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第一章 花轎
1-24 謀反の果て
しおりを挟む二年前。鳳凰の儀が行われる半年ほど前。
現宗主が複数人の手によって暗殺された。それは、実力主義を謳う緋の一族にとって、不義であり汚点とも呼べる謀反。
卑怯な手で宗主を葬った者たちは、そのまま違う宗主をその座に就かせた。
それは、三人いる老師の内のひとりであった白鷺にとって、最悪の事態であった。しかも、その謀反にふたりの老師が関わっていたとなれば、もはや救いの余地はない。
なぜこんなことが起きてしまったのか。
彼らを真に唆したのは一体誰なのか。
いや、そんなことよりも、半年後の鳳凰の儀を考えるべきだろう。
白鷺は今こそ立ち上がる時機であると踏んで、あの日出会った少年たちの許へと参る。
あの薄汚い路地裏は見る影もなく、今は清潔で明るい雰囲気さえあった。彼らは路地裏から抜け、市井に大きな店を構えていた。
自分たちの財を使って孤児たちを養い、生きていくために必要な学と武を身に付けさせた。
おかげで、市井は悪い輩がいなくなり、こちらが机上の空論でくだらない争いをしている間に、かつての活気を取り戻していたのだ。
その噂はずっとこの宮まで届いていたが、彼らの許へ顔を出すことすらなかった。それは、来るべき日のため、その好機を見定めるためでもあった。
「握り飯の礼にしては、随分と重たい礼だな、じいさん」
十二年ぶりに会った彼らは、頼もしい青年へと姿を変えていた。身なりも上質なものを纏い、その風格も申し分なかった。
なによりも、それ以外は何も変わっていないことに、白鷺は期待した。
(この者たちなら、きっと、この一族を良き方へ導いてくれよう)
その手には推薦状が二枚。蓉緋と花緋、それぞれに手渡す。
「今が時機だと?宗主が死んだという知らせは市井にも届いているが、どうやらきな臭い案件のようだな。なにがあったんだ?」
色々と手を回したが、皆口を揃えて「勘弁してくれ」と言う。どう考えても、なにかあったと言っているようなものだった。
店の外や路地の何ヶ所かに立つ、民の変装をした数人の護衛たちからして、この老人が只者でないことは確かだった。
「私は緋の一族の老師がひとり、白鷺。数日前、宗主が暗殺された。宗主殺しは、たとえどんな理由があっても赦されないこと。それに関わった者が宗主になるなど、言語道断。先が思いやられる」
だが、運が良いことに、半年後には鳳凰の儀が行われる。
「奴らは次に行われる鳳凰の儀に関しても、不正を行う気満々なんじゃよ」
「へー。それは愉快なことだ。確かに先が思いやられる」
「蓉緋、老師様に失礼だろう」
花緋は左肘で蓉緋の腕を小突き、自分はしっかりと腕を前で囲い、頭を下げた。
「白鷺老師、まさかあの三老のひとりとは露知らず、主が失礼致しました」
礼儀正しく、しかし抑えた声音で花緋は頭を下げたまま無礼を詫びた。蓉緋のことを「主」と言い換えたのは、そうであることを知ってもらうためでもあった。
もし、鳳凰の儀で現宗主からその座を奪うとするなら、それは蓉緋であることが望ましい。花緋は絶対の自信でそう言いきれる。逆に、彼以外一体誰がいるのだとさえ思っている。
「まずはその謀反とやらの詳細を教えてくれ。何人が関わっている?黒幕は?」
茶を啜りながら、例の如く傍若無人な態度で蓉緋は訊ねる。
「首謀者含め、関わっている者たちは数知れず。すべてを罰するのは不可能だろう。だが、見せしめにはなる。宗主の座に就いた者とその親族数名。三老のうちふたりの老師。これらの罪は明らか。証拠もすでに用意してある。だが、黒幕は不明のまま。目星は付けたが、こちらは証拠がない」
「まあ、黒幕は、紅宮の女狐ってとこか。証拠がないなら閉じ込めておけばいいのさ。出て行く理由を与えなければいい。逃げることすら叶わないようにして、後は耳を塞ぐのが一番だな」
ほう、と自分と同じ考えの蓉緋に、白鷺は感心の色を浮かべる。確かにあそこは闇深い場所。女たちに操られて、男など簡単に落ちるのだ。
「でも不思議なことだ。なぜあんたは老師たちにお仲間に入れてもらえなかったんだ?そもそも、その謀反の話、あんたはまったく関わっていないと誓えるか?」
その問いに、白鷺は白い眉毛に隠れてほとんど見えない細い眼をさらに細めた。そして、ほっほっほ、と独特な笑い声を上げる。
「私は見ての通り、ただの狸じじいだからの。こんな奴に誰が秘密を教えようか。教えたら最後と、皆、口を固くして開かん。要は、一族の爪弾きというやつじゃ」
「はは。確かに見た目通りの大した狸じじいだよ、あんたは」
蓉緋は立ち上がり、癖のように口の端を上げてふっと笑った。
「宗主、ね。まあなれるかどうかは約束できないが、面白そうだ。あんたの船に乗ってやるよ」
「商談成立ということじゃの、」
蓉緋と老師のやり取りに、花緋は内心ハラハラしていた。蓉緋はいつも通りの態度で、老師がいつその考えを変えてしまわないかと不安だった。しかし、それもこれも彼の計算だったのだろうか。
(蓉緋が宗主になったら、きっと、この地は変わる。一族だって、その考えを改めるはずだ)
そして、半年後、鳳凰の儀。
不正をして宗主の座を維持しようとしていた奴らは、名も知らない飛び入り参加の蓉緋と花緋の無双によって一掃される。
その座に就いて間もない宗主を見事に倒し、朱雀の神子を奪った蓉緋が、習わし通り名実ともに次の宗主となる。
謀反に関わった首謀者たちは、証拠もあったため問答無用で死罪となり、それを見せしめとしてその他の者たちは口を噤んだ。
それは、やりすぎでもなんでもなく、そういう一族の掟に沿って行われたこと。
それに対して反発する者たちは後を絶たなかったが、それ以上の手腕で蓉緋はその後二年間この地のために尽くした。
それでも、自分たちの概念を変えられない者たちは、息を潜めながらその時機を待ちわびていたのだろう。
今回の鳳凰の儀は、思えば最初から不穏だらけだった。
「けれども、君がこの地に来たことで、それは好転した。すべてを元に戻すには、始まりの時、儀式の本来の形が必要不可欠。俺の話はこれで終わり。満足したか?」
蓉緋は自虐的な笑みを浮かべ、正面に座る無明に訊ねる。
無明は首を横に振るでも頷くでもなく、真っすぐに蓉緋の朱色の瞳を見つめていた。
「蓉緋様、ごめんなさい。俺、すごく大切なひとがいるんだ。そのひとは、ずっとひとりで頑張ってて、何年も何十年も何百年も彷徨っていた。暗闇の中で何度も迷子になりながら、それでも俺を見つけてくれたんだ」
無明は蓉緋から視線を外すことなく、微笑を浮かべて続ける。
「俺は、そのひとの想いに応えたいって思った。この気持ちは、もうずっと、一生、変わらないって思ってる。でも安心して欲しい。鳳凰の儀が終わるまでは、蓉緋様の傍にいるよ、」
それが何のことを言っているのか、蓉緋には解っていた。
故に、ただ頷く。
「よく解かった。君にそうまで言わせる、その"大切なひと"が羨ましいな、」
この想いもまた、軽いものではないと知っている。心の底から出た本音に、蓉緋自身が一番驚いていたのだから。
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