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第一章 花轎
1-10 白鷺老師
しおりを挟む無明たちは、それぞれ席に着く。この席に従者である清婉は同席せず、逢魔と共に珊瑚宮で留守番をしている。
客人がいない間に、誰かが勝手に入るということはないだろうが、念の為、無人は避けた方が良いという宗主からの提案だった。
それくらい、今の緋の一族の者たちの中には、常識が通用しない者たちがいるらしい。
宗主である蓉緋と敵対している勢力は、傍若無人な者たちの集まりで、かつての一族の血気そのままだという。
それとは反して、蓉緋は無駄な争いを好まず、しかし向ってくる者は容赦しないため、そこに溝がさらに生まれるのだ。
宴といっても顔見知りだけの食事会と言った方が正しいだろう。
虎斗も同席しており、蓉緋と花緋、そして白鷺老師の三人から少し離れた位置に用意された善の前に、座していた。
一方、無明たちは少し間を空けたその正面に、白笶を真ん中にして、左に無明、右に竜虎が座した。
「これは、これは、遠路はるばるお越しいただき、ありがたく思います。そちらの公子殿においては、今回の鳳凰の儀を手伝っていただけるとか。申し遅れました、私はこの光焔の地を治める緋の一族の老師、白鷺。ただの老いぼれですが、以後、お見知りおきを」
丸まった背と、皺だらけの顔。頭の天辺で団子にして括っている白髪と、長い眉、口と顎の髭もすべて白い老人は、にっこりと笑ってお辞儀をした。
この、のんびりとした老人がこの地の政の一切を任されているのだから、ただの穏やかな老人でもなければ、ましてやただの老いぼれでもないことは明白だろう。
「おじいちゃんは、偉い人だよね。この地で一番物知りってこと?」
「ばっ··········無明!」
白笶の横から顔を出して、竜虎は慌てて無明を止めようとした。
した、が、案の定。
「じゃあ、どうして朱雀の神子候補だった、舞人さんたちが消えちゃったんだと思う?物知りなおじいちゃんなら、なにかわかるんじゃない?」
無明はいつもの痴れ者を始めてしまった。はあ、と大きく嘆息しながら、竜虎は顔を右手で覆って頭を振った。もはや、こうなっては止めるのは不可能だった。
(無明は、なにか気付いたのか?だとしても、今、この場で話すことじゃないんじゃないか?)
ただの宴として設けられた席だ。静かに食事をして、訊かれたことに答えていればいいはずだった。それなのに、今、ここで話すことが重要なのか?と竜虎は顔を上げる。
一瞬だが、蓉緋が口元を緩めているのが見えた。それは本当に一瞬だったので、それを見てしまった竜虎は背筋がぞくりとした。あの宗主が何を考えているのか、ただ不安を覚える。
「ほう。花嫁の失踪事件の事ですか。まあ、確信はないですが、想像はできますな」
「すごい!物知りなおじいちゃんは、やっぱりなんでもお見通しなんだねっ」
わざと騒がしく身体を動かして、無明は白鷺老師の言葉に反応する。白笶は止める気もないらしく、いつもの如くただ傍に控えている。
竜虎は虎斗と眼が合ったが、ただ困ったように笑みを浮かべているだけで、こちらも口を出す気はないようだ。
無明のことは、手のかかる第四公子としての認識しかないのだろう。
「じゃあ、おじいちゃんの想像、俺にも聞かせて!」
「無明殿、それは今でなくとも良いのでは?」
眉間にしわを寄せた花緋が自分の役目と思ったのか、ふたりの会話に割って入って来る。その口調はどこまでも平静で、波のないものだった。
「いいじゃないか。面白い。老師、どうなんだ?あんたはどう思う?」
「宗主、あなたというひとは、どうしてそう、」
「なんだ?事を荒げるのが好きかって?もちろん、大好物だが?」
花緋はもはや何も言うまいと、無を決め込む。竜虎はそんな花緋に同情と共感を覚えて、少しだけ好感も持てた。
「老人の想像をご所望とあれば、致し方ないですなぁ。これはあくまで、想像でしかありませんが、」
線のように細い眼を少しだけ開き、老師は長い白髭を上から下に繰り返し二回撫でた。その動作はやはりのんびりとしたもので、どこかもったいぶっているようにも思えた。
「そもそも、彼ら彼女らは、どういう理由で朱雀の神子の候補に自ら手を挙げたのか、ということ」
この光焔の人間ならば、誰もが知る儀式の本来の目的。自分の身を危険に晒してまで、得たいモノとはなんなのか。
「お金だね」
無明は軽い言い回しできっぱりと言い切った。それには、竜虎は言葉を失う。
確かに、身の危険がある役目であり、宗主を決める一大行事でもある。なんの報償もなく引き受ける者など、よっぽどの人格者くらいだ。
「ほっほっ。その通り。見事に役目を放した暁に齎される報奨、何かあった時に遺族に与えられる報償、それは数年は働かなくとも食べていけるだけの褒美。だが、そんなことをしなくても、口止め料という名の同等、もしくはそれ以上の金が手元に転がって来たなら?」
「お金を貰って、いなくなっちゃうね。でも、そうでないひともいるかも。正義感の強いひとたちは、どうなっちゃうの?」
わざとらしく無明は疑問を口にする。
老師は、にっこりと笑ってその問いに答える。
「その美しい正義感が、予期せぬ死を招くかもしれませんな、」
その答えに、竜虎は嫌な予感が現実になるのを思い知る。
つまり、何者かが失踪した者たちに金をちらつかせた上で、神子候補を辞退させ、そのまま行方を晦ますように指示をした。もしくは、葬り去ったということになる。
それがもし事実なのだとしたら、無明が危険でないはずがない。
そして、この"想像"を、宗主である蓉緋が知らなかったはずはないのだ。
そんな中、無明は笑みを浮かべ、突然その場に立ち上がった。
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