170 / 231
第一章 花轎
1-11 痴れ者、求婚される
しおりを挟む突然立ち上がった無明に、皆の視線が一気に集まる。今度は何を言い出すつもりなんだ、と竜虎は疲れた表情で見上げる。正直、先程の話を聞いて動揺してしまい、上手く思考が働く自信がなかった。
「蓉緋様は、それを知っていて俺にそんな危険な役目をお願いしたの?俺がただの第四公子だから、どうなってもいいってこと?」
その言葉は、竜虎の想像していたものからかけ離れていて、思わず白笶の方を見てしまった。白笶は無表情のまま、真っすぐに宗主たちの席を見据えている。
無明が無明らしくない言動をしているというのに、なんの色も浮かべることなく、微動だにせず座っていた。
「俺は、あなたが信じられないよ······」
その言葉に、蓉緋は一瞬暗い表情を浮かべ、それはすぐに皮肉な笑みへと変わった。口の端が歪み、斜めに顔を向け、無明を見据える。
(所詮、君も······ただの他人、か)
眼を細めた蓉緋が口を開こうとしたその時、音もなく、黒い衣が軽やかに目の前に舞い降りた。
その正体を認識したのも束の間、顔を覗き込むように腰を屈めて、無明はにっこりと対照的な笑みを浮かべた。
「なーんてね!」
「····················は?」
それは本当に油断していたこともあり、その直前まで胸の中で渦巻いていた様々な感情が、一瞬にして吹き飛んだ。蓉緋は自分がどれだけ間の抜けた顔をしているか、知る由もないだろう。
「ふふ。面白かった?人を試すのは、俺の方が上だったみたいだね、」
自分のすぐ目の前で腰に手を当てて、満足げに仁王立ちしている無明を見上げ、蓉緋だけでなく、花緋までも言葉を失っている。ただひとり、白鷺老師だけは、ふむふむと頷いていた。
「これは、これは。私も一杯食わされましたな」
「おじいちゃんは、解ってて合わせてくれたんでしょ?」
ほっほっ。と老師は素知らぬ顔で明後日の方向を見ている。
「宗主は、本当に自分が心を預けても良い相手かを、人を試して判断する悪い癖があるので困っていたのです。そういうのは良くないと日頃から教えておるのですが······いやはや、お恥ずかしいかぎりですな、」
無明はその場に片膝を付き、ごめんなさい、と先に謝った。
「あなたは、そうやって今まで生きてきたんだね。でも信じて欲しい。俺は、あなたを裏切らないし、この役目を最後まで果たすよ」
翡翠の大きな瞳が、蓉緋を真っすぐに見上げてくる。こんなにも嘘偽りのない瞳を、見たことがなかった。
昔から、裏切りと嘘と偽りの中で生きていた蓉緋にとって、信頼できる者は少ない。仲間と呼べる者はごく僅か。花緋と老師、あとは昔の仲間くらいだろう。
そんな中で身につけた処世術が、人を試すという行為。その見極めの中で、一体何百回と諦めたことか。
「······俺の負けだな。本当に、君は、俺が頭を下げるだけの価値があるひとだ」
蓉緋は一度その場に立ち上がり、そしてそのまま跪いた。それには花緋が驚き、思わず「蓉緋!」と名を呼んでしまったくらいだ。
「緋の宗主、蓉緋。改めて、金虎の第四公子殿に冀う。この地の真の朱雀の神子となり、俺の傍にいて欲しい」
「うん、よろこんで!··········ん?あれ?ちょっと待って、」
無明は元気に返事をしておいて、首をだんだん横に傾げていく。
「無明、」
白笶が怖い顔でこちらを見ている気がする。そんな視線を背中に感じつつ、無明は「やっぱりもうちょっと、考えてもいい?」と困った顔で蓉緋に懇願する。
蓉緋は、鳳凰の儀式において"朱雀の神子の役目を果たして欲しい"という意味ではなく、これからずっと自分の傍で"真の朱雀の神子"として支えて欲しい、という意味で言ったのだ。
真の朱雀の神子とは、一体何なのか。竜虎は嫌な予感しかしなかった。しかし、その答えは宗主の口からすぐに告げられる。
「まあ、いいだろう。婚姻というは、お互いの気持ちが大事だからな。だが、俺はそんなに長くは待てないし、誰かに渡すつもりもない」
にやりと自信満々に浮かべたその笑みは、彼の本性だろう。
竜虎と花緋はほぼ同時に叫ぶ。
「こ、婚姻!?」
よりにもよって、婚姻?どうして婚姻?なんでこの流れでそうなる!?
確かに無明は、見た目は少女のように美しく、初対面の人間なら、男だと言われなければわからないだろう。
しかし、目の前の緋の宗主はそれを知っていて、求婚したのだ。
しかも数人の立会人の前で、だ。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、ここまで馬鹿だとは!自分が何を言っているか、解ってます?頭は正常ですか?一回、殴っても良いですか?」
花緋は混乱しているのか、主である蓉緋の胸ぐらを掴んで、そんな物騒なことを言い出す。これが彼の素なのだろうか。そうだとしたら、本当に好感度が上がるんだが、と竜虎は頷く。
「俺は本気だが?何か問題でもあるのか?」
「逆に、なんで問題がないという思考になるのかが、私には理解不能ですが?」
ぱんぱんと老師は手を叩いて、皆に自分の方を見るように促す。
「これは、面白い。だが、別に問題はないし、過去に事例もあるから、私は反対はせんよ。この地の宗主たる条件はただひとつ、誰よりも強ければいい。子はできずとも、問題ない。つまり、嫁が男でも問題ないということですな」
「いや········そっちは良くても、こっちには大きな問題が······、」
竜虎は恐る恐る自分の左隣を見上げる。白笶がその無表情の中にどんな感情を渦巻かせているかなど、恐ろしすぎて知りたくもなかった。
無明はちらちらとこちらに視線を送ってくるが、助けようにも、こちらはただの公子で、あちらは宗主。立場が違いすぎる。
(無明······どうする気だ?)
自分があの神子だと皆の前で言ってしまえば、少なくとも老師と、なにも言わず黙って様子を見ていた虎斗だけは、この騒動を穏便に収めてくれるだろう。もちろん、それは本意ではないだろうが。
その夜の宴は、色んな意味で大問題に終わった。
そして緋の宗主が、ちょっとあれなで有名な、金虎の第四公子に求婚したという噂が、一晩のうちに光焔の地に広がったとか、なんとか。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる