134 / 231
第五章 欲望
5-23 約束をしよう
しおりを挟む無明はこれが夢でも幻でもなく、かつての神子の記憶なのだと思い知る。逢魔が自分に寄せてくる想いは、親愛。唯一無二のかけがえのない存在として、ずっと目覚めるのを待っていたのだろう。
だから、あの渓谷で、彼は言った。
「あなたを、待ってた」
その言葉の重みを、今更ながら無明は感じていた。そして自分の手元にある横笛に視線を落とす。天響。これは、始まりの神子の物であることは前に聞いたので知っていた。いつ渡されたのかは記憶がない。
逢魔は無明が生まれた時からずっと、傍で見守っていたのだと言う。神子との約束をずっと守っていたのだ。危険な目に遭った時に助けたり、遭わないように対処していたのだという。
その度に記憶を消していたというので、今思えば、この横笛を持って帰って来た時の記憶が曖昧なのも納得がいく。
いつか、本当の意味で出逢った時、その真名を捧げると決めていたのだと。
実際は、待ちきれなくて攫ったわけだが······。
(あの、黎明っていう人が、華守なんだとしたら、やっぱり、あのひとが····白笶ってことだよね)
今と同じく、あまり言葉を紡がないその青年を、無明はじっと見つめていた。
"一生共にいようと誓った、伴侶だった"
常に神子の右側に立ち、優しい眼差しで見守っている彼は、今となんら変わらない。無明といる時も同じだった。いつも同じ、右側にいる。無明も自然と白笶の左側にいた。
そんな風に物思いに耽っていた、その時だった。
突如、小さな悲鳴が上がった。
その後すぐに逢魔が叫ぶ。
「師父!!」
それは一瞬の出来事だった。
神子を見守っていたからこそ、唯一、それに気付けたのだろう。
地面に大量の赤い雫が滴る。宵藍の横にいたはずの黎明が、いつの間にか目の前に立っていた。
「········れい、め······黎明!」
悲痛な声で名を呼ぶ宵藍の腕の中に、ゆっくりと倒れ込んできたその身体は、胸の辺りから背中に貫通していた刃から解放されると同時に、さらなる血飛沫で地面と宵藍の白い衣を染めた。
「お遊びはここまでだ」
その先に重なった視線は、先程までそこに立っていた者とは全く違う、別の存在のものだった。その者は、始まりの神子の手首を爪が食い込むくらい強く握りしめ、自分の許へと引き寄せる。左手には血が滴る黒い大きな刃を握っていた。
「夜泮、」
黒曜が抑えれなかったのだろう。一時的に切り離していたはずの意識が、再び戻って来てしまったのだ。
「俺の知らぬ間に、役者が揃ってるとはな。まあ、ひとりは瀕死だが」
くっくっと喉で笑い、夜泮と呼ばれた青年が、地面に倒れた黎明とそれを支える宵藍を見下すように、冷ややかな眼差しで吐き捨てる。
「黎明、······ごめんね、」
ぎゅっとその身体を抱きしめて、血で濡れた手を握り締める。身体を放し見下ろしてくる宵藍の涙が、黎明の頬に落ちて来てその度に瞼が震えた。
「······無事、········か?」
「うん、大丈夫だよ。君が······守ってくれた、から、」
良かった、と黎明は口の中に広がる鉄の味を無視して宵藍に囁くが、その声は掠れて良く聞こえない。
涙を拭い、宵藍は微笑んだ。
黎明の頬を何度も撫でて、冷たくなっていく感覚に胸が締め付けられる。
「逢魔、黎明を連れて、ここから、この晦冥の地からなるべく遠くへ離れて」
「神子も一緒に、」
「それはできない。私は、この邪神を封じなければならない。君たちはここにいては駄目だ。黎明をお願いできるね?」
ふるふると首を横に振る。話は聞いていた。それでも、黎明と逢魔は止めるつもりでいた。自分たちが守りたいのは、未来ではなく、今、ここにいる宵藍なのだと。
「逢魔、では約束をしよう」
離れない、と逢魔は黎明ごと宵藍にしがみ付いて、我が儘な子供のように何度も首を横に振った。
そんな逢魔に呆れることなく、宵藍は腕を自分の髪の毛へと回す。するりと解いた赤い髪紐を逢魔の目の前に翳すと、途端、髪紐が小さな炎を上げて燃えてしまった。
「私は必ず君たちの許へ戻る。今燃えてしまった髪紐は、私が生まれた時から大切にしていたものだよ。君にあげた物と合わせて、ふたつだけしかなかった。でももう、この世にひとつしかない。だから、もし再び出逢えた時は、君が私に返してくれるよね?」
有無を言わせないその言葉に、逢魔は何も言えなくなった。そうしている間にも黎明の意識は薄れ、どんどん冷たくなっていく。一番辛いのは、離れたくないのは、神子であるはずなのに。
「神子、さよならは言わないよ。絶対に、また、逢えるって信じてる」
大きく頷き、逢魔は黎明を抱き上げた。そして、そのまま後ろに飛ぶ。残された宵藍がこちらを振り向いた。
「黎明、ごめんね······今まで、ありがとう」
そこには、笑みが浮かんでいた。
「····しょう········ら、ん······」
「師父、ごめん。俺は、神子の願いを叶える」
言って、逢魔はそのまま伏魔殿の深い闇の中へ消え去った。
残された宵藍は、ひとり、邪神、夜泮を見据える。その傍らに立たされている始まりの神子と、一瞬だけ視線を交わした。
「四天、集え」
そんなことはまったく気付かず、黒曜の姿をした邪神、夜泮が命を下す。すると、今まで存在していなかった四つの影が彼の後ろに現れる。
これが、本当に最期の闘い。
宵藍は口元を緩め、自虐的な笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる