彩雲華胥

柚月なぎ

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第一章 花轎

1-13 君だけを見ている

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 無明むみょうは先程まで竜虎りゅうこが座っていた、白笶びゃくやの右隣に腰を下ろす。いつも左隣にいることが多い無明むみょうは、なんだか落ち着かない気持ちではあったが、そのまま白笶びゃくやを見上げた。

白笶びゃくや······俺、どうしたらいいんだろう?神子みこであることを白鷺はくろ様に話して、蓉緋ゆうひ様を説得してもらうしかないのかな?」

 宴会での出来事は、無明むみょうにとってはまったく予想もしていなかった展開だったため、返事は先延ばしにできたが、宗主からの申し出をあの場で断ることはできなかった。

 なぜなら、相手は宗主で、無明むみょう金虎きんこの一族ではあるが、ただの第四公子。通常の認識言えば、無理ですごめんなさいでは断る理由にはならないのだ。

白鷺はくろ様は、賢明なお方だ。力になってくれると、思う」

 二年前まで、の一族の老師は常に三人存在した。その穴埋めとなる者がいない今、一族の政は白鷺はくろ老師が行っている。市井しせいで孤児たちを纏めていた蓉緋ゆうひ花緋かひを連れて来たのは、他ならぬ老師自身。二年前の鳳凰の儀に乗じて蓉緋ゆうひを宗主に据えたのも、彼なのだ。

「········白笶びゃくや、怒ってる、よね?」

 表情にはまったく出ていないが、無明むみょうにはそれが読み取れた。視線が重なる。その灰色がかった青い双眸はいつも以上に平静でいようとして、どこか不自然に思える。
 肩と肩が触れ合うか触れ合わないかという、微妙な距離で座るふたりの距離感が、今の心情を表しているかのようだった。

「怒っていないと言えば、嘘になるが··········それ以上に、」

 白笶びゃくやはすべてを言い終える前に、無明むみょうの左腕を引き、そのまま抱き寄せた。無明むみょうの髪の毛を括っている赤い髪紐が、長い髪の毛と共に大きく揺れた。

「私は、私が赦せない。怒りを覚えるのは、自分自身に対して」

 耳元で囁かれるように紡がれるその低い声に、無明むみょうは言葉を失う。肩と腰に回された腕、その指先に力が入っているのがわかる。白笶びゃくやはそれ以上なにも言わなかった。だから、どうして彼が自分自身を赦せないのか、自分自身に怒りを覚えるのか、その理由を訊くことができなかった。

 抱きしめられたまま、無明むみょう白笶びゃくやの胸元に自分の右手をそっと添えた。探るようにゆっくりと動かした指先は、心臓の辺りで止まる。

白笶びゃくやの鼓動······俺と同じ、)

 肩口に顔を埋めて、その鼓動を聴く。
 こんな風に抱きしめられるのは久しぶりだった。

(あの夢の中で君に逢った時、俺は、)

 "好き"という気持ち以上のモノがあることに気付いた。その感情がなにかは、まだ言葉にすることは難しいけれど、いつか、解る時がくるのかな?

白笶びゃくや、俺のこと、ちゃんと見ててね?」

 鳳凰舞は花嫁衣裳を纏って舞うらしい。
 一緒に舞うのは蓉緋ゆうひだが、自分が舞う姿を白笶びゃくやに見ていて欲しかった。あの奉納祭の時のように。

「上手くできたら、また褒めてくれる?」

 あの繭の中でした約束のように。

「あとは········そろそろ放してくれると、嬉しいな?」

 無明むみょうは困ったような表情を浮かべて、白笶びゃくやを見上げる。

白笶びゃくや?」

 腕が解かれ、そのぬくもりが離れていく。
 しかしその視線は無明むみょうを見つめたまま、何か言いたげだった。

 無明むみょうは首を傾げたまま、その言葉が発せられるのを待つ。白笶びゃくやは必要以上の言葉を紡がない。だからこそ、今、言おうとして躊躇っている大切な言葉を、聞かなくてはいけない気がしたのだ。

 右手がそっと無明むみょうの頬に触れてくる。
 一度俯き、何かを決心するように白笶びゃくやは頷いた。真っすぐに向けられる双眸は、無明むみょう以外を映していないのが解かる。

「私だけを、··········見て欲しい」

 どこか悲し気な表情で紡がれたその言葉に、無明むみょうは思わず息が止まりそうになった。

「私は、君以外、なにもいらない」

 それはまるで。

「隣に君がいないのは、嫌だ」

 我が儘を言う子供みたいな。

「だれにも、触れさせたくない」

 けれどもどこまでも真剣で、真っすぐな気持ち。そんな想いを笑う事なんてできない。誤魔化すことも不要だった。

「うん、わかった。俺、白笶びゃくやだけ見てるね、」

 言って、満面の笑みを浮かべた無明むみょうに、白笶びゃくやも満足そうに頷いた。

 市井しせい燈火ともしびはぽつぽつと等間隔で点燈されており、暗い夜の闇を照らしている。

 岩壁に閉ざされたこの地の空は円形。その薄墨色の空に瞬く星は、いつもよりも少なく見えた。灯篭の灯りが風で一瞬途切れそうになるが、小さな種火が再び燃え上がる。無明むみょうの色白の肌を彩るその灯りに、白笶びゃくやは安堵する。

「明日も早い。戻ろう、」

 頬から右手を放し、今度は左手で無明むみょうの右手を取った。
 いつもと同じ、白笶びゃくやの左側に立った無明むみょうは、その手を握り返す。ふたり、手を繋いで並んで歩く。


 不安は、ある。

 それでもこの手は、いつだって君のためのモノ。
 自分と白笶びゃくやの繋がりと同じ。

 切れることのない、永遠の絆のように。
 

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