彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
161 / 231
第一章 花轎

1-2 白獅子

しおりを挟む


 朱色の柱で支えられた門の前に、高貴な身なりの男がいた。白い羽織には銀の糸で描かれた一匹の白獅子。羽織の下に纏う衣もまた白で、腰帯も白だが、帯を飾る長綬と短綬は薄青だった。

 長い黒髪は上の方だけ団子にして纏め、それ以外は背中に垂らしている。その男はこちらに気付くと、穏やかな笑みを浮かべて手を振って来た。

「伯父上!」

 竜虎りゅうこが思わず声を上げる。門の前に立っていたのは、金虎きんこの宗主である飛虎ひこの兄、五大一族からは白獅子と呼ばれている存在。無明むみょう竜虎りゅうこにとっては伯父である彼の名は、虎斗こと

 飛虎ひこの三つ上の四十一歳である兄の虎斗ことは、厳格で凛々しい顔立ちの弟とは違い、優し気で穏やか。すべてに秀で、誰からも頼られる弟と、すべてに秀で、誰にでも等しく優しい兄。どちらが金虎きんこの宗主になってもおかしくなかったが、虎斗ことは自由を求めて紅鏡こうきょうを離れた。

竜虎りゅうこ、三年ぶりかな?大きくなったね」

「伯父上が光焔こうえんにいるって聞いていたんですが、本当でした!」

 石階段を駆け上がって、いち早く竜虎りゅうこが抱きついた。頭ひとつ分背の高い虎斗ことは、よしよしとまだまだ甘えん坊な甥の頭を撫でた。

 そんな光景を無明むみょうは不思議そうに眺め、白笶びゃくやは背筋をすっと伸ばして両手を胸の前で囲って重ね、ゆっくりと丁寧に拱手礼をし、清婉せいえんも慌てて腕を前に囲むように掲げ、頭を必要以上に深く下げた。

「伯父上?って?」

金虎きんこの宗主の兄君で、虎斗こと殿だ」

 白笶びゃくやはひとりだけ解っていないだろう無明むみょうに、そっと呟く。もちろん、無明むみょうは初対面で、話だけは聞いたことがあったが、実際その目で見るのは初めてだった。

竜虎りゅうこがいつも目を輝かせて語っていたひと、か)

 幼い頃から竜虎りゅうこはそのひとに憧れていて、よく話には聞いていた。しかし聞いていた話とはだいぶ印象が違っていたので、無明むみょうは目の前にいるひとがそうだと理解するのに、少し時間がかかったのだ。

(あんな細身で優しい感じのひとが、ひと振りで十体以上の殭屍きょうしを倒しちゃう白獅子?)

 竜虎りゅうこが話を大きくしていた可能性もあるが、それにしても······と無明むみょうは首を傾げる。

「君が無明むみょうか。初めましてだね。私は虎斗こと。今はここの居候なんだ。私が皆を宗主の所まで案内するよ、」

 四十代とは思えない見た目の若さもそうだが、その全身から放たれる見えない高貴な雰囲気は独特で、それは飛虎ひこが持つ雰囲気とはまた違う圧がある。金虎きんこは五大一族を統括する一族。その宗主になるはずだった彼が、なぜその座を捨てて放浪しているのか。

 その本当の理由を、誰も知らない。

「ようこそ。の一族の朱雀宮へ」

 門が開かれる。その先にさらに階段があり、その左右には様々な種類の木々や花々が咲き乱れていた。金木犀、躑躅ツツジ石楠花シャクナゲ、牡丹、その他にも多々。季節問わずに咲いている木々や花々は、この朱雀宮を美しく彩っている。

 そのさらに先にあるいくつかの建物の中でも、一番高い場所にあるのが、宗主の住まう鳳凰殿だ。白獅子を先頭に竜虎りゅうこが続き、無明むみょうたちがその後について行く。竜虎りゅうこ虎斗ことに懐いており、ずっと上機嫌だった。

「······白笶びゃくや、」

 白笶びゃくやの薄青の袖を引き、無明むみょうが不安そうな表情を浮かべる。白笶びゃくやは足を止めずに視線だけそちらに向ける。

「大丈夫だ」

「……え、」

「君がいつも言う言葉」

 白笶びゃくやはそう言って、小さく笑みを浮かべた。無明むみょうはその不意打ちに驚きつつも、ひと呼吸おいて満面の笑みを白笶びゃくやに向ける。

「うん!ありがとう、白笶びゃくや

 長い袖で隠すように握られた手と手。あたたかくて、優しい手。
 大丈夫。きっと、今回は、誰も、悲しいことにはならない。させない。

「俺は、俺のすべきことをやるだけ」

「私は君を守る。それだけだ」

 灰色がかった青い瞳は、ただひとりだけを映している。今までも、これからも。

 ふたりはゆっくりと近付いて来る鳳凰殿を見上げる。その名に相応しい緋色の建物は、その所々に金色の鳳凰が装飾されていた。他の建物とは違い、この建物は趣よりも豪華絢爛さの方が強い。

 この先に待つものがなんであっても。
 絶対に、離れない。
 握りしめた指先に、永遠ほどの誓いを込めて。

 ふたりは、その一歩を共に踏み出すのだった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

処理中です...