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第一章 花轎
1-15 ずっと見てきました
しおりを挟む翌朝。
珊瑚宮に宗主である蓉緋が直々に無明を迎えに来た。いつも傍に仕えている花緋はおらず、一体どんな理由を付けてひとりでやって来たのか、疑問しかない。
無明が神子であることを知っているのは、緋の一族の中では目の前の蓉緋のみ。故に、昨夜の求婚に関して老師である白鷺は止めることはなかった。意外なことに花緋にも伝えておらず、無明が碧水の地で白漣宗主に頼んだ"お願い"を、律儀に守ってくれていたことがわかる。
蓉緋が纏うのは、真紅の衣。宗主の物は特別に袖や裾に炎のような紋様が銀の糸で刺繍されていた。長い黒髪はそのまま背中に垂らしており、右側のひと房だけ三つ編みをしている。瞳は朱色。左右の耳にしている、小さな赤い石の飾りが目立つ。
端正な顔立ちに、最初に会った時とはまったく別物の優しい笑みを浮かべ、無明以外は視界に入れていないのか、真っすぐに目の前にやってきた。
「では、行こうか」
言って、蓉緋は無明の前に左手を差し出す。うん、と無明は差し出された手の上に自分の右手を置いた。それは、いつも白笶がしてくれるのと同じで、無明は自然と蓉緋の左側に立たされる。
いつもと違う赤と黒が並ぶとなんだか不思議な感じだが、白笶を見上げる時の視線の位置より、少しだけ低く感じる。
そのまま珊瑚宮から出て行ったふたりを、竜虎は何か言うでもなくただ見送る。白笶はふたりが出ていた扉が閉まっても、しばらくそこに立ち尽くしていた。
清婉はというと······。
「無明様、本当にここの宗主様と婚姻を結ばれるんでしょうか。そうしたら、無明様は紅鏡には戻らず、このままこの地でお別れってことなんです?」
「そうならないように、どうやって断るかを考えてるところだ」
竜虎はちらちらと白笶に視線を向けながら、清婉の素直すぎる疑問に気を遣って答えたつもり、だったのだが。
「でもどうやって断るんですか?普通なら無理じゃないですか。だって相手は宗主様ですよ?無明様はただの第四公子様で、立場的には寧ろ僥倖といってもいいくらいです」
所謂、玉の輿というやつだ。
「あ、でも、無明様の想い人は白笶様ですから、その辺りどうす··········ひぃっ!?」
清婉は竜虎越しに見えた白笶の表情に、思わず甲高い悲鳴を上げた。その様子を見ただけで、竜虎は後ろを見ずとも白笶がどんな顔をしているか想像できてしまった。
「······頭を冷やしてくる」
白笶はすぐにいつもの無に表情を戻すと、そのまま扉を開けて出て行った。竜虎はどっと疲れて部屋の真ん中に置かれた丸い机の方へ歩き、椅子を引いてどすっと座った。
(もうこれを機に、神子だって公表した方がいいじゃないか?)
頬杖を付き、紫苑色の眼を細める。相変わらず頭の上できっちりと髪をまとめ、銀色の飾りで解けないようにとめている竜虎。長めの前髪は、丁度真ん中で分けられており、彼の几帳面さが表れている。
金虎の一族が纏う、袖と裾に朱と金の糸で描かれた、何かの陣のような複雑な紋様が入った白い衣を羽織っており、上衣も下裳も白。帯は上下の縁が金色で、長綬と短綬は黒。
竜虎は金虎の第三公子で、無明よりふた月だけ生まれた月が早い。長年、無明といるせいもあって、昔から口は悪いが面倒見は良く、気遣いのできる少年である。
金虎の一族の中では痴れ者と名高い、無明の本当の姿を知る、数少ない者のひとりだ。その痴れ者が、まさかあの神子だったなんて、一体誰が信じると言うのか。
(······だよな。言ったところで、本気で信じてくれる者なんて、ほとんどいないだろう。だから、俺たちが必要なんだ)
そ、と置かれた湯呑に、竜虎は手を伸ばす。
「そうですよね、竜虎様だって心配ですよね。白笶様の気持ちも考えず、私も迂闊でした」
「なあ、清婉。お前、どこまで知ってて言ってるんだ?」
その質問に、清婉はきょとんとした顔で竜虎を見下ろす。同じ色の紫苑色の瞳は、なんでそんなことを聞くのかと言わんばかりに、疑問の色を浮かべていた。
「どこまで、と言われても」
最初は、気のせいかとも思った。
紅鏡を出て、碧水の地に入る頃。あの渓谷から戻って来た時の、白笶の無明に対する態度。鬼蜘蛛に連れ去られた後、ふたりで戻って来た時のふたりの変化。
碧水の地で、あの恐ろしい一夜が明け、その後、ふたりで出かけて行き、戻って来た時の無明の慌てふためいた様子。それから、碧水を出てすぐ。玉兎の地で、白笶が大怪我をして眠り続けていた時の、無明の姿。あの天燈が夜空を明るく照らした日。屋根の上でふたり、並んでいた。
そして、昨夜、ふたりで外から戻って来た時の、表情。
「ずっと、傍で無明様を見てきましたから」
だから、無明がなにかひとりで抱えていることがあることも、なんとなくだが気付いていた。それがなにかは知らない。自分は従者で、無明は主。無明が隠しておきたいことを、わざわざ聞いたりはしない。
しかし、白笶とのことはまったく隠す気もないようで、感情がだだもれしているため、それに関してはただ祝福している。男とか女とか、そういう偏見は特にないし、あの無明なら、と、もはや何を言われても驚かない自信がある。
「無明様が幸せになれるなら、私はいくらでも応援します」
それが、今までの罪滅ぼしになるとは思わないが、それは心から思う言葉だった。
「······ありがとう、」
竜虎は思わずそんな言葉が口から出た。
「はい、どういたしまして!」
穏やかな笑みを浮かべ、清婉はなんの躊躇いもなくそう返した。
ふたりはここまでの旅路を振り返りながら、和やかに会話を弾ませる。
(きっと、こうやって、あいつの周りには信頼できる人間が増えていくんだろうな)
だから、心配は無用だ。
竜虎はひとり、心の中でそう思うのだった。
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