
無明はそのまま立ち上がり、白笶の背中に抱きついた。
ずっと言えなかったこと。
隠していたこと。
今なら。
「俺ね、四神との契約が終わったら、完全な神子になるんだって。不死の身体に、なるって········それって、俺じゃなくなるってこと?」
本当は、怖い。
怖くて、怖くて、どうしたらいいかわからない。
永遠に生き続けるなんて、想像もできない。
白笶は、しがみ付くように後ろから回された指にそっと触れる。震えているその指先は、強く握りしめているせいか冷たくなっていた。
「なら、私は、永遠に君と生きていく。あの日からずっと、そうやって生きてきた。君のいない日々を、いつか逢えると信じて永遠ほど。でも、もう君はここにいる。それが永遠なら、何度生まれ変わっても、君に逢いに行ける」
だから、ひとりではない。
君を捜して彷徨っていた日々は、もう、終わったのだ。
白笶は力の抜けたその指先を、両手で優しく包むように握りしめた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる