彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
173 / 231
第一章 花轎

1-14 そういう意味じゃない

しおりを挟む


 珊瑚宮に戻った無明むみょうは、開けた扉の先にいた清婉せいえんを見るなり、その両手で両眼を覆った。
 その行動に、清婉せいえんは首を傾げ、遠目で見ていた竜虎りゅうこは「うわぁ」と心の中で呟いた。

(師匠、言ったのか?あれを言ったのか?でもあいつ、たぶん色々間違って解釈してるみたいだけど)

 自分が煽ったのは事実だが、その光景はどう見ても間違っている気がしてならない。
 たぶん白笶びゃくやも同じ気持ちなのか、困惑した表情を浮かべている、気がする。

「どうしたんです?もしかして目が痛いんですか?ちょっと診せてみてください」

 清婉せいえんは手に職をと思い、白群びゃくぐんの所にいた時に、雪陽せつようから簡易的な医術を学んでいたのだ。
 本当に簡易的なため、怪我をした時の包帯の巻き方や、薬草の見分け方、傷薬の調合の仕方、漢方薬あたりまではすでに学として修めていた。

「わー!?だめだめ!俺は白笶びゃくや以外······もごっ」

 白笶びゃくやは無表情のまま、咄嗟にその口を片手で塞いだ。その続きはもはや想像するまでもなかった。

「問題ない」

 そして、そのまま無明むみょうの両手首を掴んで眼から放す。わあっと無明むみょうは慌てて眼を閉じる。
 見てられない、と竜虎りゅうこは首を振って嘆息すると、おもむろに立ち上がった。

無明むみょう、そういう意味じゃないと思うぞ」

「へ?どういう意味?」

「そうですよね、師匠」

 目で合図をして、その答えの意味を促す。白笶びゃくやはそれを察して、こくりと頷いた。

無明むみょう。さっきの言葉は、物理的な意味ではない」

 無明むみょうは、あの会話をもう一度最初から脳内再生してみる。

『私だけを、見て欲しい』

 その意味を今更ながら知り、みるみる顔が真っ赤になった。

(俺、馬鹿なの!?え?あれって、そういう意味だったの!?)

 と、きっと心の中で叫んでいるだろう無明むみょうを呆れた顔で眺め、竜虎りゅうこは大きく嘆息する。

(いや、そういう意味以外あるか?なんでそれで物理的な方に考えるんだ?)

 赤くなったかと思えば青くなっている無明むみょうを不思議に思い、清婉せいえんはますます首を傾げた。
 万歳をしたままの無明むみょうは、バツが悪そうに白笶びゃくやを視線の端に映す。

「大丈夫。伝わったなら、それで、いい」

 手を放して、白笶びゃくやは安堵したように頷く。そして部屋を見回して、ふとあることに気付く。

逢魔おうまは?」

 こういう時に一番に茶々を入れてくるはずの逢魔おうまの姿がなかった。それには清婉せいえんが、はいと小さく手を挙げて答える。

逢魔おうま様は、先に行って兄さんと話してくる、と言ってました。どこに行くとまでは教えてくれませんでしたが。御兄弟がいらっしゃたんですね、」

 白笶びゃくやはそれを聞き、すぐにその行先が朱雀、老陽ろうようのいる炎帝えんてい堂であろうと確信する。逢魔おうまであればひとりでもそこへ行けるだろう。

 無明むみょうたちが行くのは明け方だろうから、その前に説得するつもりなのだ。神子みこを目の前にしても、感情のまま動かないように、と。

 無明むみょうはそれを聞いて、逢魔おうまが久々に逢うだろう老陽ろうようと、積もる話でもあるのだろうと考えていた。

(朱雀、老陽ろうよう様······どんなひとなんだろう?)

 少しわくわくする気持ちと、契約に対しての不安が入り混じる。
 誰にも話せていない事。
 白虎、少陰しょういんとの契約の際に知った事。
 この先、それを隠したまま進んでいいのか。

(でもそれを言ってどうなるの?契約をしないと、この国は、)

 玄武、白虎の宝玉は砕け散ってしまった。この地や次の地の宝玉が砕けなかったとしても、四神の守護は必要不可欠なもの。自分の我が儘で今更止めることなど叶わないし、止めるつもりもない。

「どうした?まだ馬鹿な事でも考えているのか?」

「違うよ!別になんにも考えてないっ」

 首をぶんぶんと振って、無明むみょう竜虎りゅうこに悟られないように否定する。
 ふーんと疑い深い竜虎りゅうこは紫苑色の眼を細めるが、「ならいいんだが、」と、珍しくそれ以上の追及はしなかった。

「それより、聞いて!あのね、鳳凰の儀式の時の舞なんだけどね、今回は花嫁衣装で舞うんだって!」

「は?なんで?神子衣裳じゃなかったのか?」

「よくわかんないけど、花嫁衣装だと面紗めんしゃで顔を隠せるからって、蓉緋ゆうひ様が言っていた、ような?」

 いや、それ違う意味じゃ······と竜虎りゅうこ白笶びゃくやは不安を覚える。どうあっても、無明むみょう神子みこではなく嫁にしたいらしい。

「わぁ、無明むみょう様なら似合いそうですね。花嫁衣装はさておき、赤も似合うと思います」

「へへ。清婉せいえんも見ててね、俺の舞」

 もちろんです!と清婉せいえんは答えるが、途中で「あ」と大事な事を思い出す。

「でも、危ないんですよね?舞の間は大丈夫でも、その後は······、」

 鳳凰舞が終わったその瞬間から、大乱闘に近い宗主争いが行われるのだ。清婉せいえんは不安げに無明むみょうを見つめる。

蓉緋ゆうひ様が守ってくれるって言ってたけど。俺、逃げるのは得意だから平気だよって、断った」

「なんで断るんですか!守ってもらった方が良いに決まってるじゃないですかっ」

 え?なんで?と無明むみょうは首を傾げる。清婉せいえんは信じられない!という顔で詰め寄って来るので、ますます無明むみょうは不思議そうに見上げた。

 そして満面の笑みを作って、清婉せいえんを黙らせる。

「朱雀の神子みこは、宗主と共にある。危なくなったらもちろん逃げるけど、俺は蓉緋ゆうひ様を守るつもりで舞台に立つ。俺、ここに来る途中の市井しせいを見て思ったんだ。皆があんな風に生き生きしていたのは、きっと、蓉緋ゆうひ様や白鷺はくろおじいちゃんのお陰なんじゃないかって。前に何があったかは後で教えてもらうとして、それが今の俺の考え」

 守られるのではなくて、守る。

 そう言い切った無明むみょうに、白笶びゃくや竜虎りゅうこも自分たちの決意を固める。清婉せいえんは笑顔に押し切られたことを悔やむばかりだった。


 各々の気持ちを置き去りにしたまま、やがて夜が明ける――――。


 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

処理中です...