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第一章 花轎
1-8 揺らいだ決意
しおりを挟む竜虎は、朱雀宮を案内してもらいながら、伯父である虎斗の横を歩いていた。久々に逢えた喜びもそうだが、自分の理想とするひと、憧れの大人である虎斗を眺めているだけでも楽しかったのだ。
「そうか、あの奉納祭の後に、そんなことがあったのか」
「俺、紅鏡に戻ったら、絶対に虎珀兄上の力になります」
言って、竜虎は満面の笑みを浮かべた。
それは心強いね、と虎斗は肩に手を置き、頑張ってと微笑んだ。
「伯父上はここで行われる鳳凰の儀について、詳しく知ってるんですよね?」
「ああ、他の一族の者たちよりは知っているつもりだよ。何度か立ち会ったこともあるからね」
どんな儀式なんです?と竜虎は興味津々に訊ねる。無明がまた舞を舞うのなら、自分も見てみたいと思った。きっと、美しい舞になるはずだ。
「ほら、あそこに大きな舞台が見えるだろう?」
虎斗は欄干に手を付き、斜め下の方に見える広い舞台、屋根のない建造物を指差した。それは、円形の舞台だが、かなり大きな造りになっている。宗主と朱雀の神子と呼ばれる舞人だけが舞うには、かなり広い。
「舞自体はだいたい半刻ほどなんだけどね。問題はその後なんだ」
「······問題?とは、」
竜虎は視線を舞台から虎斗の方に戻すと、首を傾げる。舞を捧げるだけなのに、一体なんの問題があると言うのか。
「いずれ、解ることだろうから教えておくけど、鳳凰の儀は、表向きはこの地を守護する朱雀に舞を捧げる儀式だが、本来の目的はまったく違うもの」
「どういう、意味ですか?」
その言い回しに、竜虎は少なからず不安を覚える。
「この二年に一度行われる儀式は、緋の宗主を奪うための儀式なんだよ。簡単に言えば、だれでも宗主になれる儀式。条件は朱雀の神子と共に、最後まで舞台に立っていることのみ」
「それって、朱雀の神子も危ないんじゃ、」
「憶えているかい?消えた神子候補が、どんな条件で選ばれた者たちだったか」
竜虎は宗主たちが話していたことを、ふと思い出す。確か、皆、美しくて強い手練れだったと。
「それって······でも、なんであの場で、宗主たちはその事を教えてくれなかったんですか?例えそれがわかっていても、たぶんあいつは引き受けていたかもしれないけど······それでも、知っているのと知らないのでは、対処の仕方が違うはずなのに」
「それは私もわからない。部外者である私が、口を挟むことでもないしね」
それはそうですが、と竜虎は俯く。
それを伝えなかったことになにか理由があるのだとしたら、また無明が厄介事に巻き込まれるのが目に見えている。
「まあ、私が君たちに話すことを前提として、あえてあのように説明した可能性もあるね。わざと不信感を与えて、何の意味があるかはわからないけれど。蓉緋はああ見えて、頭の切れる子だから」
竜虎はそれを聞いて、肝心なことを思い出す。
華守であり、何度も転生を繰り返しているという白笶が、それを知らなかったはずがない。
もちろん、転生の事は自分たち以外は知らない事であるため、あの場で発言することができなかったのだ。
宗主は、試したのだろうか?
無明が神子であることは、各地の宗主たちにのみ知らされている。
碧水にいる白冰や自分は別だが。もちろん、目の前にいる虎斗に、竜虎がそれを告げることもない。
どんなに信頼しているひとだとしても、それに関して竜虎が勝手に真実を話すのは、やはり違うのだ。
「伯父上、ありがとうございました。俺、そろそろ戻ります」
一礼して、竜虎は顔を上げた。
「竜虎、旅は楽しいかい?」
「え、はい。なんですか、急に?」
目を細めて、意味あり気に見下ろしてくる虎斗に対して、竜虎は首を傾げる。一体どうしたのだろう、と。
「この地での用が終わったら、紅鏡には戻らず、私と共にこの地を回らないかい?」
それは、思ってもみない提案で、竜虎はすぐに理解ができなかった。ずっとひとりでこの地を回り続けている白獅子が、どうして自分などと一緒に回ろうなどと提案しているのか。
「私もまあまあ歳だからね。そろそろ後継者を、と思っているんだ。各地を回り、他の一族たちの問題の解決に尽力する。時には危険もあるだろう。自分の力が及ばないこともある。けれども、やりがいのある役目だ。すぐに答えを出さなくてもいい。この地を離れる前まででいいから、考えてみて欲しい」
白獅子として、この地を巡る虎斗の後継者になる。それは竜虎にとって、光栄以外の言葉が見つからないが、すぐには答えを出せなかった。自分には、心に決めたことがある。
「······考えてみます」
もう一度頭を下げ、竜虎は踵を返した。
夕焼け空が眩しく、思わず目を細めた。
(俺は、無明を守ると自分の中で決めてる)
紅鏡に戻るまでは、それを果たそうと思っていた。それでも虎斗の言葉は、竜虎にとって心を揺るがすものでもある。
自分だけでは決められない、と首を振り、無明たちがいるはずの宮へと足を向けた。
暁色の空がやけに色濃く、夏には相応しくない気がした。
まるで、なにかを示唆しているような、そんな空の色に、竜虎は思わず走り出していた。
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