彩雲華胥

柚月なぎ

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第六章 槐夢

6-11 約束の丘で君と出逢う

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 薄暗い、光も届かない場所にいた。
 音もなく、なにもない、真っ暗なセカイ。

 君のいない、セカイ。

 ここは、どこだろう?
 歩いても歩いても、暗闇しかない。

 最後に見たのは、傷付いた白笶びゃくや逢魔おうまに抱えられて地面に寝かされる姿。傷付けたのは、自分。

 あんなにはっきりと解るくらい怒った顔を、初めて見た気がする。
 どうしたら赦してくれるだろう。

 白笶びゃくやが目を覚ました時、どんな顔で会えばいい?

 いつものように、笑えるだろうか。
 微笑わらって、くれるだろうか。

 そんな、どうしようもないことばかり考えていたら、いつの間にか暗闇が晴れて、とても懐かしい場所にいた――――。


****


 逢魔おうまを見つけたあの日から、もう随分と永い年月が経った。

 人の寿命というモノは本当に永いようで短い。それを改めて実感していた。前は不覚にもその鋭い刃によって命を奪われたが、今生はその倍以上は生きた。その大半を逢魔おうまの傍で過ごした。

 それが本当にお互いのためだったのかどうか、正直解らない。

 ただ、ふたり、欠けてしまったモノを補うには十分な時間だった気がする。宵藍しょうらんのことを忘れることはなかった。

 逢魔おうまは事あるごとに神子みこはこんなひとだった、黎明れいめいはこんなことを教えてくれた、といつでもふたりの話ばかりしていたから。

 それは自分にとっては懐かしい思い出。語ることのない、共有することのできないものだったが、心の中ではちゃんと応えていた。

光明こうめい、君も俺を置いて逝くの?」

 寝台の上で眠っている光明こうめいに、逢魔おうまは呼びかける。手を握って、いつまで経っても子供のような我が儘を言うのだ。しかし、その問いかけに答えてやることはできなかった。目尻にできた皺や、少し衰えた身体は、初めての経験だった。

 少年は青年になり、そしていつの間にか七十を過ぎていた。平均的な寿命よりは生きられたのではないだろうか?

「俺は、これからどうしたらいい?俺はもう、こんな思いをするのは、嫌だよ」

 ああ、本当に。
 困った。
 なにも答えてあげられない。
 応えてあげられない。

 薄っすらと残っていた光さえも消えて、やがてまたあの中へ呑み込まれる。

 水の中を漂う、あの、感覚。

 次に目が覚めた時、そこはあまり馴染みのない場所だった。

 そんなことを何度も何度も繰り返していた。
 生まれて、生きて、生きて、死んで。

 永遠の輪廻。
 繰り返し、繰り返し、繰り返して。

 何度目の春だったか。その頃にはもう、数えることを止めていた。

 紅鏡こうきょうの、あの約束の丘で、再び君に出逢った。
 それは、本当に偶然の出逢いだったと思う。

 あの時強く吹いた風は、色の薄い桜の花びらと一緒に、白い仮面を付けた少年の髪の毛から赤い髪紐を攫って、ふわりと舞い上がらせる。

 掴もうとした少年の手をするりとすり抜けて、赤い髪紐は風に飛ばされていく。髪紐を失ったせいで、髪の毛がばさりと背中にかかり、無造作に宙を舞っているようだった。

 反射的に手を伸ばして掴んでしまっていた、赤い髪紐。

 黒い衣を纏う、白い仮面を付けた少年は、桜の木の下からこちらをじっと見つめているようだった。

 白笶びゃくやはゆっくりと丘の方へと歩き出す。その足は、何かを求めるように、確かめるように、どんどん早足になっていた。

(あの時と······なにか、違う?)

 これは都合の良い夢なのだから、そういうこともあるのかもしれない。何度も見たあの日の夢は、いつもなら台詞ひとつ違えることなく描かれるはずなのに、と白笶びゃくやは不思議に思っていた。

 桜吹雪が舞う中、少年はただじっとこちらを見上げてくる。

「······平気か?」

「うん、」

 白笶びゃくやは無意識に少年を見つめていた。少年は少し困ったように口元を緩めて、ふんわりと笑みを浮かべてくる。

(なんだ······?なに、か)

 よく見れば、少年は自分の肩くらいまでの高さがあり、いつも見る夢の中の少年よりも少しだけ大人に見える。

 夢の中の少年は胸の辺りまでの身長で、もっと不自然なくらいに明るく話しかけてくれるのだが、目の前の少年はどこか戸惑っているようでもあった。

「これは、······君の夢の中、なのかな?それとも、俺の夢?」

 白笶びゃくやは言葉を失う。
 今、自分の目の前にいる者がなのか、それに気付いたから。

無明むみょう······君、なのか?」

 額から鼻の辺りまでを隠すように付けられたその白い仮面に、ゆっくりと手を伸ばす。聞いた話だと、他人が触れれば強い力で弾かれるという、霊力を制御する宝具。しかし、これはそれとは違う気がした。

 そっと触れて仮面を外す。それはすんなりと少年の顔から離れていった。そこにある翡翠の大きな瞳に、抑えきれない思いが込み上げてくる。もう片方の手で握りしめた赤い髪紐が、桜の花びらたちと共に風でひらひらと揺れていた。

「俺ね、今の今まで、すっかり忘れてたんだ。あの日は、確かにここで誰かに会って、なにかを話して······なのに、通り過ぎた季節みたいに憶えてなかった。でも、思い出したんだ。俺は、三年も前に、ここで君に逢ってたんだね」

 そう言って、無明むみょう白笶びゃくやの胸に顔を埋める。

 その手から仮面が地面に滑り落ち、赤い髪紐は風で空に舞い上がって、どこかへ飛んでいく。

 白笶びゃくやは幻にでも触れるかのように、優しく包み込むように抱きしめ、本物だと解った瞬間、隙間が無くなるくらい強く力を込めた。

(あの時、君は········今みたいに、風で飛ばされた俺の髪紐を掴んで、)

 いつまでも、放してくれなかったんだ。


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