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第五章 欲望
5-12 点と点が繋がる時
しおりを挟む清婉がまだ邸にいた頃、竜虎たちは宿の一室で向かい合っていた。一番広い部屋を用意してくれた女将の気遣いが、逆に心苦しい。なぜなら、三人はその広い部屋の真ん中に集まり、その他の空間が完全に無駄になっている。
朎明の月のように冴え冴えとした右目の下にある小さな黒子は、彼女の美しさに加えて神秘さを纏っている気がする。彼女が必要以上に言葉を発しないことも、その要因のひとつかもしれない。
しかし、この場で話さずに、一体どこで話すというのか。白笶は案の定ただ座っているだけで、何も言わない。なので竜虎は、それを聞き出すのは自分の役目と思い、話を切り出す。
「朎明殿、俺たちは怪異をなんとかしたいと思っている。こうしている間にも都は疫病で溢れ、行方知らずになっている妹君の身も危うくなる。こちらがすでに得ている情報と、君が知っている事、それを照らし合わせることで、もしかしたら解決できるかもしれない」
紫苑色の瞳は真っすぐに朎明を見つめ、なんとか堪えた声音は部屋にやんわりと響いていた。それが功を奏したのか、重たい口が少しだけ動いた。
彼女がここに残っている時点で、なにか言いたいことがあるのだと察してはいたが、言葉を紡いでもらうのに予想以上の時間がかかった。
「姉上は、あの紅鏡での奉納祭以来、人が変わってしまった。正確にはその夜。姿が見えなくなって、私たちは姉上を捜し回ったのだけど、見つからなかった。しかし諦めて帰って来てみたら、いつの間にか姉上も戻っていて。私たちはそれで安心していたんだが······」
「なにか、変化があった?」
こく、と朎明は頷く。薄桃色の紅に彩られた唇を噛み締め、俯く。
「急に私と母上への態度が変わってしまったんだ。ずっと優しくていつも柔らかく笑っていたあの姉上が、あんな風になるなんて、絶対におかしい。姿が見えなくなったあの数刻の間に、何かあったとしか思えなかった」
円卓の下で握られた拳が、固く握られる。
「玉兎に戻ってからも部屋に籠りがちで、時折夜に出かけることがあったが、気分転換に外に出ているのだと思っていた……けれど、その頃から都で少女の失踪事件が起こり始めて、私も母上も気が気ではなかった」
関りはないと信じていたが、蘭明の言動がふたりを一層不安にさせたのだった。
「姉上は人形を作るのが昔から好きで、自分で衣裳も縫っていた。私や妹の椿明も幼い頃はよくそれで遊んでいたし、今も大事に部屋に飾ってある」
「人形?失踪事件と何の関係があるんだ?」
「行方知らずになっている少女たちに共通するものを、知っているか?」
竜虎は女将さんから聞いた話を思い出し、ああ、と頷いた。
「確か、みんなそれなりの名家の子で、十五歳。色白で美しいと評判の、背は低めで細身······長い黒髪の子だったはず、」
「そう。玉兎の生まれの者は皆、薄茶色の髪で、瞳は灰色か、それになにか混じったような色の者がほとんどなんだ。黒髪の者はあまりいない。親のどちらかが違う地の出身でない限り、」
白笶の瞳が灰色がかった青色なのは、白群と玉兎の血が混ざっているからだと、今更ながら竜虎は知る。
「無明殿を見た時····私は、嫌な予感が過った」
「失踪した少女たちの特徴を、無明が持っていたから?」
「そもそも、無明殿に似ている少女たちが失踪していたのだということに、あの時、気付いてしまったんだ……。気付いていながら、姉上には逆らえず、こんなことになっているわけだが、」
首に下げている琥珀の玉飾りに触れ、そのまま握りしめる。
案の定、蘭明は無明を見るなり、あの提案をした。ひとりだけだと違和感があるので、無力な従者も一緒にと。
「母上が言っていた。姉上が関わっているかもしれない、と。証拠を見つけ次第、拘束するつもりでいた。けれど、その頃に病鬼の存在が疫病の正体であることも解って、先に怪異を鎮めるために宗主自ら毎夜捜し回っていた」
そして、病鬼と遭遇してしまう。いや、遭遇させられたのではないだろうか?そして疫病に罹り、倒れてしまった宗主に代わることで、蘭明は自分の意のままに姮娥の一族を動かすことが可能になった。
そこに竜虎たちが邸を訪ねて来た。
「姉上は母上は自室にいるというけれど、近づくのも許さず、あれ以来顔を見ていない。椿明も消えた。でも失踪している少女たちと椿明の特徴は違いすぎるんだ」
「見てはいけないモノを見てしまった可能性が高いってことだな」
生きているのか、最悪の事態になっているのか、今の時点では解らない。それが姉の手によるものなのかも解らない。全く違うなにかなのかもしれない。そうであって欲しいと願う。
「······無明が、言っていた」
ふたりが神妙な面持ちで話し合う中、白笶が初めて口を開いた。竜虎は急に話し出した師に少し驚きながらも、何を?と思わず問う。
その続きを聞き終えた丁度その時、外から異様な気配を感じ、二階の部屋の木枠の窓を勢いよく開けた。その瞬間、あの白い光が辺りを包み、それに弾かれた病鬼が、宿の前を転がっていくのが見えたのだった。
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