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第一章 花轎
1-22 神子として
しおりを挟む鳳凰殿の宗主の間に集められたのは、白鷺老師、花緋、無明たちの伯父である虎斗、従者である清婉、そして無明が神子であることを知っている面々だった。
座っている蓉緋の左横に立つ無明は、いつもの黒と赤の衣裳の上に、金の糸で描かれた鳳凰と美しい花の模様の赤い羽織を肩に掛けるように羽織っており、ふたり並んでいるとまるで本当に婚姻を結んだ花婿と花嫁に見えなくもない。
花緋はどうして無明がその位置にいるのか、あからさまに怪訝そうな表情で跪きながら、こちらを見上げてくる。蓉緋はそれに対して特に気にするでもなく、皆が各々目の前に跪くのを確認すると、無明の方へ視線だけ向けた。
「ここにいる皆には知っていてもらいたくて、蓉緋様に頼んで集まってもらったんだ。白笶と竜虎《りゅうこ》は知ってることで、この地では宗主である蓉緋様だけが知っていることがあるんだけど」
「もったいぶらずに早く言ってください。こちらもそんなに暇ではないので」
花緋の発言に、蓉緋は肩を竦める。
「お前は、いつからそんなに忙しくなったんだ?」
「あなたが、わけのわからないことを言い出してからです」
きっぱりと花緋は吐き捨てる。それは宗主と護衛というより、昔馴染みという感じだ。あの一件以来、昔のような物言いをするようになった花緋を、蓉緋は嬉しく思っていたのだが、あえて本人に言うつもりはなかった。
「公子殿、話とは?」
白鷺老師がふたりのやり取りを無視して、訊ねてくる。うん、と無明は頷いて、改めて言葉を紡ぐ用意をする。
「内緒にしてたんだけど、俺、神子なんだ」
「今回の鳳凰の儀の、朱雀の神子ってことですか?それならここにいる者たちは、みんな知っている事でしょう?今更なにを、」
花緋を含め、白鷺老師と虎斗も同じことを思ったらしく、三人が三人とも首を傾げていた。竜虎はそんな様子を眺めながら、まあそうなるよな、と同情する。急に呼び出されたかと思えば、そこには無明がいて、あの赤い羽織を纏っていたのでさすがに驚いたが。
(朱雀との契約は無事に終わったってことか?神子であることを今告げて、老師たちに助力してもらう事にしたんだな、)
竜虎はそんな風に予想したが、あの無明のことだがら、それだけではないだろう。例の如く白笶は、自分の左隣で物差しでも背中に入っているのかと思うくらい、真っすぐな姿勢で座っている。
清婉はというと······。
思いの外、普通だった。彼もあの三人と同じなのか、竜虎たちの後ろで静かに控えていた。その様子に、あれ?と竜虎は思うところがあった。つい最近、訊ねたことを思い出す。
『ずっと、傍で無明様を見てきましたから』
そう言った時の清婉の表情は、どこか得意げだった。
(もしかして······、でもいつから?)
ちらちらと視線を送っていたせいで、後ろにいた清婉が竜虎に対して不思議そうに首を傾げていた。
「えっと、うーん······蓉緋様?」
困った顔で無明は助けを求める。
ふっと笑みを浮かべ、待っていたとばかりに蓉緋は無明の横に立つと、よく通る声で話し出す。
「碧水の玄武の陣、玉兎の白虎の陣、そしてこの地、光焔の朱雀との契約。それを果たしたのが、ここにいる無明だ。この件は碧水で陣が展開された後、白漣宗主から各一族の宗主のみに伝えられた重要事項。神子であることを他の者に知られないようにしたいという、無明の願いを重んじ、今まで黙っていた」
その説明に、老師はふむと白髭を撫で、虎斗は平静を保ち、花緋は「はあっ!?」と叫んだ。
「蓉緋様、あなたはそれを知っていて婚姻を申し込んだんですかっ!?」
「ん?そうだが。今、そのことは重要か?」
「神子ですよ、あの!数百年前の晦冥崗での戦いの後、一度も転生することがなかったあの神子に、なんてことしてくれてるんですかっ!?」
そっちか、と竜虎は引きつる。花緋は、げんなりとした表情で頭を抱えてしまった。あの物静かな近寄りがたい雰囲気は、やはり無理をしていたのだろうか。
「あー······えっと、その事はとりあえず置いておいて、鳳凰の儀に関して、少し提案があるんだけど、」
「ほう、提案とは?」
うん、と無明は老師の方に視線を向け、それから離れた場所に座る白笶の方を見つめた。白笶は後押しするように、ゆっくりと頷いて肯定する。白冰から得た情報。本来の鳳凰の儀の在り方。
この良いとは言えない風習を、長年の一族の考え方を、変えたいと蓉緋も思っていた。その一歩を、踏み出すための、提案。
無明は皆の前でそれをゆっくりと話し始める。
その奇策とも呼べる提案に、老師は感心したように頷いた。それを為せるのは、ただひとり、目の前にいる無明だけだろう。その知識をどこから手に入れたかは置いておいて、それは老師にとっても意味のある提案だった。
「良いでしょう。しかしながら、綿密な策と下準備が必要なことは確か。鳳凰の儀まであとひと月、無明殿、ご助力のほど、お願い申し上げます」
白鷺老師は、改めてその場に立ち上がり腕を前で囲うと、跪き、深く頭を下げてそう言った。無明はいつもなら止めて欲しいと懇願するのだが、わかったと大きく頷いた。
清婉は、どこか浮かない表情でそんなやりとりを見守っていた。
(無明様、神子様なのに、どうして危険な事にばかり首を突っ込んでしまうのか······)
その策も、結局は無明が危険な目に遭わないという保証がないもので、緋の一族の者たちがどう動くかで、局面が一変してしまう気がしてならない。
自分の身を犠牲にしてでも守りたいモノが、無明にはあるのかもしれないが、清婉にしてみれば、そんなことは本当に止めて欲しかった。
けれども、それは叶わないことなのだと。
清婉は暗い気持ちになりながら、膝の上で両の手を握り締めるのだった。
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