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第一章 花轎
1-3 蓉緋
しおりを挟む鳳凰殿は宗主と護衛、一部の従者だけが出入りを許されている。ここには妻となる者でさえ、宗主の許可がなければ入れない宮。
そんな宮の構造をよく知っているらしい虎斗は、どれだけここの宗主に信頼されているかが解かる。
建物自体が高い場所にあるため、まるで空中を歩いているような感覚を覚える長い渡り廊下を歩き、無明たちは宗主がいるだろう奥の間へと辿り着く。
その扉がゆっくりと開かれると、そのさらに奥に置かれた、まるで玉座のような豪華な造りの椅子に、見覚えのある顔の青年が座っていた。
「蓉緋殿、お客さんをお連れしたよ」
「それはどうも、虎斗殿。折角お連れしてもらってあれだが、彼と彼以外はここから出っていってもらいたい。無論、虎斗殿と花緋、君もだ」
「そうか、残念だね。では、君たちは私と一緒に客間で待っていようか」
虎斗はそれに対して特に何か訊ねることもなく、戸惑う竜虎と緊張して固まっている清婉の肩を抱いて、さっさと背を向ける。
「ですが、宗主、」
側近の護衛だろうか、腰に刀剣を下げた二十代くらいの青年が口を挟む。彼は表情が硬く、秀麗な容姿のせいか余計に冷淡に見えた。長い黒髪は頭の天辺で括り、銀色の髪留めをしている。
朱色の瞳。彼もまた緋の一族なのだろう。しかしなぜ護衛の格好をしているのか。本来なら真紅の衣を纏うはずなのに、黒い衣の上に袖のない臙脂色の衣を纏っている。
「平気だ。話をするだけ。彼らは奴らとは違う。俺がどうこうされる理由がないだろう?いちいち口を挟まれると話が進まなくなる。さっさと行け」
「······解りました」
不服そうだが、蓉緋の傍を離れ、花緋と呼ばれた青年が軽く一礼をし、無明と白笶の横をすり抜けていく。同じようにふたりも挨拶を交わすと、再び蓉緋の方へと視線を向けた。
蓉緋が言った「彼」と「彼」とはふたりのことで、後の者たちは花緋を後尾にして入ったばかりの扉から出て行った。しん、となった広間に残された三人は、ほぼ初対面と言っていいだろう。
蓉緋が纏うのは真っ赤な真紅の衣で、宗主の物は特別に袖や裾に炎のような紋様が銀の糸で刺繍されている。長い黒髪はそのまま背中に垂らしており、右側のひと房だけ三つ編みをしていた。瞳は朱色。左右の耳に、小さな赤い石の耳飾りを付けている。
「さて、邪魔者はいなくなった」
言って立ち上がり、蓉緋は無明の前までやってくると、その場にすっと跪いた。その行動に驚いた無明が、同じように床に片膝を付いて「やめてください」と声をかける。
「俺は、あなたが跪くような相手ではないです」
「それは違う。君は、俺が跪くだけの価値がある」
二十五歳と、五大一族の中でも一番若い宗主である蓉緋だが、緋の一族はなにより実力主義なため、一族の中で一番力のある者が宗主となる。
故に、過去の宗主たちは粗暴な者が多く、蓉緋は彼らに比べると変わり者と呼ぶに相応しい。もちろん、実力は申し分なく、頭も切れるし、多くの人を心酔させる資質の持ち主と名高い。
戸惑いを隠せない無明の右手を取り、そのままその手の甲に口付けをする。それには白笶も、ぴくりと表情が一瞬嶮しいものになる。正直な話、宗主である彼がそんなことをする必要はないからだ。
無明は動揺しすぎて言葉を失っていた。
「あの日、君が舞ったあの見事な奉納舞が忘れられない。まさか本当にあの神子だったとはね。あの日の無礼、君への忠誠を誓うことで許して欲しい」
「許すも何も……あの時、あなたが白群の宗主や白笶の助言に合わせてわざと煽ってくれたおかげで、結果的に上手くいったんです。お礼を言いたいのは、俺の方です。あの時は、ありがとうございました」
蓉緋は呆気にとられたような顔で見上げてくる。あれ?間違っていたかな?と無明は急に不安な表情になる。
目の前の者のことを知らない無明にとって、あの日を思い起こせば思い起こすほど、そう思えて仕方なかった。
もし違っていたとしたら、今、こうしてこんな風に、自分などの前で跪いたりはしないはず。
(あれはどう見ても、本気で面白がっていたようにしか見えなかったが?)
白笶は怪訝そうに宗主と無明の様子を見下ろしていた。白笶自身、この蓉緋についてはよく知らないため、それ以上は憶測でしかないが。
「なんだ、それもお見通しか。さすが噂の第四公子殿は侮れないな」
ははっと笑って、蓉緋は癖なのだろう不敵な笑みを浮かべた。その笑みは特に嫌みのないもので、むしろ美しさと妖艶さが合わさって見えた。しかしその手は無明に触れたままで、ゆっくりと共に立ち上がる。背は白笶よりほんの少し低いくらいだろう。
握っていた手をようやく放してくれたと思えば、今度は頬に触れてきた。油断していた無明はその行動にさらに困惑し、大きな瞳をさらに大きくして、蓉緋の朱色の瞳を見上げた。
「ますます欲しくなった」
白笶は嫌な予感がした。なぜなら、彼、蓉緋の噂を知っていたからだ。それは、彼が恋多き人だということ。それは女も男も関係ないらしいことも。
紅宮という別の宮に多くの妻がいるとかいないとか。どれも噂に過ぎないが、無意識にふたりの間に入り、気付けば無明を背にして蓉緋を遮っていた。
「さすが、華守殿。今のはもちろんそういう意味で言った言葉だ。公子殿も考えておいてくれ」
「え、······どういう意味?ねえ、白笶?」
後ろから覗き見た白笶の横顔はいつも以上に表情が読み取れず、無明はますます首を傾げる。
「あ、えっと、俺のことは公子殿なんて呼ばなくていいよ。無明でいい。白漣宗主から聞いていると思うけど、神子であることは言わないで欲しい。虎斗殿にも、あなたの横にいたひとにも」
君の意のままに、と蓉緋は大真面目に丁寧な礼をした。
この一連の行動と言動に対して、ふたりは彼が何を考えているのか、どういう人間なのか、この時点ではまったく理解することができなかった。
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