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第一章 花轎
1-20 反発する勢力
しおりを挟む扉の前で待ち構えていたのは、緋の一族の者たちだった。真紅の衣を皆纏っており、腰には刀を佩いていた。緋の一族は刀を佩く風習がある。
それは、昔から一族同士での諍いが絶えないためで、本来の術士たちが出現させる霊剣とはまた別物だった。
霊剣は妖者を倒すための霊力で形造られた剣のため、人を傷付けることはできない。代わりに、武器として使うことを目的として造られた刀剣は、人同士が傷つけ合うためのもの。
本来、術士が持つべきものではないのだが、この一族特有のその風習から、皆、腰に佩くことが当たり前となっていた。
蓉緋が纏うものも真っ赤な真紅の衣だが、宗主の物は特別に袖や裾に炎のような紋様が銀の糸で刺繍されている。
そして、腰には銀の装飾が付いた白い鞘に収められた刀剣が下がっている。
「宗主、お一人で来るならまだしも、部外者を連れて入るなど、言語道断では?」
その中心にいた三十代くらいの男が、蓉緋が大事そうに抱えているものに視線を向け、それから足元にいる幼子を見るなり嘲笑う。
「そうえいば、昨夜、外から来た者に婚姻を申し込んだとかなんとか。それが子持ちの女だとは知りませんでした。ここへはその報告にいらしたというわけですか?」
幼子、の姿に扮した逢魔の眉が、ぴくりと動く。
男の言葉に、周りの数人の同じか下くらいの年齢の青年たちが、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
蓉緋はその数人の顔を瞬時に頭に入れる。七人の青年たちは、道を塞ぐように蓉緋を囲み、事情を話すまでここから逃がす気がないようだ。
「ああ、それがなにか問題でも?婚姻を結んだ者が、宗主と共にこの炎帝堂に入ることは禁じられていない。その子も、また例外ではない」
面倒なので、その設定で話を進めることにした。ある意味、間違ってはいない。足元にいる逢魔の笑みに悪寒を感じたが、今はさっさとここから離れたいという気持ちは同じなはずだ。
「鳳凰の儀はひと月後だ。その前に事を起こした奴らがどうなったか、知っているだろう?つい二年前の事だ。まさか、忘れたわけではないだろう?」
二年前、鳳凰の儀の前に当時の宗主が暗殺された。それを画策したのは、ふたりの老師。老師たちに担ぎ上げられた愚か者と、その者の側近や兄弟たち。
しかしそんな栄華は一瞬にして終わった。鳳凰の儀で蓉緋にその座を奪われた前任の宗主や、その周りの者たちは、ふたりの老師と共に暗殺の罪で罰せられたのだ。
宗主を殺すという大罪は、問答無用で死罪。どんな理由があろうと赦されない。鳳凰の儀の際であっても、殺すという行為は認められていない。
あくまでも朱雀の神子を奪うか、宗主を倒すというのが条件なのだ。
「話は終わった?早く帰ろう、色々と聞きたいこともできたし?」
蓉緋は逢魔に視線を合わせないように、あえて目の前の者たちの方を向いたまま、そうだな、と答える。
「ふん。朱雀の神子の候補が集まらず、それすら決まっていないというのに、鳳凰の儀が行えるわけがないだろう。前代未聞の中止もあり得るな。そうなれば責任問題は免れない!これについてはどうするつもりなのか、この場で今すぐ教えていただきたいものだ」
そうだ、そうだ、と囃し立てるように周りの者たちが声を上げる。
「ねえ、おじさんさち、この羽織が見えないの?この羽織、朱雀の神子が纏う衣裳なんだけど。もしかして、知らないの?今回の朱雀の神子は、俺の母様が担うことになったんだよ?」
逢魔はそう言って、蓉緋の腕の中で羽織に身を包んでいるひとを指差す。何を考えているかは、蓉緋には言わずとも解っていた。
それに続けて口を開く。
「その通りだ。ならば掟はもちろん知っているな?朱雀の神子は、鳳凰の儀当日まで、宗主以外は誰もその顔を見てはならない」
故に、神子候補に選ばれた者は花嫁衣装を纏い、紅蓋頭を被ったまま、花轎に乗せられてやって来るのだ。
「その掟を破った者は、鳳凰の儀に参加する資格を剥奪される。つまり、俺を倒す機会すら無くすということだ」
男たちはその言葉に、それ以上何かを言うことはなかった。くそっと毒づいて、中心にいた男が背を向ける。
「俺は認めない。お前のような薄汚い野良犬が、宗主だなんて······俺は絶対に認めないからな!鳳凰の儀でその座から引きずり降ろしてやる!行くぞっ」
去り際にそんなことを吐き出して、男は皆を連れて去って行く。この岩漿洞へと続く道は、緋の一族の住まう宮の真下にある。一族の者ならば、ここまでは誰でも来ようと思えば来れるのだ。
だがなぜここにいることがわかったのか。
途中まで気配は感じなかった。後をつけられていたわけではないとして、どうやって奴らはそれを知り得たのか。
「婚姻って、なに?」
くい、と裾を引かれ、蓉緋はその主に視線を落とす。そこには姿は幼子のままだったが、朱色の瞳ではなく、金眼の瞳があった。
「俺が無明に申し込んだ。案ずるな。まだどうこうしようというわけではないし、そもそも返事をもらっていない。無理強いする気もない。それにお前の母様は、俺のことなど見ていないだろう?」
「それは、まあ、ご愁傷様、としか言えないね」
逢魔は、それに対しては同情せざるを得ない。生まれてからずっと見てきたが、無明はそいうことには疎く、白笶がそういう意味で気持ちを解ってもらうまで、時間を労していたのを知っている。
「だが、この儀の間だけは、俺にも権利がある。そういう意味では、やましいことなどない。なんにせよ、奴らの顔は全員憶えた。危害が加えられないよう、なにがあっても守ると誓おう」
「まあ無明は確かに色々疎いけど、人を見る目は確かだからね、」
ぽつりと呟いた言葉は、蓉緋には届かない。もちろん、教えてやる義理もない。逢魔は幼子の姿のまま、弾んだ足取りで後を追うのだった。
外の空気は、岩漿洞と比べればそれほど暑くはなかったが、慣れてくればやはりじんわりと蒸し暑く感じる。
もぞもぞと身体を捩らせた無明が、ゆっくりと瞼を開く。眩しさを覚え細めた瞳の先に、思いも寄らぬ人物がいたことで、ぼんやりとしていた頭が急に冴えた。
「あ、あれ?蓉緋様?俺、なんで?」
「朱雀の契約は上手くいったみたいだよ、」
無明は聞き憶えのない幼い声に、視線を落とす。自分を抱きかかえている蓉緋の足元に、誰かによく似た容姿の幼子が立っている。
その金眼を見て、無明は思わず満面の笑みを浮かべた。
「もしかして、逢魔!?可愛い!そんな姿にもなれるのっ!?」
「そうだよ。当分はこの姿でいるから、よろしくね?」
腕の中で騒ぎ立ている無明の姿に、蓉緋は先程まで自分の中で蠢いていた感情が馬鹿らしく思えてきた。
被された赤い羽織に気付いたのか、首を傾げてこちらを見上げてくる。
「蓉緋様、この地を守護するための朱雀の陣は、もう少し待っててくれる?俺、良いこと思いついたんだ。だから、あとで話すね、」
へへっと無邪気に笑って、無明はそう言った。
無防備な嘘のない笑みに、自然と自分の顔にも笑みが浮かんでいるのがわかった。
蓉緋は「わかった」とひと言だけ答え、無明を抱きかかえたまま、自分の住まう鳳凰殿へと足を向けるのだった。
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