135 / 231
第五章 欲望
5-24 夢の終わり
しおりを挟む無明はただ見ているしかなかった。
神子である宵藍は、四天を相手にひとりで闘っていた。始まりの神子は邪神に囚われたまま、身動きが取れない。
けれども宵藍は符と陣だけで、十分四天を同時に相手にできるほど強かった。
「君たちは何も知らないんだね。いや、都合の悪いことは何も語らず、利用できるものは利用する。それが、邪神のやり方なのかな?」
「あなたがなにを言っているのか、理解に苦しむ。我らの主はただひとり。黒曜様だけですよ」
四天のひとりが三体の幽鬼を操り宵藍を壁の方へと追い込む。逃げ道を囲まれるように三体が前と左右を塞ぎ、にじり寄る。
青白い顔をした死装束の女たちは、操り人形のようにカクカクと首や腕の関節を動かし、いつでも襲い掛かる準備が出来ているようだった。
「それよりもそこの黒方士が、あんたとおんなじ顔ってことの方が驚きなんだけど?なに?どういう状況なわけ?」
一番背の低い、少年のような姿の四天が疑問を口にする。
それすらも伏せられたまま、命令に従う矛盾。常に、主である黒曜の傍らにいた黒方士がなんであるのかを、知る由もない。
ただひとつ解っていることは、黒方士もまた、只者ではないということ。
その宝具である笛の音は、自分たちの操る妖者を制御し、さらに操る事すらできる。四天が黒方士に一目置いている理由は、それだった。
「そこの主に訊ねてみるといい。納得する答えが返って来るとは思えないけどね」
ふふっと笑って、宵藍は口元に符を持っていき、ふうと息を吹きかける。そしてその符を三枚指で挟み、三体の幽鬼へと放った。
それはちょうどそれぞれ額の真ん中に貼りつき、そのまま緑色の光を湛えて幽鬼の身体を焼いた。
悲痛な悲鳴が響き渡る。その反動が操っていた四天にも及び、奥へと弾き飛ばされる。
「さあ、次は誰が私と遊んでくれるのかな?」
くすりと笑みを浮かべ、疲れた様子もなく宵藍が言った。
四天たちは自分たちの方が有利なはずなのに、まったく勝てる気がしなかった。それくらい、圧倒的な霊力でそこに存在している。
『これが、神子の本当の力』
四神の加護と恩恵をその身に受け、底の知れない霊力を持つ、存在。ひとではない、モノ。無明は白虎の契約の時、あの蕾の中で話を聞いた。
始まりの神子は言った。
四神と契約をし、真の神子となった時、その身はひとではなくなる、と。
この国の穢れを祓うためだけに存在する、神の神子となる。
しかもこの身は、始まりの神子と宵藍がひとつになった完全なモノ。
人から生まれ出たが、四神の力を得ることでひとではなくなり、不死の身となる。
始まりの神子が元々そうであったように。
転生の必要すらなくなるのだ。
この国に四神の恩恵を取り戻す代償が、ひとではなくなるという事実に、無明は頭が真っ白になり、白笶たちにその真実を話す余裕はなかった。自分自身、心の整理すらついていなかったのだから。
「ならば、俺が遊んでやろう」
異様な気を纏った黒曜、否、邪神夜泮が口の端を釣り上げて皮肉めいた笑みで言う。
夜泮は始まりの神子の手首を解放し、黒い刃を構える。その霊剣は、太刀よりも刀身が二倍は太く、刃が漆黒だった。
華守である黎明をいとも簡単に貫いたその刃からは、まだ血の雫が滴っている。
その時だった。
笛の音が伏魔殿に響き渡る。それは聞いたこともない曲で、無明は思わず始まりの神子の方を振り向いた。
逢魔に渡した笛の他に、隠し持っていたのだろうその横笛の音色は、重く低い印象があり、天響の高く澄んだ笛の音の響きとは全く違っていた。
「残念だったね。もう、お互い遊ぶ必要はなくなったみたいだよ、」
「······まさか、」
「そうだよ。君がここに四天を呼び寄せたその瞬間から、こうなることは決まっていたんだ」
宵藍は右手で大きく円を描き、その真ん中にすらすらと何か文字を描いた。その瞬間、あたりが目も開けられないほどの光に包まれる。
「もうずっと前に、陣は完成していたんだ」
光が止んだ時、宵藍は始まりの神子の横に立っていた。笛の音もいつの間にか止まり、ふたりは顔を見合わせ、同時に頷く。
「黒曜の望みを叶える」
永遠ほどの苦しみからの解放を。
死という安らぎを。
重ねた手を、ぎゅっと握りしめた。その瞬間、先程よりもさらに眩しい光の波がふたりを中心にして広がり、邪神と四天を呑み込む。
伏魔殿全体を呑み込むだけでは飽き足らず、光は外へと広がり、晦冥の地を覆い尽くした。
「私たちと一緒に、君たちは眠るんだ」
黒曜の身体は右側から形を失っていき、塵と化そうとしていた。邪神はぼろぼろと崩れていく己の半身に、驚きの色を隠せない。
四天の姿はすでになく、光の中で立っているのはふたりだけ。
膝のあたりまである白銀の長い髪の毛。翡翠の大きな瞳。白い神子装束を纏った姿は、まるで本当の神様のようだった。
ひとつになった神子と、右半分が泥人形のように崩れかけた黒曜と、そこに残る夜泮の魂が、光の中で静かに向き合っていた。
蝕んでいた邪神を封じる。
その身を犠牲にしてでも。
たとえ二度と、逢えなくなろうとも。
「さよなら、だよ」
真っ白な光が溢れたセカイから、すべてが消え失せる。
晦冥崗を覆っていた陣が晦冥の地全体を覆い、金色の光を放ったあの日、邪神と四天、烏哭に操られていた多くの妖者が伏魔殿に封じられた。
それらは、あの日から五百年以上、一度も目覚めることはなかった――――――。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる