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第五章 欲望
5-13 大丈夫だよ
しおりを挟む竜虎たちと落ち合う前。
無明は白笶に背負われていた。最初は抱き上げられたのだが、それはちょっと……と困った顔で嘆願したら、結果このようなことになったのだ。
白虎との契約を終え、堂を後にしたふたりだったが、都の外れにある姮娥の邸までは距離がだいぶあった。夕刻はとうに過ぎており、薄暗くなってきていた。
今はその闇が降りつつある空の上から、都を見下ろしている。灯りはぽつぽつと点いているが、どれも疎らで、本来の都であればもっと多くの光があったことだろう。ぼんやりと浮かぶ半月の方がずっと明るく感じた。
春も終わり、夏を迎える今の頃は、この時間でもそこまで寒さは感じない。
薄墨色の空を行く白笶の首にしっかりと腕を回して、無明は下に広がる寂しい光を見つめていた。
「白笶、これから俺が話すことを、ダメって言わないって誓える?」
「··········誓う」
理由は訊かずに、しかし少し間をおいて白笶は答えた。本当なら、内容次第で止めていてもおかしくはないのだが、本人の中でもう決まっているのだろうことに対して、それをしても意味がないと解っていた。
「竜虎たちの集めた情報も聞いてからでないと確信は持てないけど、少陰様の話を聞く限り、たぶん、狙いは俺だと思う」
耳元に近い位置にある無明の声は、どこまでも明るく、不安など全く感じさせない。そのすぐ後に肩に埋められた顔は、白笶には見えるわけもなく、ただ少しだけ左肩があたたかかった。
「どういう風に相手が動くかは予想でしかないけど、たぶん、白笶たちは邸にすら入れてもらえないかもね」
わざわざ自分の邪魔をする者たちを、招き入れるはずはない。宗主が不在ならば、無明が神子であることを知らない可能性の方が高い。それでも自分を狙う理由として考えられることは、ひとつ。
「失踪した少女たちの特徴を聞く限り、今都で起こっているふたつの事件は、いずれもひとつの物事を覆い隠すためのまやかしみたいなもの」
病鬼による疫病と、少女たちの失踪。宗主が倒れ、三女も消えた。姮娥の一族で残っているのは長女と次女のふたり。そのどちらかがこの事件に関わっている。無明はそう確信していた。
「会ってみない事にはなんとも言えないし、実際、少女たちがどうなっているかは俺にも予想できない。最悪の事態も考えられる····そうでないことを願いたいけど」
「奉納祭の夜に、長女の蘭明が数刻ほど行方が解らなくなったと言っていた」
紅鏡の地で、あの夜に起こっていたこと。それがなんであったのかが解ればいいのだが。
「もし、仮に、その時から烏哭を動かしている誰かが、関わっていたのだとしたら····消えていた数刻の間に接触していた可能性がある」
一体いつから、今のこの状況を仕組まれていたのか。偶然ではないということだけは確か。
「その長女に会って、確信が持てたら、合図を送るね。そしたら、なにも言わずに俺がすることを見ていてくれる?」
「わかった」
へへっと無明は笑みを浮かべる。はにかんだようなその笑みは、白笶には見えなかったが、これから起こるだろうことへの不安を、少しだけ軽くしてくれた気がした。
「あと、もし、俺がそのひとになにかされても、絶対にそのひとを傷付けちゃダメだよ?それも、約束してくれる?」
「約束する」
ありがとう、と無明は囁く。内心、白笶は"なにかされた"場合、冷静でいられる自信はなかった。けれども、華守として、神子の眷属として、その意思を否定することはできなかった。
「俺が狙いなら、それ以外の者を排除しようと、きっと病鬼が現れる。病鬼が撒き散らしている疫病は、たぶん、本当の病ではないはず。それの確証が持てたら、病鬼を仮に逃がしてしまっても、都の人たちは竜虎の力で救える」
「それもまた、見えない誰かの筋書き通りというわけか、」
そうだね、と無明は頷く。今はその筋書きに沿って動くしかない。
「じゃあ、邸から見えないあの角辺りで降りよう。あ、俺の事も、降ろしてね?」
「············うん、」
最後の方のお願いに関してはなんだが不服そうだったが、言う通りに角の辺りで地面に降り立ち、そのまま無明を背中から降ろした。
「白笶?」
屈んで降ろした後、ゆっくりとこちらを向いた白笶は、どこか曇った顔をしていた。それは、無明の願いを叶えるためとはいえ、またもや危険に晒さざるを得ない状況にあることを、良く思ってはいないからだった。
「君が、心配だ」
左の頬に触れる。顔色が悪いせいか、風に当たりすぎたせいか、ひんやりと冷たい頬に不安を覚える。けれども無明は満面の笑みを浮かべて、大丈夫だよ、と答えた。何度となく言っているその「大丈夫」が、より白笶を心配させていることなど、無明は知らない。
そして並んで歩くその先に、ふたつの灯篭の灯りが見えた。
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