彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
129 / 231
第五章 欲望

5-18 笑みを浮かべる者

しおりを挟む


 気が焦って、思わず朎明りょうめいは訊ねてしまう。それが、どう考えても上天じょうてんの誘導だと解っていながらも抗えなかった。

「····あの子って、まさか、姉上のことを言っているのか?」

 竜虎りゅうこの忠告などもはや意味を持たない。陣はあと少しで完成する。集中しないといけないのに、朎明りょうめい上天じょうてんの言葉に囚われてしまっていた。

「けれども、役には立ったわ」

 口の端を上げて、上天じょうてんは皮肉っぽく笑う。すべては、こちらの、あの者の思惑通りに。それが気に食わない気持ちもある。しかし、四天の願いはひとつ。自分たちの王を呼び覚ますこと。

 そのためには神子みこが必要。四神と契約をし、真の力を得た神子みこのその身が。そう、あの邪神は言っていた。真意は関係なく、可能性があればそれをする以外ない。

「でも残念。あの子はそれ以上の役には立てないから、処分するしかないわね」

「だから····何を言っているんだっ!」

 物静かな朎明りょうめいが声を荒立てる。怒りで掠れた声は、その表情も相まって鬼気迫るものがあった。

(よし、完成した!)

 竜虎りゅうこは最後の印を組み、勢いよく地面に手をついた。その瞬間、地面に暁色の太陽のように光る陣が、広範囲に渡って衝撃波の如くどんどん広がっていく。それはあの赤黒い光の陣を掻き消し、その先にいる民たちを呑み込んでいく。

 視界は目が眩むほどの強い光で真っ白になり、その場にいた者たちの視界が戻るまでの間、深い闇夜が真昼のように明るくなったのだった。


****


 役目を終えた光が消え、闇が再び訪れた頃。

 戻って来た視界の先に、ただひとつの影がゆらりと現れる。それは先ほどまで目の前にいた上天じょうてんでも、特級の妖鬼でもなかった。竜虎りゅうこは少しずつ近づいて来るその影を見つけて、目を凝らす。

 折り重なるように地面に倒れている大勢の民たちの中、ひとり立ち尽くす真白い衣裳に身を包んだその者の瞳は、虚ろ。しかしその表情は、無邪気な笑みを浮かべていた。紛れもなく、彼は、自分の良く知る者だった。

「······無明むみょう?」

 人形のように飾られたそれは、あの日、奉納舞を舞った姿に似て。

 再び訪れた青白い月明かりが、ぼんやりとその姿を照らし出す。

「姉上····まさか、蠱惑こわく香を人に使ったのか?」

「どういうことだ?蠱惑こわく香って?」

「蠱惑香は、妖者を一時的に操り、同士討ちさせる宝具。本来、人に使うことはない」

 朎明りょうめいの頬に汗がつたう。まさか、本当に、あの蘭明らんめいがこの事態を引き起こしたというのか。しかも烏哭うこくの力を借りてまで。

「二手に分かれよう」

 え?とふたりは白笶びゃくやの突然の提案に耳を疑う。

「宗主たちが危険かもしれない。君たちは先にそちらを、」

 有無を言わせないその表情に、ふたりは戸惑う。しかし、迷っている場合ではなかった。蘭明らんめいの姿はここにはない。もし、自分たち全員を殺すつもりでいるのなら、尚更だ。

「行け」

 それを合図に、ふたりは反対方向へと走る。竜虎りゅうこは陣を発動したばかりで、すぐには戦力にはならないと思い知る。それくらい、身体が言う事を聞かなかった。もちろん全力で走っているが、朎明りょうめいがどんどん先へと行ってしまう。

 そんなふたりの横を強い風が通り過ぎた。なんだ?と思わず瞼を半分閉じる。それは後ろにいるだろう、白笶びゃくやたちの方へと向かって吹いているようにも思えたが、そのまま振り向かずに走り抜ける。

 角を曲がり、駆け抜けたそのずっと先に、煙が見えた。朎明りょうめいの足が止まる。あの煙は、明らかに姮娥こうがの邸の方向から上がっている。

「行こう!急がないとっ」

「····ああ、そう、だな」

 手を取り、引きずるようにして竜虎りゅうこは走る。朎明りょうめいは動揺を隠せていないが、とにかく足を動かすしかなかった。

 よろめきながら走る少女を気遣う余裕は、竜虎りゅうこにはなかった。
 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...