彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
142 / 231
第六章 槐夢

6-1 閉じた幕の裏で

しおりを挟む


 上天じょうてんは落胆していた。なんてつまらない幕引きか。もっと憎み合い、恨み合い、どろどろの感情で喚き、泣き叫ぶ姿が見たかったのに。

 人間というモノは本当に理解しがたい生き物だと、大きく嘆息する。

 さっさと姮娥こうがの邸から移動し、今は都のとある商家の邸にいた。

「にしても、だよ。なんで邪魔するかな、」

 きょうもまた、その正面で肩を竦める。

「最初から、決まっていたのよ。あれがうちの謀主ぼうしゅの望んだ結末だったんでしょ」

 眠らせて意識を昏倒させた時に、少女に仕込むように言われた糸。
 まさかあの糸にそんな役目があるなど知らなかった。上天じょうてんは口元を歪める。

 本当に、彼は人だろうか。自分たちならまだしも、仮にも人の身で、こんな無情なことを考えつくなど。

 足元でパシャっと水溜まりでも踏んだような音が響く。邸の中でそんな音がするはずはなかった。だが、今、この光景を見ている者がいたら納得するだろう。

 鉄の臭いが充満する中、閉じられた部屋の真ん中でふたり、言葉を交わす。

「こんなもんでいいでしょう。これで後始末はすべて完了ね」

 上天じょうてんきょうに合図を送る。手首を三回ほど左右に振って、こびり付いたモノを掃う。灯りはひとつもない。物音もふたつだけ。

 ふたりの足元に広がる数体の人だったモノは、もはや音を立てることすらできない状態だった。

 原型を留めていないそれは、血と肉の塊と化していた。この邸で十軒目。最後の仕事を終えたふたりは、さっさと邸を後にする。

「血も涙もないとは、まさにこの事だね」

 くっくっと笑ってきょうは言った。

「歪んだ優しさの間違いでしょう?彼女が殺した十人の少女たちの親を殺して、その罪の在り処を曖昧にした。親がいなくなれば、他人の子供の行方などそのうち忘れ去られる。疫病も消え、姮娥こうがの一族も余計なことに手を煩わせることもなくなるわけね」

「これだけやれば、人の仕業とは到底思わないだろうしな」

 実際そうなわけだが。

「次の指示はもうきている。私たちは晦冥かいめいに一旦戻るわよ」

 上天じょうてんは、つまらなそうに闇夜に浮かぶ白い光の陣を仰ぐ。もう少し楽しめると思ったが、あの少女も結局ヒト以上にはなれなかった。

 ふたりの姿はそのまま闇の帳の中へと消えた。

 夜明けまでにはまだ少し早いその空は、薄墨色にまれたまま。
 浮かんだ青白い半月と白い光の陣が、ぼんやりと人々の行く末を見下ろしていた。


 その夜、玉兎ぎょくとに齎されたのは、四神白虎の恩恵と、血生臭い惨劇。
 深い悲しみと、絶望と、ほんの少しの光。

 そして真実は伏せられたまま、幕は静かに降ろされた――――――。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...